30
「本当にお久しぶりです‼︎」と満面の笑みを見せるフェルミナ達に頭を下げてエルフレッドは微笑んだ。
「丁度皆様の話をしようとしていたところでしたからお元気そうで安心致しました。本日はどうされたのですか?」
「いえねぇ。本日は三年Sクラスでルーナシャの婚約者であるサンダース君が出場するからそれを応援しに来ましてよ?そういえばエルフレッド君は本日は代表ですの?」
「いえ、実は特Sランクの冒険者が学生と戦うのは有り得ないと外されまして......どうやらこの二日間は出店巡りになりそうです」
彼が苦笑して見せるとルーナシャは「まあ、そうでしたか......でも、確かにエルフレッド様が出られるのはあまりに不公平かも知れませんね......」と目を丸くして驚いた後に何処か納得したような表情を見せた。
「えぇ〜、エルお兄様は出られないのですか?折角エルお兄様の勇姿が見られると思ったのに......」
ペタンと尻尾と耳を下ろして残念そうな表情を浮かべているフェルミナにユエルミーニエは「あらあらフェルミナったら......」と苦笑した。エルフレッドはそんなフェルミナについつい手が伸びそうになったが、それを途中で止めてーー。
「エルお兄様‼︎私もうレディーは辞めましたのよ‼︎沢山撫で撫でして下さいませ‼︎」
「あ、フェルミナ‼︎もう......妹が申し訳ありません......」
その手を取って頬ズリを始めたフェルミナにエルフレッドは苦笑しながらも「いえ、先に手を伸ばしたのは私の方ですし......」と優しく頭を撫でる。それにウットリと目を細めているフェルミナを嗜めながらもルーナシャは微笑ましげな表情を浮かべていた。
「ーーあら?もうこんな時間?すいません、エルフレッド様。私サンダース様と約束がありまして......先に席を外させて貰いますね?」
申し訳なさそうな表情を浮かべるルーナシャにエルフレッドは微笑んだ。
「いえいえ、婚約者様との約束は何よりも優先すべきことですよ?このような粗暴な風貌の男と喋っていては婚約者様も心配してしまいます」
「もう‼︎エルフレッド様は当家の恩人なのですからサンダース様も承知の上ですよ‼︎ーー本日はバタバタとしてしまって申し訳ありません......また、お茶でも飲みに来られて下さい‼︎エルフレッド様の御来訪はいつでも歓迎致しますわ!お母様、フェルミナ、私は先に行ってきますね?」
そう言いなが彼女にしては珍しくパタパタと小走りで向かって行く姿を見送って「もうあの子ったら......エルフレッド君。ごめんなさいねぇ」とユエルミーニエが申し訳なそうな表情で微笑んだ。
「いえいえ。婚約者様との時間は大事なのは本当ですから私のことは気になさらないで下さい」
「ふふふ、やっぱりエルお兄様は優しいですね!」
嫋やかに微笑んだフェルミナは再度頭を撫でることを強請ったりしてーー。
「すまん。エルフレッド。少し話したいことがあるから席を外してくれないか?」
少し感情の読み取りにくい声色でリュシカが言った。その目の前で「......話?」とホーデンハイド親子は顔を見合わせている。エルフレッドは少し思考してから彼女へと声を掛けた。
「わかった。代表戦に遅れないようにだけは気をつけるのだぞ?」
そう答えながら「お元気そうな姿を見れて良かったです。では、申し訳御座いませんがお先に失礼致します」と二人に会釈してその場を後にする。多分だが先程の様子から考えるに回復祝いでの件で謝りたいことでもあるのだろう。内容は皆目検討もつかないが聞くだけ野暮というものだ。そんなことを考えて出店巡りの続きを始めたエルフレッドは知らないだろう。
「”話してみるのも”いいかも知れないわねぇ」
敵意に満ちた視線でリュシカを見るホーデンハイド親子の考えの中に和解などどいう文字が既にないということなどーー。
その光景は最初から違和感があるものだった。確かにホーデンハイド公爵家の方々は普段通りだったが、その中に自分が含まれていないのだ。そのことが浮き彫りになったのはルーナシャが終始何も言わなかった上に同等の家格の令嬢がいるにも関わらず挨拶もせずに去っていったことであった。特にルーナシャは酷かった。顔こそは微笑んでいたがリュシカのことなど終始見ていない。そもそも存在していないかのような扱いである。
そして、その扱いをユエルミーニエは咎めもせずに容認したのである。その事から理解したのは明確な非難、悪意、そして、敵意が彼女達の”総意”であることに他ならない。その強すぎる負の感情に冷え冷えとした心でどうにかエルフレッドを遠ざけたリュシカにユエルミーニエが言った。
「ごめんなさいねぇ。リュシカちゃん。でもルーナシャも薄いとはいえ虎猫族ですから義や情を大切にしない人にはあんな対応になってしまうのですの」
謝罪の言葉を口にしながらも浮かぶ感情は侮蔑や嫌悪である。そこに謝罪の気持ちなどは一切ない。
「ふふふ、安心なさいな。別にヤルギス公爵家をどうこうしてやろうなんて気持ちはこれっぽちもありませんから。メイリア様にはお世話になっていますしねぇ。お嬢様の件は......少し残念ですけど」
本人を前にしてそこまで言うのであれば、もう前の関係は望めないだろう。リュシカは自身の展望が余りに稚拙であったことを理解した。改めて謝罪したいという気持ちは前々からもっていた。知らなかったとはいえフェルミナの心を踏みにじったのは解りきったことだった。しかし、機会を計りかねていた。精神的に弱っている彼女に謝罪に行くことを気まずく感じてーー。いや、そうじゃない。何処かで甘えていたのかもしれない。逆の立場だったら結局許してしまうのだから相手もそうだろうとーー。
「私の思慮が足りなかったばかりに傷つけてしまってーー「ああ、今更謝らなくても大丈夫ですよ?ヤルギス公爵家御令嬢様」
フェルミナのその言葉にリュシカが息を飲み込んだ。花のような笑みであるにも関わらず明確な拒絶が露わになっていた。
「行動が伴っていない謝罪ってなにか意味があるのでしょうか?謝りに来る前からあんなにエルお兄様とベタベタして......不思議ですわ?」
コテンと首を傾げた彼女は本当に不思議な”物”を見るような表情でリュシカを見ている。
「貴女のような寛大な心があれば私も良かったのでしょうけれど私繊細ですから......」
その”寛大”はどの侮蔑で、その”繊細”はどの非難なのかーー言うまでもなかった。
「......はぁ。お母様もう行きましょう?そろそろサンダース様の出番ですわ!」
ユエルミーニエの腕を引っ張りながらフェルミナが告げると「あら、もうそんな時間ですの?そろそろ行かないとねぇ」と彼女は優しく微笑んだ。
「それではヤルギス公爵御令嬢様。機会がありましたらまたお会いしましょう」
そんな機会、未来永劫訪れないと言外に匂わせながら彼女達は去っていくーー。
「あっ、そうそうーー」
振り返った彼女の表情は本気で軽蔑していて本気で苛立っている表情であった。
「エルお兄様に会うのなら、その”辛気臭い表情”をどうにかしてからにして下さいね?私達が何か悪いことをしたように思われたら本当に心外ですから」
溢れる涙を手で隠しながら「ごめんなさい」とだけ返事を返したリュシカにフェルミナは溜息を吐いて「行きましょう、お母様。本当に気分が悪くなります」と去っていく。そして、もう振り返ることはなかった。
人々の視線が集まるのを感じてリュシカは走り出した。校舎裏の樹木に隠れたベンチの辺りを目指してーー。
「私は......本当に愚かだ......」
そう呟いた言葉は誰かに聞かれる訳でもなく、こぼれ落ちる涙と共に地面へと落ちていくのだった。




