第三章(上) エピローグ
フェルミナとて本来ここまでするつもりはなかった。寛大な心など持ち合わせていないと言ったが実は今日まで彼女はリュシカが謝りに来るのを待っていた。もし正式に謝罪ーー、いや、今日ここで真っ先に駆けつけて謝罪をするようであれば昔のようにお姉様として扱ってもよいくらいには思っていたのだ。ルーナシャはそれさえも無理そうであったがフェルミナだってリュシカに感謝している部分は沢山ある。
苦しんでいた心に誰にも見つからないようにと掛けてくれた聖魔法がどれだけ染み渡ったことかーー。実際に行動するなどは出来やしないだろうが心の中だけでも二人のことを応援しながら、この国に対して立つ鳥は後を濁さぬようにーー、そう考えていたのだ。
しかし、その考えは学園の出店を悠々と二人で周るリュシカの姿を見て霧散した。
あの瞬間全身を走った震えや怒りではなく悪寒だ。虫酸が走ったと言っても過言ではない。あの出来事の終わりはあの去り際の謝罪だけだというのかーーと自身の理解の範疇を越えた何かが体の中を駆けめぐったかのような強烈な悍ましさを感じたのである。
その瞬間、慈悲を保ったフェルミナは消えた。エルフレッドのことも別に諦めたとはいえ結局は嫌いになった訳ではないのだ。ならば徹底的に二人の仲を邪魔してやろうとさえ考えるに至ったのだ。無論、彼女自身暇ではないので行動に移すかまでは考えていないのだがーー。
「あのくらいで良かったのですの?」
ユエルミーニエはフェルミナの肩を抱いて訊ねる。その瞳はもっと徹底的にやっても良かったのにという煽るような色が見て取れた。
「もういいのです。あんな往来で被害者面されたらたまったものではありません。それにある意味では感謝しております。私、薄々思っていたのですけどお陰様で今日やっと完璧に理解致しました」
本当に理解が出来て嬉しくて仕方がないといった表情で彼女は告げる。
「私、この国が”本当に大っ嫌い”です。居なくなれて本当に清々します」
最近、エルフと人間の婚礼が増えてきているという。美しく長寿なエルフと短命だが精一杯生きようとする人間のラブストーリーが世間を賑わせているのである。更には実際にミックスだという人も現れて、その美しさにまるで貴族様みたいだと平民達も喜んだりしているそうだ。
それを見ていると反吐が出そうになる。
同じミックスなのに耳や尻尾が生えていたら”獣”でそうじゃなかったら認められるのかと思えば表面上の差別が少なくても内容は苛烈そのものーー。悪い意味で量を質で補っている。自身に降りかかる異分子感は郷に帰れという有様なのに......そう考えると好きでいられるはずがない。
「それに今後を支える人材がアレではもう期待しても無駄でしょう」
今日のフェルミナは本当に感情が高ぶっていた。その目に映るものは全て悪意にしか見えない。そして、不条理に対して掛ける言葉は怨嗟の言葉にしかならないのである。
「あらあら、いつになく辛辣ですの!」
言葉上はどっちとも取れるが非常に楽しげな母親を見ていると本当に似た者親子です......とフェルミナは思った。
「きっとあの方は自分が同じ立場だったなら許しているとでも思っているのでしょうね?まあ事実そうかもしれません。だってあの方はこれから先もこの国に残り続けなくてはならないのですから。私の様に全てを捨てれる立場では御座いません。それでもあの方は寛大で私は浅はかなのでしょうか?お母様」
そういうとユエルミーニエは楽しげに口角を上げて首を横に振った。
「いいえ。その理論で言うならば貴女はこの国を捨てると決めているにも関わらず許そうとしたのでしょう?そちらの方が寛大ですの。それにねぇ。私からすれば情や義に厚く敵であれば身内でも容赦無いのはとても虎猫族やホーデンハイド公爵家らしいと思っていますのよ?本当に”らしく”なってきましたわ」
「まあ、お母様ったら‼︎」
二人は笑いあった。そうこうしていると三年Sクラスの生徒が集まっている中にルーナシャとサンダースの姿が見えてきた。楽しげに語り合う姿にフェルミナは少し浮かんできた像を振り払い笑顔を作った。
「サヨナラ。リュシカお姉様」
その言葉に様々な感情を込めて、そして、その全てを捨てるように吐き捨てるのだった。
○●○●
「エルフレッド‼︎ちょっとリュシカ様を見てない⁉︎」
買い食いに勤しんでいたエルフレッドは慌てた様子のアルベルトに首を傾げた。
「いや、確かに一時間くらい前までは一緒だったがそれからはーーちゃんと時間までには行くように言ったんだが......」
「......そうなのかい?弱ったなぁ。後十分以内には事前の体調をチェックしてもらわないといけないんだけど......失格になっちゃうよ」
頭を押さえながらアルベルトが呻いた。息が荒いのを見るに既に結構な距離を探しているのだろう。エルフレッドは少し思考してーー。
「俺も探そう。アルベルトはどちら側を探して来たんだ?」
「助かるよ。一応選手しか入れないところは全て確認して来たんだけど......」
「なるほどな。ならば俺は店側を探して来よう」
「わかった。じゃあ僕は選手側を探してーー「その必要はない」
その声に二人が振り返れば心持ち目元が赤くなっているリュシカが立っていた。顔色などは悪くないが表情が硬いことにエルフレッドは違和感を覚えた。
「すまない。遅くなってしまった。早速行こう」
「ああ〜良かった。リュシカ様、早速行きましょう‼︎エルフレッド‼︎ありがとう‼︎」
そして、二人はエルフレッドの隣を通り過ぎて行った。取り残されたエルフレッドは困ったように頭を掻きながら呟くようにいった。
「......何があったというのだ」
彼女は言った。エルフレッドの隣を通り過ぎる際にこちらを見ようともせずに小さな声でーー。
「何も問題はなかった。......良いな?バーンシュルツ伯爵子息殿」
有無を言わさぬその態度にエルフレッドは困惑した様子で天を仰いだーー。
「何があったというのだ......リュシカ......」
態々拒絶するような態度を取って何も無かったことにしたいと告げる彼女にエルフレッドは自分では友すらも救えないのか......と無力さを嘆き噛みしめる他なかった。




