表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第三章 砂獄の巨龍 編(上)
81/457

29

 さて、エルフレッドは様々な心情も慮って決めたことであったが大剣有に対して非難轟々の嵐を浴びせてくる双子姫である。


「エルフレッドの嘘つきぃ‼︎それ‼︎やったからには皆とだからねぇ‼︎じゃないと袋にするからぁ‼︎」


「本当ミャア‼︎ご褒美タダであげるのはなしニャア‼︎帰り道は精々後ろに気をつけるミャ‼︎」


 ......本当に半神や姫なのか?と言いたくなる輩ぶりにエルフレッドの額を汗が伝ったが、とりあえず無視してイムジャンヌと対峙する。


「.......僕は別にそんな危ないのは遠慮しとこうかなぁ......」


「まっ、お情けなら仕方なかろう?私は既に経験済みだからなぁ」


 どこか鼻高々なリュシカと青ざめたアルベルトの心情は解りやすい。エルフレッドは溜息を一つ漏らして深く呼吸をすると一息に大剣を抜き放った。その瞬間、ピリリとした空気が空間を支配して経験のあるリュシカ以外の皆が閉口した。


「いつでも良いぞ?」


 エルフレッドは口元を釣り上げて笑うが対峙するイムジャンヌの全身はずぶ濡れと言っても過言ではない程の冷や汗に支配されていた。剣聖と言われた祖父と対峙しても此処までのものは感じなかった。出来る限り本気を選んでいたならば一瞬で終わっていたーー。その言葉が何の誇張でもないことを思い知らされる。


「......別に絶望させたいわけではない。それに回復しているから普段よりも動けるはずだ。打ってくると良い」


 少し空気を弛緩させての言葉にイムジャンヌは胸を熱くして飛びかかる。綺麗な上段の飛び真向ーー。それを掬い上げるように滑らかな軌道のかち上げが迫りくる。背丈ほどの大剣がイムジャンヌの剣を弾き飛ばすと誰もが思っただろう。



 シャララーー。


 その剣の横っ面を大剣の剣身が()()。鉄と鉄を擦って鳴らすような音が響いて半身分体を下げるその動きは”流し”。軌道をずらされた刀身に縦長のメビウスの輪を描いた大剣が再度走る。


「ーー実戦的ではないが実に見事だ」


 リュシカが呟いた。更にずれた半身で大剣が”流す”。もし、ここで試合を終わらせる気であったならば流した後に袈裟で首を狙うなどすれば良かったのだ。自身の剛腕で無理矢理体勢を整えたイムジャンヌの顔の側面に外から内へと薙ぐような大剣が襲い掛かった。それをウィービングで避けた次の瞬間には逆方向からの回転斬りである。それを再度ウィービングで避けたイムジャンヌは背後から感じた悪寒に前に転がった。


「......大剣ってそんなに小回りきくの?」


 構え直して呆れた表情で訊ねてくるイムジャンヌにエルフレッドは口角を上げたーー。


「極力内を通すことを意識して流れに逆らわなければな。後は脚の使い方と重心移動だ」


 最後の回転斬りなどは避けられることを前提に動いていたので踏み込みが深く、体の入れ替えと回転運動の終点として使っている。結果、背後を取って一撃を狙える立ち位置につけたのだ。


「......なんかリュシカ様の剣技がどこから生まれたか解ってきた」


「そうか。まあ多分正解だろうな。続きはやるか?」


 師が同じだが全く違うと評したリュシカの剣技はやはり元からああだったわけでは無いようだ。基礎の部分は大事にしながらグランラシア聖国で見せた自身の大剣の基礎を組み合わせて作り出したのだろう。初めに手合わせした時に感じた”こう解釈したか”という感想はまるで間違ってなかったようだ。


 エルフレッドが大剣を構え直して問い掛けると彼女は少女のように目を輝かせて頷いた。


「......言うまでもなく‼︎」


 ギリリと弓の如く引き絞られた彼女の体躯が放たれた矢の如く襲い来る。


「......はあああ‼︎」


 一気に間合いを詰めて無駄のない連撃に移行した。大きな大剣に対応したショートレンジの打ち合いは自身の最も得意とするところで相手が最も嫌な位置であるとーー。


「......大剣って盾にもなるんだっけ?」


 十合ほど剣を合わせて彼女は笑った。細かな斬り合いに織り交ぜた突きをエルフレッドが立てた大剣で受け払ったことを言っているのだろう。


「そうだな。これも正しい使い方ではある。そして、これで終わりだ」


 払った大剣の刀身を上空に立てるようにして回転ーー。右足を軸に体位を入れ替えて袈裟の形で体勢の崩れた彼女の首裏に大剣を突きつける。誰かが感嘆の意を表すかのように口笛を吹いた。


「......威圧感が凄すぎ......体捌きが異常......疲れた......」


 酷い汗のまま座り込んだイムジャンヌは荒い息を吐いた。「次は?ねぇ、次は私ぃ?」と興奮冷めやらぬ様子で詰め寄って来るルーミャに「もう時間です」と冷静に告げてエルフレッドはイムジャンヌに手を差し出した。


「急に回復したものだから今まで麻痺していた疲れや溜まりに溜まった乳酸が放出されでもしたのだろう。とりあえず、回復魔法と浄化魔法は掛けておくから掃除するぞ?」


 エルフレッドが笑いながら伸ばすと彼女も笑って、その手を取った。


「......相手にならなかったけど楽しかった......それにお母さんの言ってた守りの剣......少しわかった気がする......」


 最強の剣聖として名高いイヴァンヌ=テオドアは豪胆なエピソードばかり有名だが、その剣は非常に守りに特化したものだったと言われている。それは五人の子供を守るためだったとも男女の差をカバーする為とも言われているが伝説が錯綜し定かではない。しかし、攻防一体のエルフレッドの剣技にそれを見たというならば、それは単純に合理性の追求の果てだったように思う。


 相手の攻めをいなすと同時に相手を破壊する。それが戦闘技術の目指す一種の最終系であるとエルフレッドは考えているからだ。掃除道具入れからモップを取り出して床を拭き始めたエルフレッドへアルベルトが笑いかけた。


「よかったら少し話でもしない?ちょっと魔法関連で話に乗って欲しくてさ......」


「もちろんだ。食堂内のカフェでも利用するか?」


 エルフレッドの数少ない同性の友達ということもあって何かと二人で話すことが増えてきた。しかし、今日に限ってはその限りではないだろう。秋休みが終わって一週間と少しーー。闘技大会のイベントの日は直ぐ目前まで迫っていた。













○●○●













 そして、遂に闘技大会の日である。学園内全てのクラスが一同に会して生徒会長であるレーベン王太子殿下の宣誓に胸を高鳴らせる。約一名を除いてはだが......。


 その唯一の一人エルフレッドは退屈さを秘めた心を隠しながら令息然とした立ち姿で話を聞いているが内心はどこの出店を見に行こうかとそれだけを考えていた。一応自身が訓練に付き合った友人たちの勇姿は見るつもりだが、セコンドは担任のアマリエ先生だ。自らが顧問を務めている魔法戦闘部の練習の傍ら何度か様子を見に来ていたし、細かな引き継ぎは完了しているので重要な試合が始まらないでもない限り文字通りやることがないのである。


「エルフレッド‼︎」


 開会式典が終わってリュシカが現れる。一年Sクラスの試合はまだ先であり押さえておきたい先輩方の試合が始まるまでも時間がある。そのために共に出店を回ろうということであった。エルフレッドはそれを了承ーー共に歩き始めた。皆がイベントの熱気に包まれる中でエルフレッドの気持ちは非常に呑気なものだった。自分が出場しない旨を伝えたら両親は揃って『じゃあ行かない』とのことだったので妙なイベントが発生することもないだろう。クラスメイトの有志が作っている焼き鳥を三本ほど齧って歩いているとリュシカが少し聞き辛そうに声を掛けてきた。


「こんな楽しいイベントの時にすまんが、最近フェルミナの様子はどうだ?」


「フェルミナ様?ああ、そうかーー」


 考えてみれば回復祝いの日ーー彼女は何かを察して辛そうな表情を浮かべていた。特にそれを気にしている様子はなかったので解決済みかと思っていたが気まずさを感じて話すら出来ていない状態のようだ。しかし、そうなると困ったことになった。今はまだ周りに話が伝わってないのかも知れないが既にエルフレッドは家庭教師の任を()()()()()


 最後に会った彼女は全くもっていつも通りだったが直近の情報はリュシカが持っているものとさして変わらないハズだ。


「まあ、最後に会ったときはいつも通りだったが、実はなーー」




「あ、お久しぶりです‼︎エルお兄様‼︎」


 それはエルフレッドが丁度話始めたタイミングだった。そこにはたった今話の種となっていたフェルミナと姉のルーナシャ、そしてユエルミーニエがとても元気そうな姿で微笑んでいたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ