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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第三章 砂獄の巨龍 編(上)
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 体がグネグネと動く。そして全ての攻撃を受け入れて流している。普段の猫背は何処へいったのやらアーニャは()()()の攻撃を多用しながらエルフレッドにダメージを与えようとしてくる。


「ニャッハー!本来ならシステマの攻撃を避けられるなんてことはないんだけどニャア‼︎トンデモナイ奴ミャ‼︎」


 (なるほど......噂とは違い精神力が高いなと感じていたのはどうやら克服するため”の”格闘技をしていたらしいな......)


 以前、模擬戦闘をしたルーミャはカポエイラを中心としたトリッキーな蹴り技を得意としていた。それはそれでやりにくかったのだがアーニャの高い思考力と合わさったシステマはそれ以上の厄介さだ。元々相手を受け入れることを前提にした格闘技との戦闘経験が乏しいというのもあるが軟体生物を相手にしているような手応えの無さは異様だ。


 因みに横では先日トリッキーな蹴り技を駆使しても尚エルフレッドに攻撃を与えられずアドバイスを御口授されたルーミャは練習兼ストレス発散のためかリミッターを外したイムジャンヌと現在進行形で人類を超越した戦いを繰り広げている。結界を壊さなければ良いのだが......。


 そして、精神に問題を抱えていたリュシカは内情は解らないが表面上は回復しており、多数の属性魔法を得意とするアルベルトと魔法の練習をしながら実力強化に努めていた。この短期間でごく僅かな距離であれば転移魔法をできるようになっているのはハッキリ言って異常な才能である。


 さて、思考外から突如表れた拳を障壁で防ぎながらこれまでの模擬戦闘を振り返る。本日で全員と戦ったことになるが対人戦闘に関してはアーニャのパフォーマンスは意外にもリュシカに匹敵する強さであると感じていた。辛く見積もっても冒険者ランクC以上ーー、既に上位ランクに足を掛けている。


「危ないニャア!ったく、本来なら全くピンチになり得ない格闘技なのにミャ‼︎エルフレッド殿は何を見て攻撃をしているミャア?」


 少し冷や汗をかいて理力の障壁でこちらの攻撃を防ぎながらゆらりとしたーー、しかし、こちらの呼吸と一体化した嫌な攻撃を繰り出してくるアーニャの攻撃を躱ながらエルフレッドは言った。


「重心移動や癖ですね。まあ、学生レベルでこれが出来る人間がいるとは思えないのですが......」


 それを聞いたアーニャは一旦距離を置くと一時中断と言わんばかりに掌を見せて首を傾げた。


「じゃあ、この模擬戦闘に何の意味があるのミャ?」


 学生レベルの大会に学生レベルで必要の無いことをする意味を図りかねているようだ。エルフレッドも一旦手を止めて顎下に手をやると思考してーー。


「実力把握ですね。ただ、アーニャ殿下は次からやる必要はないかもしれません」


 それを聞いたアーニャはくつくつと肩を震わせて笑った。その縦長の瞳がキュッと締まり好戦的な色を映し出した。


「君はつれないことをいうミャア!ならば妾のストレス発散に付き合ってもらうミャ♪」


 ブワリと理力が吹き出して獣人特有の”式”が灼熱の様相を醸し出す。脱力し切った状態だが、その目に映る全てを破壊せんとする風格(オーラ)はまさに九尾の狐たり得るものだ。確かに人より恐怖が少なく全身の力を抜くのがたやすいのは選んだ武術の性質にあっているのだろう。しかし、元来の平和的に相手を制圧する形はどうも獣人の性に合っていない気がする。現に躊躇なく放ってくる目潰しや金的などは平和のへの字も無い凄惨たる破壊のそれだ。ミシリ......と音を立てる障壁に眉を顰めながらエルフレッドはテンションが掛かっていないアーニャの体をどう制圧するかに重きを置き始めていた。


「さて、魔法ありの場合は弱点というほどのものではないですが......」


 エルフレッドは突然アドバイスを告げる前口上を述べると指で小さく印を結ぶ。その瞬間、破壊の槌を繰り出し続けていたアーニャが転倒した。腰を打ったのか少し痛そうに涙を滲ませながら立ち上がろうとしてーー。


 その眼前に現れた拳に模擬戦闘終了を悟ったのである。


「テンションは掛かっていませんが接地してる部分は魔法使い相手には弱点となりえます。意外と踏み込む力は強いので、そこは普段から意識を持っていくようにしましょう。そして、システマなら別にこの状態でも致命傷とは言えないのですが試合はこの形で終わりなのでそこは注意してください。......後、金的とか目潰しとかの禁じ手はどの程度許されているのかわからないのでルールの確認をお願い致します」


「首掻いてやろうと思ってたのにやられたミャア。まっ!金的とか目潰しはエルフレッド殿専用だからOKミャア♪」


「普通の人間には使えないよねぇ‼︎」と剣と拳で鍔迫り合いをしながら笑うルーミャに溜息を漏らす。


 全然OKではないがーーさておき、この戦闘力を考えると中々良いところまで戦えそうな気がしてきた。特に個人練習では教えることもなさそうなので意識配分などのアドバイスだけを出して学園の結界が軋むほどに荒ぶっている二人を止めにかかる。


「はいはい二人とも‼︎人外対戦はそこまでにして下さい‼︎結界が壊れそうな上にこのままでは怪我では済みそうにないので‼︎」


 エルフレッドが総合格闘技の審判がブレイクをかけるように止めに入ると目の色が素面になった二人が渋々といった様相でお互いの得物を引いた。


「えぇ〜、せっかく乗って来たところだったのにぃ〜」


 ブーブーと告げるルーミャとは裏腹にヌボーと気の抜けた表情を浮かべたイムジャンヌは彼女なりの悔しそうな態度でーー。


「......それでも勝てないエルフレッド......悔しい......それに私人間......」


 ルーミャは「だいたい自分が一番人外じゃん‼︎」と不満げな表情を一変大爆笑し始めた。それを尻目に眺めながらエルフレッドは苦笑ーー、再度、今までの総括を思考する。


 イムジャンヌは剣士としての実力は一級品であるが魔法がからっきしであった。例えば剣士としての隙を消す障壁の使い方などを考えてもらえば実力は格段に上昇するだろう。まあ、見た目詐欺のバーサーカーなので学生レベルなどは大抵その剛剣で叩き切ってしまいそうだが、その基礎を突き詰めた剛剣を更に強くすると考えるならばーーである。


 この中で唯一魔法特化であるアルベルトに関しては近接戦闘に持ち込まれると途端に素人になっていた。その為、魔法を使いながら戦える棒術の戦闘技術を磨いてきた。更には近距離転移の習得で間合いの維持や不意打ちなどの戦い方を伝授しているため、そこを突き詰めれば近接で即座に敗退ということはないだろう。パーティでは後衛を担う立場であったとしても覚えて損はないのである。最近ではイムジャンヌに一方的に叩きのめされるようなことはないので成長は見えている。


 ルーミャはカポエイラ主体にパルクールを加えたような奇をてらった動きが特徴的で総合能力は上位なのだが戦闘における精神面が少し傲慢であることが惜しい。話を聞いていると一族自体が半神として王どころか神として扱われているところからそうなってしまっているようだが、自身が必ずしも上位ではないという意識を持ってもらえれば更に強くなるはずだ。......一回叩きのめしてみるのもアリかもしれない。


 リュシカは関しては復調後については特に言うことがない。強いて言うならば戦闘経験不足くらいか。イムジャンヌと師が一緒とは思えない剣術だが回転運動を主体とした剣技はエルフレッドから大剣を抜かせる程の実力がある上に魔法の使い方が上手い。教えてもないのに近距離転移なども覚えて奇策も打ってくる。教える程に伸びるので何れはエルフレッドとも良い勝負をするようになるかもしれない。


(才能か......)


 国王陛下はエルフレッドの才を惜しむといった。しかし、本当に才能がある者というのは今ここに居るエルフレッド以外の人間を指す言葉だ。体に傷の一つも負わず死を経験することもなく感覚で全てを理解してオリジナルを超えていく。無論、エルフレッドはショートスリーパーという天賦の才を持っているが親に止められる程に死にかけて頭で理解して戦闘に関しての点と点を繋ぎ合わせてーー、漸く昇華させていったものが才能で出来たものではないことくらい既に理解しているのである。


 そして、エルフレッドは経験上から死線を潜り得られるものは進化ではなく適応や慣れだと感じている。死の恐怖に適応し慣れることを進化と呼ぶならそうかも知れないが、それによって飛躍的に能力が上がるなどということは今までなかった。単純に死が眼前に来るまでの間に人より動けるようになり動じなくなった。否、死の瞬間まで噛みつけるようになったことで死が遠いたのである。それはやはり死が近くにある才無き者故のものだろうと思うのだ。


(少し羨ましくはあるな......)


 それを口に出すことはしないが感傷はあった。そして、才能の分だけ出来る時間的余裕を羨ましいと思う。


 例えば一万時間何かをしたら皆プロ並みの実力になるという考えがある。一日八時間練習して約三年半の時間だ。自身はそこに才能は掛け算だと言った人間の言葉を足したものが即ち答えだと考える。一万時間掛けなくては到達できない人間と一時間×才能=和の時間で到達する人。同じ一時間であるハズがないのだ。


 その分の余裕があれば出来ることは格段に増えるのだろう。


(幸いそれが苦ではない人間ではあるが......)


 しかし、羨ましくあるがとはいえーーである。こちらはその一時間を積み重ねることが苦ではない。肉体が疲れれば頭に叩き込み、頭が疲れれば体に叩き込む。そうやって生きてきたことに後悔は無かった。


「......どうした?」


 思考が外れて感傷気味だったエルフレッドがちょいちょいと袖を引かれて振り返ればこの中では一番自身に才能が近いであろうイムジャンヌが立っていた。


「......一回だけで良いから大剣と戦ってみたい......」


 詳しく話を聞いて要約すると危ない時だけというルールでは大剣を抜かせることが出来ない。それは悔しいがそれ以上に巨龍を倒す大剣技を見れないのが非常に惜しい、ということである。


「なるべく長く打ち合うか瞬殺でも出せるだけ本気で戦うか、どうする?」


 そこまで言われればエルフレッドも熱い思いに答えたいと思った。鍛錬のし過ぎで授業やHR以外寝ているぐらいに剣が好きな彼女だ。もしくは行き詰まっているのかもしれない。無論、彼がやり過ぎれば速攻でアマリエ先生が飛んでくるだろうが闘技大会の指導に関しては模擬戦も許されている。


「......悩む......でも沢山みたいかも......」


 彼女はそう言うといつの間にか着けていた重りを「......リミッター解除......」してボトボト落とし始める。


「......いつも思うのだがそれは普段から着けているのか?」


 エルフレッドが問い掛けると彼女は不思議なものを見るような表情で少し首を傾げてーー。


「......お風呂と寝る時以外は着けてる......」


 それは疲労過多も良いところだ。寧ろ、それであそこまで動けるならば才能の塊と言わざるを得ない。


「ふむ。少し休息をとったほうが良いかもしれないな」


 少し考えて中級風魔法癒しの風で筋肉疲労などを回復させると彼女は目を輝かせて言った。


「......凄い漲ってくる」


「無論量は大事だが回復をせねば怪我などの元になるぞ?回復魔法も覚えた方がいいがあくまでも応急処置だ。食事なども忘れてそうだし今度色々持ってくるようにしよう」


 技術面と違って筋力は栄養不足で鍛え過ぎても身にならず無駄になってしまうだけなのだ。


「......わかった」


 どことなく普段よりシャキッとし始めた彼女にそこまでダメージを負っていたのかと思わず笑ってしてしまうエルフレッドだった。

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