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闘技大会の決勝トーナメントは前日以上の盛り上がりを見せていた。決勝の舞台ではハイレベルな大会が期待できるというのもあるのだがスカウトや視察で集まっている面々が錚々たる面子であるからだ。
例えばアードヤード王国陸軍元帥アハトマン=エルンスト=アインリッヒ。軍議で多忙な総元帥に代わっての出席である。
世界政府からはSランク冒険者兼”特別指名手配犯執行部隊隊長”[エドガー=ゴルディアス=エイドバン]長髪の間から覗かした狼犬族のクウォーターの証である三白眼の鋭い目付きで自身の部隊に相応しい人間が居ないか目を光らせている。
そして、”弟子兼家事担当募集”のプラカード片手に珍しく人前に現れたメルトニア=マクスウェル。半ば伝説とかしているSランク魔法使いの登場に会場のボルテージは否応無しに上がっていた。
更に王配で元Sランク冒険者のコガラシ=オオクニ=イングリッド。こちらはプライベートでの参加となっているが密命を帯びていることは明らかだった。
やはり、人材の黄金期ということもあってアードヤード王立学園には多くの目が集まっていた。そして、その目に留まれば一気に将来が安泰するということもあって決勝トーナメント出場を決めた学園生の戦意は最高潮である。その横で”ガルブレイオスの素体研究出来ます”のプラカードを振ってグレン所長が研究員の増員をはかっていた。
因みにもう一人のSランクである[ジャノバ=セト=イーデット]はSランク冒険者という名のゲーマー兼ギャンブラーである為、本日も自身の住むクレイランド帝国のカジノにて豪遊の限りを尽くしている......Sランク冒険者とは?
「さて、本日は遂に決勝トーナメントです!順当に勝ち上がっている三年Sクラスと二年Sクラス‼︎そして一年とは思えない程の強さを誇る一年Sクラス‼︎ここら辺は見ものですね!解説のジン先生!」
「そうだね。どうも指導に特Sランクのエルフレッド君が関わっているそうだけど、それもあるのか洗練された戦い方をするよね。それに最優秀生と並ぶ強さの剣豪イムジャンヌさんの活躍も見事だった」
観客席から「剣聖の子孫の実力見せてやんなぁ‼︎」の声が聞こえて「......お母さん......恥ずかしい......」とイムジャンヌが顔を隠した。
「あとは注目のダークホース‼︎二年Bクラス!まさかの三年Aクラスを倒しての決勝トーナメント行きは見事でした」
「Bランク冒険者の[ライアン=アイン=ブレイド]君がギリギリ出場出来たのが大きかったね。やはり実戦経験者は強いから......」
観客席でその声を聞きながら揚げパンをかじるエルフレッドーー「Bランクは出れるのか......」と呟く横に当然の如く座っているノノワールが揚げパンをパクって食べている。
「なるほど‼︎では最後にジン先生‼︎優勝予想をお願い致します‼︎」
ジンと呼ばれた三年Sクラスの魔法戦闘学の教師は顎下に手をやってーー。
「順当なら三年Sクラス。次点で一、二年のSクラスかな?ダークホース予想で二年Bクラスだね」
「やはり三年Sクラスですか‼︎確かにカーレス選手とレーベン選手は群を抜いている感じがありますよね‼︎」
「そうだね。きっと何らかの実績があったら出場出来なかったレベルに強いからある意味反則枠なんだけど......全国大会のことを考えると有難いかな?」
その言葉を聞いてたまたま準備が近い席であったリュシカが「兄上の反則者〜‼︎帰れ帰れ‼︎」と野次るとチームメイトに笑われたカーレスが「言葉遣いは気をつけろと......だいたい反則枠で言うならばレーベン王太子殿下もだからな‼︎」と返して溜息を吐いた。
「私もそう思います‼︎ジン先生、有難うございました‼︎それでは早速始めていきましょう‼︎二年Aクラスと二年Bクラスの皆さん‼︎よろしくお願い致します‼︎」
司会を務める放送部の声に歓声が湧き上がった。それにとりあえずの拍手を送ってエルフレッドは眼光を強める。
(さて、上位クラスの本気はどの程度か......)
昨日の予選でもある程度は見たがやはり実力が拮抗してくると内容が変わってくる。そこを的確に伝えられるようにとエルフレッドは集中する。
「因みにエルフレッド君の優勝予想は?」
舞台女優とは思えない程にきなこに塗れた彼女にハンカチを渡しながら頬杖をついてーー。
「一年Sクラス......と言いたいところだが順当にいけば三年Sクラスだろうな」
「なにそれ、つまんない‼︎解説と一緒じゃん‼︎」
つまんないと言われたが実力差が見てわかる程度にはある。もう少し練習出来ていれば違ったのだろうがイーブンで戦えば負けるのは一年Sクラスだった。ノノワールはもう興味を無くしたのか横の友達にきな粉まみれの指を向けて「ほら、舐めていいよ♪」とかアホな事を言っていたが「......それはちょっと」と断られていた。
「ちぇ〜。ダメか......まっ、いいや♪試合始まったみたいだけど、どんな感じよ?」
「......正直余り見所はないな。とりあえず、ダークホースの中心であるライアン先輩以外は頑張って鍛えた学生くらいの強さに見える」
きっとライアン先輩とやらが指導したのだろうが基礎を徹底的に底上げしたという感じだろう。順当にBクラス四人でAクラス三人を倒した感じだ。残り二人をライアン先輩が倒すという流れである。
(確かに学生の中では群を抜いているが、この戦い方では疲れを隠せていないな......)
先日から見ていて思ったがライアン先輩の負担が大き過ぎる。回復薬で回復出来るのは外傷の類だ。エリクサーなら話は違うだろうが一本で一般家庭の年収分くらいは余裕で消し飛ぶ薬を学生の大会に持ってくるとは思えなかった。そもそもエリクサーの使用は想定されていないだろうが学校規定の物以外は使用禁止だろう。
最終的には地力の差でライアン先輩が勝ったものの快進撃の代償を払ったように見える。
「ダークホースの快進撃は続きます!ライアン選手の勝利により二年Bクラスの勝利です‼︎」
放送部の勝利放送に二年Bクラスの生徒が座るであろう席が大いに沸いている。ライアン先輩を讃える声に彼は手を上げて答えていた。
「因みにエルちん、エルちん」
「何だ?変なあだ名だな」
「良いじゃん♪可愛いじゃん♪......は置いといて興味本位だけど、もしエルちんが出場出来たとしたらどんな戦いになるの?」
エルフレッドは顎下に手をやって少し考えてからーー。
「まあ、三年Sクラスの実力次第だろうが一対全チームでも勝てないことはない」
「うへぇ......エルちんは謙遜とか何処かに置いて来ちゃったの?」
「......もし謙遜を置き忘れたのなら、あそこに座る三人でも二対一までなら勝てるぞ?」
そう言って彼が顎で示したのはSランク冒険者が座る席である。それを見てノノワールは「うわぁ......まじか......」と呟いてーー。
「ちょっと人間辞めすぎじゃない?てか、あの長髪のイケメンさんがこっち見てるよ?」
「ん?ああ、エドガーさんは千里眼持ってるからこっちが見えたんだろう」
そう言ってエルフレッドが挨拶に手を振るとエドガーはニヤリと笑って中指を立ててくる。
「ああ、耳も良いから聞こえてた方か......これは失礼致しました」
「いや、失礼とかいうレベルじゃないから......本当このクラスメイトヤバイわ......」
二人がそんな事を話していると急に真顔になったエドガーはSランクや元Sランク、そして、軍神を巻き込んでなにやらコソコソ喋り始めた。暫くするとプクっと頬を膨ませたメルトニアが持っていたプラカードを投げ捨てて姿を消しーー。
「もう‼︎エルフレッド君、私たちのこと舐めすぎ〜‼︎可愛い娘に良いとこ見せたいからってぇ〜!このカッコつけし〜!」
「......可愛い娘?」と横を振り向くとノノワールは「綺麗なお姉様に可愛い娘って言われた。グヘヘ」とみっともない顔でヨダレを啜っている。
「いえいえ、半分冗談みたいなものですよ?友人が闘技大会に出たらどうなるかと聞いてきたものですから......」
「え〜、でもさ〜。冗談でも”まとめてかかって来たって蹴散らせる”なんて言う〜?言わないよね〜?」
「そもそも言ってません。それ完全にエドガーさんが盛ってます」
エルフレッドがエドガーの方を睨み付けると彼は馬鹿にするような表情を浮かべて舌を出していた。
「えっ、メルトニア様がなんで一年Sクラスに......?」
「......なんかエルフレッド君が喧嘩売ったらしいよーー」
「......え〜やばくない?」
「......あいつヤバイ奴だな」
「......巨龍倒す時点でヤバいって解ってたけどな......流石になーー」
突然のSランク登場に沸いていたクラスメイト達が、その表情を一変させたかと思いきやジトりとした視線でコソコソと話し始めたのを見て、エルフレッドは咳払いをした。
「とりあえず、大混乱が起きているので席に帰って下さい......後そんなこと言ってないのでエドガーさんに文句言っといて下さい」
「む〜、本当かな〜。あ、隣の女の子‼︎私とお話しようよ〜?」
グヘグヘ言っていたノノワールは突然メルトニアに話し掛けられて目をパチクリしている。
「そうそう〜。あ、私メルトニアって言うんだけどお名前は〜?」
「あ、え、えとわ、私ノ、ノノワールって言います‼︎」
ノノワールがガチガチの様子で返事をするとメルトニアは「ああ〜‼︎」と手を打ってーー。
「ノノワールちゃん‼︎最近よくTV出てる〜‼︎うわ〜私生で見れて嬉しいな〜‼︎ハグしても良い?」
「は、ハグ?ヒャ、ヒャイ‼︎」
突然ハグされて天にも登るような心地の表情になってるノノワールを見ながら「籠絡されたか......」とエルフレッドは真顔で呟いた。というかメルトニア本人も「......掛かった〜」と聞こえない程度の声で呟いている。
暫く頭を撫でたり、頬ズリしたりと散々サービスしていた彼女はノノワールの耳元に口を寄せると色っぽい声で囁くように言った。
「ねぇ、ノノワールちゃん。エルフレッド君なんて言ったの〜?」
「はい!あの中の二人なら二対一でも倒せるって言ってました‼︎」
目をハートにしながらはきはきと答えるノノワール。その見事な売られっぷりにはエルフレッドも思わず「......おい」と低い声が出た。
「そうなんだ〜。ノノワールちゃんありがとね!御礼のキッス!」
メルトニアが頬に軽くキスをするとノノワールは鼻を押さえながら椅子にとっ伏した。
「......言質取れちゃったよ〜エルフレッド君?後で楽しいことしようね〜」
「......」
怖い笑顔を浮かべながら転移していったメルトニアを見送った後、エルフレッドは揚げパンをやけ食いし始める。
「メルトニアさん最高‼︎マジ女神‼︎てか天使‼︎」
手に着いた鼻血をハンカチで拭きながら小躍りせん勢いで椅子に座り直したノノワールは手が綺麗になったのを確認すると揚げパンの方へと手を伸ばしーー。
「......ありゃ?」
ひょいっと取り上げられた先を見るとゴミを見るような目をしたエルフレッドが揚げパンを取り上げているところだった。
「......ハハハ、エルちん。そんな冗談が過ぎるっていうか?」
「友達を売るような奴にはやらん」
平謝りしながら「ごめんって‼︎てか、ポヨンポヨンなメルトニアさんが最高すぎたから仕方なくない⁉︎」と本心だだ漏れのノノワールに対して「自分で買ってくるんだな」とエルフレッドはいじけた様子で吐き捨てて牛乳を煽るのだった。




