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順当に勝ち上がった三年Sクラスは控え室に戻って食事を取ることにした。相手が三年Cクラスであったため正直相手にもならなかったというのが本音だ。シードながら激戦必須の一年Sクラスと二年Sクラスの勝者が三年Sクラスと二年Bクラスの勝者と決勝を争う構図である。
「ふふふ、それにしてもカーレス君の妹さんって可愛らしい感じなのね?」
生徒会にて同じ副会長を務める[ラティナ=ミケロ=エイネンティア]が微笑みながら言った。苗字から解る通りアマリエの姪っ子である。
「昔はもっと可愛らしい感じだったぜ?こう少女漫画に出てくるような......カーレスお兄様ッ‼キラキラみたいな?」
それを少し揶揄うように自身の金髪をいじりながら生徒会会計の[サンダース=スティーブ=カーネルマック]が笑う。
「ハハハ!サンダースが言うと気持ち悪いねぇ!」
爆笑しながら辛辣な言葉を吐くのは生徒会書記の[エルニシア=アイリーン=セイントルーン]。クラリスの次女で聖女の力を持っている。最近両親の仲が良いのに呆れている風に見せながら喜んでいる。ヤルギス兄妹の従姉妹。
「気持ち悪いは言い過ぎ‼︎」と爆笑するサンダースを見ながらカーレスは溜息を吐いた。
「お前は......しかし、リュシカには困ったものだ。あれだけ言っても言葉遣いの一つも直りやしない」
「うーん。まあ、でもなんかあるのかもしれないのだろう?こっちも調べては見てるけど......結局怪しいのはあの事件くらいだし......」
カーレスの親友でもあるレーベン王太子が胸の前で腕を組んで言った。実はカーレスはあの日以来、妹のトラウマの件について探っている。しかし、最終的に行き着くのはあの誘拐事件だけだ。そのため信頼出来る生徒会メンバーに話して一緒に探してもらっているのである。
「確かにトラウマになりそうな事件ではあるけどねぇ。結構やり口がエグかったみたいだし」
「ええ。叔母様も参加してたみたいだけど......被害者の事は余りにも凄惨すぎて話せないと仰って......」
頭の上で腕を組むエルニシアを見ながらラティナは沈痛な面持ちを見せた。
「あー、でもよ。結局その時は、ほぼほぼ無傷だったって話じゃねぇか。まあ、アレだったら俺が鎌掛けてみても良いがーー。最近どうも、ウチのフィアンセ殿が妹ちゃんには近づいて欲しくないみたいでなぁ......」
「......あ〜、その件は母もチラッと言ってたかな。まだ噂だけど例のエルフレッド君の件でフェルミナ嬢とリュシカ嬢になんかあったみたいで......」
「ふんっ‼︎だからレーベンを選んでおけば良かったのだ!だいたいヤルギス公爵家の令嬢が自由恋愛などと訳の分からんことを言い始めるからこんなことになる!本当に困った妹だ‼︎」
憤慨しているカーレスにエルニシアはどうどう、と両手で落ち着くように促した。
「まあまあ、落ち着きなよ!だいたいその件は王家でも色々あったって話でしょ?リュシカちゃんだけのせいじゃないでしょ!」
「......そうなんだよね。特に当時の僕は甲斐性が無かったって言うのもあるし......」
当時の情景に思いを馳せて少し遠い目をしているレーベンに対してラティナは咳払いをしてーー。
「と、とりあえず、整理してみますと......カーレス君が妹さんがトラウマがあるって話をしているのを目撃して様々な情報を調べてみたけど怪しいのは誘拐事件しかなかったってことかしら?」
「んで、その事件の概要を調べたが妹ちゃんは救出が早くて無傷ーー。トラウマになりそうなもんではあるけど未だに引き摺って戦っているってセリフはおかしくないか?って感じだろ?まっ、どうせシスコンだから妹が心配で見に戻ったら見ちまったんだろうけど......」
「ホント、サンダースって一言多いよね?それに両親は何かに感づいている節があってリュシカちゃんの言葉遣いを容認している節があるっと。でも、両親も具体的に何があったかはわかってなさそう......」
「となるとリュシカ嬢はこの件は誰にも詳しい内容を話していない可能性が高い。そして、早いとはいえ一日は時間が経過しているのに全くの無傷というのは......という部分が引っ掛かっている......」
「そうだな......しかし、実際問題として妹は救出後の検査で貧血はあったもののオールクリアだった。それにその後は傷ついた被害者まで治す程に精神が安定していて、とてもトラウマを感じているようには見えなかった......」
それぞれが考えるような素振りをしていた中でエルニシアが「......待って」と声を挙げた。
「......ねえ、カーレス。私、ヤバいことに気づいちゃったかもしれないんだけど......控室って遮音魔法掛かってるよね?」
「ああ、他のクラスに戦略を聞かれないようにと配慮がされているはずだったな。それでエルニシア。そのヤバいことってなんなのだ?」
エルニシアは一応誰も居ないことを確認して細心の注意を払うようにして皆を集めると少し顰めた声で語り始めた。
「あのさ。本当にあくまでも予想だから落ち着いて聞いて欲しいんだけど......皆、回復魔法とか使った時ってどうなる?」
「......どうなるって、そりゃあ回復するだろう?」
「そんな馬鹿な答えは求めてないよ!学年三位!もう!ほら、回復魔法って外傷とかは回復出来るけど失ったものは回復出来ないよね?」
それはエルニシア本人が聖魔法に精通しているから気付けたことでもあった。回復魔法では外傷などを治せるが失った体力などは治せないのだ。
「......えっと。確かに体力とかそういったものは回復出来ないけれど......えっ?貧血ってまさか妹さん......」
ラティナがハッとしたように掌で口元を抑えた。そして、レーベンは「......そういうことか」と頷いた。カーレスはなんとも言えないような表情で「......あの馬鹿は......」と頭を抑えた。
「一日経って何もなかった訳がなかったんだよ。......きっと自分で治しちゃったんだ。その傷を......」
それは彼らがリュシカの抱えるトラウマの”真実”に辿り着いた瞬間だった。そして、その言葉を聞いたサンダースは天を仰いで頭を押さえると言いづらそうに口を開いた。
「そういうことかよ......しかも相手はあのレディキラーだぜぇ?脱獄して捕まってない......しかも状況確認するとなぁ......服に汚損なし、欠損なしってことはひん剥かれてーー」
ドンッ‼と大きな打撃音がした。
控え室にあったテーブルを両腕で叩きつけたカーレスが自身の武器を持って部屋を飛び出そうとしているのに、一早く気付いたレーベンが羽交い締めにする。
「落ち着いてよカーレス!大体今飛び出したって何が出来るというんだい⁉︎」
「......妹を問い詰める。そして、レディキラーの息の根を止める」
底冷えするような冷たい声に皆が一瞬押し黙った。しかし、どうにか自分を取り戻したレーベンがカーレスを宥めるように声を荒げた。
「それが何の解決になるんだい⁉︎もっと冷静にならないと‼︎今、君が動いてもリュシカ嬢を助助けることにはー-「なら、どうしたらいい‼︎妹が妙な喋り方をする理由も解ったようなものではないか‼︎あいつはレディキラーを恐れている‼︎だから自身を強く保つ為に形から入ったのだろう‼︎入学式の時にそう言っていたではないか‼︎」
レーベンは「それは......確かに君の言う通りだ......」と羽交い締めすることは辞めたが「ーーだが、どちらにしろ今飛び出しても何も出来ない」と言葉で制することは辞めなかった。
「これは......私達だけでどうにか出来る問題を超えていると思うわ。秘密にしていることを話すのは気が引けるけど......私は叔母様に話して妹さんの様子を見てもらうようにしたいと思っている。それに生徒に危険が及ぶ可能性を考えればレディキラーへの対策も取ってくれると思うから......」
「ーーとなると俺は妹ちゃんが傷つかない程度に事実確認して答え合わせって感じかねぇ......フィアンセ殿の目を掻い潜るのは大変だろうけどーーこれは流石にほっとけねぇしなぁ」
「じゃあ、私はコルニトワ叔母様に協力を仰ぐかな〜。学園の時期は仕方ないけど長期休暇はあまりアードヤードでうろちょろしない方がいいよね?中立国の方が逃亡犯も逃げやすそうではあるのだけど、あそこは砂漠に囲まれた城だから入りづらいだろうし。あとはお母様に神託頼むとか?そんな個人的なことをやってくれるかはわかんないけどねぇ......」
「じゃあ、僕は人為的な捜索網の強化の進言ってところだろうね。可能性の問題だけど公爵令嬢が狙われている可能性を示唆すれば両親も国を動かさざる負えなくなる。どっかで居なくなってくれてるのが理想だけど現状そういう報告は上がってきてないみたいだし」
皆が口々に解決案を出すのを見てカーレスは自身が冷静さを欠いていたことに漸く気付き頭を下げた。
「......皆、すまなかった。ならば俺は妹には悪いが両親に可能性として伝えるしかないだろうな。トラウマの何と闘っているのかは解らないがレディキラーの事を考えるとな......母には緊急的に動いてもらう可能性が出てくる。それに父には護衛の数を増やしてもらわなくてはならん。無論、妹には伝わらないようにだが......」
それを聞いてエルニシアは「まあ、九割方PTSDだろうし。見るからに護衛が増えたりしたら不安になるかもしれないねぇ」と溜め息を漏らすーー。
”三年Sクラスの皆様。お時間十分前になります。会場入りの準備をお願いします”
「あ〜、それどころじゃねぇのになぁ......全く、闘技大会中止になんねぇかなぁ......」
「なるわけないでしょ‼︎まあ、それどころじゃないのには同意だけど......」
「それに、ここで急に僕達が辞退して動くとリュシカ嬢に気付かれる可能性も零じゃないから......やるしかないよね」
「そして、私達は優勝候補筆頭。手を抜いて負けるわけにもいかないわ」
「こんなもどかしい気持ちになるとはな......手早く終わらせないと......」
そう今後の方針を決めて三年Sクラスは控え室を出た。こんなことをしている場合ではないがやるしかないのなら早く終わらせるしかない。そんな気持ちを抱えながら彼らは闘技大会の舞台へと上がるのだった。




