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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第三章 砂獄の巨龍 編(中)
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3

 ざわざわと木々が風に揺れて一段と寒い風が吹いた。アーニャはコーヒーに口をつけると「コタツで丸くなりたいニャア......猫だけに」と呟いてーー。


「問題はその後ミャア。あの娘はリュシカが自分に悪い事をしたという認識を持っていることに気付いているニャア。だから、そのことについて謝りに来てくれると思っていたのだろうミャ。だけど、この様子を見るにリュシカは謝りには行かなかったようだミャア。そして、不信感を抱き始めたあの娘がこの学園で見たのは仲睦まじく歩く二人の姿だったとなるとーー」


「......(つくづく)最低ではないか」


「うーん。もちろんフェルミナ目線で見ればそうかもしれないけどミャ。リュシカ側から見れば確かに嫉妬心から邪魔をしてしまったことに罪悪感は感じるだろうけども、それを知られているなんて認識がある訳がない上に謝罪の必要性も人それぞれのレベルと言わざる負えないミャア。それをエルフレッド殿本人に相談しようと考えるのは少し軽率だったけども最近の二人の仲を見ていると仕方ないと思わざる負えないニャア。結局は情報不足とタイミングが悪かったってことだしミャア。リュシカを最低と責めることは出来ないミャア」


 少し言葉に詰まりホットコーヒーに口をつけたリュシカは少し回るようなになった頭で思考してーー。


「そのタイミングの悪さと情報不足で私は可愛い妹分を失ったと言うわけか......」


 それを聞いたアーニャはふんぞり返りながら苦笑して両手を頭の上にやると秋空を見上げながらーー。


「将来、両親に選ばれた相手と結婚して仲を構築していくくらいしか恋愛をしない妾が言うのもなんだけどミャア。恋愛ってそういうものなんじゃないのかミャ?いくら仲が良い友達同士でも一人の男性を奪い合えばドロドロしてくるものだと思わないかミャア?」


「......確かにそうかもしれない」


「だいたい、そこでリュシカが手に入るかも解らないエルフレッド殿を諦めて何になるミャア?本人が諦めている以上フェルミナのものにもならないニャア」


「......溜飲が下がるかも知れない」


 アーニャは飲んでいたコーヒーを思わず吹き出して噎せた後に、ハンカチで口周り拭うと「......失礼」と呟いてーー。


「溜飲が下がるのは結構だけどミャア。それって結局誰も幸せにならないミャ。フェルミナの気持ちは残念に思うけども私はリュシカにも幸せになって欲しいミャ。リュシカだって順風満帆だった訳ではなかったミャ?」


「それは......」少し驚いた表情を浮かべるリュシカに「私は頭だけはよく回るから状況を考えれば何となく答えはわかるミャ......だから余計に幸せになって欲しいと思うのニャア」とアーニャは頬杖をついて尻尾を揺らす。


「そうか。アーニャは解ってくれているんだな......」


 少し辛そうにだったが、しかし、一人で抱え続ける必要がないことに安堵するような表情でリュシカは微笑んで一筋の涙を流した。


「まあ、だからエルフレッド殿の対応とかを変えてどうこうしようなんてしなくて良いミャ。きっとエルフレッド殿も困惑しているだろうニャア」


「ははは、そうかも知れないなぁ」


 ジャンパーを抱きしめるようにして不安げな表情を浮かべたリュシカはポツリと呟いた。


「......怒ってないだろうか?」


「......怒ってる?エルフレッド殿が?」


 リュシカが頷くとアーニャはあり得ないと言わんばかりに大爆笑してーー。


「あのエルフレッド殿がそのくらいで怒る訳ないミャア‼︎きっと俺なんかしたのか?とかウジウジ悩んでるだけミャ‼︎それに心配なら一緒について行くミャ!妾達は幼馴染ミャア♪」


「アーニャ......ありがとう......」


 そう言って微笑み合っている二人の間に一段と寒い風が吹いた。アーニャは自身の体に尻尾を巻きつけながらガタガタと震えると立ち上がりーー。


「う〜、今日は一段と寒いミャア......こういう時に園内魔法禁止が嫌になるミャア......リュシカ。落ち着いたなら、そろそろ帰るミャ。妾は予定を終わせたらサッサと布団に包まるミャ」


「そうだな。よし、そうしよう‼︎私はエルフレッドに謝りに行ってくる!」


 気持ちが元気になったのか気合十分と言った様子で告げるリュシカにアーニャは苦笑してーー。


「早速行くミャ?明日でも大丈夫だと思うけどミャア......」


「早いに越したことはないだろう?もうフェルミナの時のような思いはしたくないのだ‼︎」


 彼女がそう告げるとアーニャはどこか呆れたように微笑みながらーー。


「それは仕方ないミャ......乗り掛かった船ニャア!最後まで付き合うミャア!」


 アーニャの言葉を聞くや否や「アーニャ!ありがとう!」とリュシカが抱きつくと「何だか今日のリュシカは幼子のような可愛さミャ」っと彼女は頬を頬ころばせた。


「寒いから今日は暫くそうしておくミャ」


 リュシカに抱き着かれたままで居たいアーニャは最もらしい表情を作って言った。そんな彼女の尻尾は嬉しそうにゆっくりと揺れていた。













○●○●













 携帯端末に『今から今日のことで話したい』と送ると『わかった』と連絡が来た。


「なんて来たミャア?」


「わかったそうだ」


「ふ〜ん。とりあえず話し合えそうでよかったニャア」


 学園の校舎を横断して学生寮へと向かう。特待生や最優秀生は大体同じ階に固まっているのでアーニャとてエルフレッドの部屋は把握していた。部屋が近づくに連れて緊張が高まっていく様子のリュシカに溜息が出そうになるが心が弱っている時は何でもそうなるものだとそれを飲み込んで「大丈夫ミャ」と背中を撫でた。


(それにしたって朝に一回家名で呼んだだけで総崩れすることは無いだろうけどミャア......)


 ちょっと冷静になればそのくらい解るだろうに......とアーニャは頬を掻いた。普段の剛健な態度を見ていると不思議な感じだが昔の乙女然としていた姿を思い浮かべると案外こんな感じだったかもしれないとも思うのだった。そうこうしている内にエルフレッドの部屋の前に着いた。一呼吸置いてリュシカがインターホンを鳴らすと中から少し慌ただしい音と共にエプロンを巻いたエルフレッドが現れた。


「あ、あのエルフレッド......」


 緊張した面持ちで指遊びをする彼女に視線をやった後にアーニャの方を見たエルフレッドは頭を掻いてー。


「......助かったというか何というか......まあ、立ち話も何だから中に入ってくれ」


 苦笑しながら部屋へと招き入れるエルフレッドに二人は顔を見合わせた。




「ブワッハハハハ‼︎あや、謝られる側が、大量の、大量の料理を作ってお出迎えって‼︎ニャハ、ニャハハハ‼︎」


「......友人と話している内に俺にも悪いところがあったと思ったから謝罪も兼ねて料理を振る舞おうと思ったんだが......気がついたらパーティーでもするのかって量を作ってしまってだな......」


 ダイニングテーブルに並んだ女子力が高めの如何にも映えそうな料理の数々を見てアーニャは爆笑している。


「全くやってくれるミャア‼︎リュシカ!エルフレッド殿はこういうタイプだから何も心配することはないミャア‼︎」


 そして彼女はカクテルグラスに盛り付けられたミントの添えられたトマトのゼリーをプルプルさせると「ちょっと引くニャアァ」と笑っている。


「まあ、そのなんだ。俺も少しは周りに向き合っていこうと思っているんだ。配慮が足りなかったら言ってくれ」


 朱の差した頬を掻きながら恥ずかしげに視線を逸らすエルフレッドにリュシカは微笑みながら涙を零した。


「全くそなたという奴は......私が謝ろうと思って来たのに配慮がどうのなど......それにこんな料理なんか作りおって......本当に困った奴だ......」


 嬉し恥ずかしそうにしながらポロポロと涙を零すリュシカに「俺の立場からは謝罪しろなんて言えるわけがない」と苦笑する。


「二人とも妾はエルフレッド殿が予選通過のパーティー開いたって言って皆を呼んでくるニャア!その間にわだかまりは済ましておくミャ♪」


 空気を読むようにして部屋の外へと出て行ったアーニャに苦笑しながら二人は向き合った。


「まあ、なんだ。私は少し色々と空回っていたようだ。今後はもっとゆっくり考えて行動するようにする......だから、ごめんなさい」


 そう言いながら頭を下げる彼女にエルフレッドは微笑んでーー。


「わかった。まあ、俺も少し周りを蔑ろにし過ぎていたようだ。学園にいる間などはもっと周りに配慮出来るようにしよう。済まなかった」


 そして、戯けて頭を下げて見せると二人は向かい合ってまた笑い合うのだった。


「エルフレッドぉ‼︎ちょっとパーティーって気が早くなぁい?って、あんたぁ‼︎何リュシカ泣かしてんのぉ⁉︎」


 ああん?と迫ってくるルーミャに苦笑しながら「別に俺が泣かしたわけではない」と席に案内する。


「うわぁ、見た目とは正反対の女子力だね......」


「......お母さん......?」


 と驚いて扉前に固まってる二人の背中を押しながらアーニャが中に入って来た。


「明日も頑張るミャア‼︎あ、優勝パーティーもよろしく頼むニャア♪」


 ちゃっかりパーティーの予約を始めたアーニャに顔を見合わせて笑うエルフレッドとリュシカだった。

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