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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第三章 砂獄の巨龍 編(中)
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2

 その大剣裁きは流麗だった。無駄がなく止まることのない連撃は苛烈でありながら舞のようであった。


 予選最終組、全員のスタミナを回復するために先鋒を順繰り回して来た一年Sクラスで遂に自分の出番が回ってきた。リュシカは眼前に佇む大柄な先輩を見ながら剣を構える。


 相手は3年Bクラスーー。例年ならばいくら最優秀生が多いとはいえ良い勝負になるだろう組み合わせだが今年に関しては全くもって相手にならない。三年Sクラスの魔法戦闘学を受け持つ先生がしきりに「相手が悪い」を繰り返す程にその実力差は明らかだ。


 リュシカの曲刀が相手の曲刀を三回打ち付けた。回転運動による三連撃、そして、右膝蹴りーー。教えてもらった通りのそれに相手が冷静に対応したところで次の瞬間にはリュシカの姿は後ろである。後頭部に突きつけられた剣に審判の先生が驚いた様子で戦闘終了を告げた。


「ありがとうございました」


「ありがとうございました」


 礼をしてインターバルに下がるとルーミャが「流石リュシカぁ‼︎」と飛びついて来た。


「まあ、あのくらいの実力ならばルーミャでも余裕だろう?」と返すと「あったり前じゃん‼︎」と微笑んで自身の席へと戻っていった。


「ふむ。近距離の転移をうまく使った戦法見事だな。相手も対応が難しいだろう」


 腕の前で手を組みながら笑うアマリエ先生に「ふふふ、使い過ぎればただの猫騙しですよ?」と返して休憩に入る。汗を拭きながらスポーツドリンクを飲んでいると胸に空いたぽっかりとした部分が酷く鮮明になった気がした。あの時何をしたら正解だったのかーー。エルフレッドに対する対応はあれで合っているのかーー。


「それでは次の試合を開始致します!一年Sクラス先鋒、三年Bクラス大将、前へ‼︎」


 呼ばれて前へと進み出る。この一戦に賭けている先輩方には申し訳無いが、この戦いに何の意味も見出せなくなった私でも負ける訳にはいかなかった。


(......思考が纏まらないな)


 槍を大きく振り回す先輩の穂先を払いながら今一度目の前の戦闘に集中する。槍と剣だと三倍の実力が欲しいところだと言われているが、その()()()既に踏破した道だ。引かれた槍の穂先を曲刀で叩き落として槍を踏みつけて顔面へと足を延ばす。それを先輩が障壁で受けたのを確認して引き抜こうと後ろにテンションがかかった瞬間に転移ーー。ひっくり返ったところに曲刀を首元に突きつけて試合終了である。


「一年Sクラス‼︎またもストレートでの勝利‼︎強い‼︎強すぎます‼︎」


 礼をしている時に放送部の先輩が叫んだ。その瞬間一年Sクラスを讃える歓声が降り注いだ。それを意識の後ろ側で聞きながら再度思考に没頭する。


(私がフェルミナを傷つけたのだからーー)


 あの優しく可憐な少女に悪鬼のような表情をさせてしまった自分は何だろうな?と思う。明確な拒絶を受けたのも初めてで上手い対応が浮かばない。浮かばないというよりは存在しない。あの目を見て解った。フェルミナ側は私と復縁するつもりは絶対に無く絶交を望んでいるということをーー。


 正直混乱している。無論理由はわかっていた。同じ者に好意を寄せて、その思いを酷い潰し方で壊してしまった。そして、そのことに気づいていながらも正式に謝罪には行かずにその者と仲良くしているところを見せてしまった。それは単純にその出来事について相談しようとしていたところだったのだが相手からすればどんな内容かなど解りようがない。


 結果、謝罪する気もなく反省していないように感じられてしまったということだ。そして、名前も呼びたくないくらいに嫌われてしまったということである。


 では、何に混乱しているのかというと今後の自分がどう立ち振る舞えば良いのか?ということである。フェルミナの気持ちは戻らない。しかし、ホーデンハイド公爵家には誠意ある対応をしなくてはならない。しかし、何をしても許されることはないのである。


 エルフレッドに関しても、こっちが勝手に想ってこっちが勝手に捨てようとしているだけだから良い迷惑だろう。そして、その行動が誠意になるかと言われると甚だ疑問なのである。


「リュシカ君」


 アマリエ先生が名前を呼んだ。振り返れば皆が心配そうな視線を送っている。


「ああ、すいません、思考の渦に巻き込まれていました。すぐに片付けます」


 そう言って使っていた曲刀などを片付け始めるとその手をアーニャが掴んだ。


「先生。申し訳ありませんがリュシカを借りていきますミャ」


「......解った。今日の日程は終了だから皆も各自休むようにしてくれ‼︎解散‼︎」


「あ、アーニャ‼︎まだ片付けが終わってなーー「いいから来るニャア‼︎」


 有無を言わさぬ態度で引きずるようにリュシカを連れて行くアーニャに皆は憂いの視線を送った。


「......リュシカ。大丈夫かなぁ」


 もう一人の幼馴染でもある、もう一人の殿下が二人が消えていった方を心配そうに見つめていた。













○●○●













 学園の校舎裏に用意されたテラスには人が少ない。そこに温かい飲み物を持ってアーニャが現れた。


「とりあえず飲むニャ。話はそれからミャ」


 リュシカは頷いて飲み物に口をつけた。少し熱すぎるそれに噎せかえると「......何やってるミャア」とアーニャは呆れた様子でリュシカの顔を拭った。秋の様相が強まって寒々とした空の下、紅葉に染まった葉っぱが落ちる。準備が良いアーニャがリュシカの肩から学園指定のジャンパーを被せてやると彼女が震え始めたことに気づいた。


「それでどうしてそんな思いつめた表情しているミャア?エルフレッド殿のことも態々伯爵子息とか言ってたそうだニャア?」


 止まらなくなった涙を流しながらリュシカは「私は最低な事をしたんだ」と今までの事を語り出す。それを相槌を打ちながら聞いていたアーニャは話が終わったと見るや溜息を吐いて頬杖を着いた。


「なるほどニャア。虎猫族は確かにそういうところがあるからニャア。とはいえ、客観的に見ればリュシカの行動を最低とまでは言えないミャ。あの娘の心の弱さもあるミャア」


「しかし‼︎私が空気を読んであんなことを言わなければこんな事にはーー「まあ、そういきり立つミャ。少し落ち着いて聞いて欲しいことがあるニャア」


 アーニャはクールな大人を装ってブラックコーヒーを飲んでみたが「......苦いミャア」と呟きながら舌を出した。


「まず、一番の問題は気持ちを考えずに踏み躙ったことじゃないミャ。きっとあの娘は焦っていたミャア。自身の気持ちの弱さと思いの強さの天秤が壊れそうになってたことにーー」


「そこに私がとどめを刺してしまったのだろう‼︎だから、私はーー「だから、落ち着くミャア。今日は本当にリュシカらしくないミャア」


 呆れた様子で苦笑したアーニャは溜め息を吐いてーー。


「まあ、解らないのは無理も無いことだけども......フェルミナの家族には能力があるミャア。一定の条件が揃うと相手の心がわかるというものミャア。妾も話していて気づいたのだけど、あの娘は相手の心が読めることを普通の人間なら誰でも出来る能力だと思うくらいに普通に使っていたミャア。その結果、人の感情を諸に受けてしまったのだろうミャア」


「その結果、私がどういう感情を持ってエルフレッドに話しかけているのか気づいてしまったというわけか?」


「その通りミャア。漸く冷静になってきたミャア」


 アーニャはそう言いながら薄く微笑んでーー。


「ここまでは仕方のないことだったミャア。きっとあの娘もそこで初めて普通の人間は心が読めないことを確信したと思うのニャア。こっちの感情は伝わらない、でも、相手の感情は見えてくる。嫉妬という小さな悪意を持ったリュシカの感情に当てられて特にそれをものともしないエルフレッド殿の楽しげな表情に心破れてーー耐えられずに諦めようと考えただろうミャア」

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