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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第一章 灼熱の巨龍 編
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6

「まあ、なんだ。()()()()含めて楽しませてもらった。部屋も近いことだ。何かあれば呼ぶが良い」


「その件はすまん。何かあれば声を掛ける」


 同じ特待生なのだろう。憮然とした表情を浮かべながら隣の部屋へと入っていく彼女をエルフレッドは苦笑と共に見送った。




 入寮手続きの際の一幕である。下位貴族の令嬢である寮母に対して淑女然としたリュシカがバトルドレスの両裾を掴んでカーテシーを行いーー。


「学園に入れば爵位など関係御座いません!一介の学生としての御対応お願い致しますわ‼」


 と、キラキラと輝く瞳で柔和な笑顔を浮かべた彼女がワントーン上がった声で素晴らしい対応をしたのを見て彼は呆けてしまった挙げ句ーー。


「御令嬢のような対応も出来るのだな」


 などといった愚直な言葉をぶつけてしまいリュシカの機嫌を損ねてしまったわけだ。その際に寮母より呆れた表情で溜息を吐かれた上でーー。


「その爵位とか気にしない発言は良くも悪くもレイナ様そっくりね」


 そう笑われて湧き上がる羞恥心に頭を掻く他なかった。何より、そんな風に言われている母親が大丈夫なのかと心配になったものだ。




 とりあえず、部屋へと入ったエルフレッドは内装等を確認しながら散策を開始する。


 間取りは2LDK。寝室とは別に勉強部屋が準備されているのはアードヤード王立学園らしいといえる。寝具、家具、勉強道具等は一式用意されていて特に追加する必要は無い。キッチンはカウンター式でリビングに繋がっており小規模のホームパーティを開催出来るようにセッティングされているのが見て取れる。


(学や武術だけでなく、一流の舞踏やマナーにも力を入れているからだろうな)


 世界に数多の学園がありながらアードヤード王立学園が世界最上位として君臨する理由の一つとして実社会で重視されるマナーや立ち振る舞い、そして、思考力に関する教育を徹底しているところが挙げられる。


 学力、武術の必要性は人によって左右されるがマナーや立ち振る舞い、そして思考力に関しては普遍性なく必要とされる。学園側はそういった理念を社会の本質として捉えているのである。


「ホームパーティのホストくらいは出来るようになりましょうってことだろうか?」


 選択科目の中には料理や栄養学の授業もあるが非常に安価で美味しいとされる学食が多数点在している学園で自炊をする人間がどれ程居るのだろうかーー半分は貴族の子女だ。少ないのは言うまでもない。


(俺には有り難い話だな)


 今は貴族とはいえ元は平民だ。一度討伐に出れば野宿に自炊は当たり前のこと。鍛錬のために食事まで気を使っているエルフレッドからすれば初めから一通りの道具が揃っているのは有り難い話だ。


 生活系の魔法が掛かっているのだろうーー、年季は入っているが寸分の汚れもない質の良い包丁を眺めながら彼はそんなことを考えていた。


「空間開放。さて、夕食は何にしようか......」


 初級無属性魔法[空間開放]はその名の通り自身の魔力に適応した空間を魔法陣を使用することで開放する魔法だ。習得に使用する魔法陣が比較的容易で使用する際に必要な魔力も微量な為、一般的に広く使われている魔法である。


 開放された空間の中を眺めながらエルフレッドは顎に手をやる。栄養価が高く、高タンパクでバランスの良い食事は何が良いだろうか?と思案する。まあ、栄養については夜食で補っても良いかなどとも考える。


 彼の食事は一日五食が基本でありメインはタンパク質とその吸収を助けるビタミンBやミネラル、そして、軽度の糖質である。無論、健康維持に必要な栄養素は全て取るようにしてるがストレスにならない程度で取っている。


 早朝、朝、昼、夕、夜のどれかで取れれば良いという考えだ。


 とりあえず、高タンパクで食べごたえのあるドラゴン肉を見つけた彼はソテーにしながら付け合せにジャガイモと人参を切って野菜たっぷりのコンソメスープと緑野菜とナッツのサラダを作りながら思考を巡らせた。


(今日は軽く魔法の鍛錬をして夜食を食べるぐらいだな。問題は明日以降か......)


 実は彼には少し迷っていることがあった。それは学園生活が始まるまでに倒したいと考えていた灼熱の巨龍〔ガルブレイオス〕の存在である。何が彼を迷わせているかといえば入学式までの日数が中途半端なことだ。


 元々絶対に入学式前までに倒そうと考えていた訳ではないが時間に余裕があればこの時期と考えていたのは間違いない。更に言えば学園寮に早く着くには着いたのでギリギリで間に合うといえば間に合う日数ではあるのだ。


 逆に言えばガルブレイオスが想定外の強さを持っていたり予想外のハプニングが起こると入学式には間に合わないということになる。


(入学式に間に合わないとなると流石に特待生としては良くないか?)


 特待生の条件に極端な出席の有無はなかったはずだが印象は良くないだろう。特待生用の入学要項を思い返すとーー。


 "入学金・学費・寮費の免除"


 "一部仕度金・生活費の贈呈"


 "家業・功績による遅刻・早退・欠席の公欠申請の後日申請を許可"


 という異常なまでの特権の後に剥奪条項としてーー。



 "当学園の指定する能力・学力・出席日数を下回った場合"


 "当学園の校則違反・停学・退学となった場合"


 "上記外、当学園の特待生として相応しくないと判断された場合"


 とあったはずだ。


 考えるにガルブレイオスを倒せた場合、特権条項、第三項の適応が可能だろう。元来、事前申請であれば通常学生でも認められることを思えば通すのは容易い。


 しかし、倒せなかった場合を考えると問題が山積する。


 そもそも後日申請が何故"特権"なのかを考えれば解りやすいだろう。例えば、通常学生が「灼熱の巨龍、ガルブレイオスを倒しに行くので公欠申請をお願いします」と申請したところでまず通らない。


 理由は簡単で倒せるかも解らない討伐では功績が発生するかも解らないからである。そんな申請を許していたら嘘をついて公欠申請をする者が現れてしまう。


 しかし、特待生の場合は家業や功績という条件さえクリアすれば、それが可能になってしまうのだ。


 今回の場合が正にそれでガルブレイオスを倒せれば先程言った通り後日申請で公欠に出来る。しかし、倒せなければ単なる欠席だ。そうなった時、剥奪条項、第三項の上記外、当学園の特待生として〜に当てはめられる恐れがある。


 そして、不安点はそれだけではない。


 仮に今の点が全くの杞憂だったとしてガルブレイオスが火属性に分類される属性を持っている点が挙げられる。こちらはより単純でエルフレッドは風属性、火属性とは相性が悪い。


 当然、怪我を負うリスクはジュライよりも遥かに大きかった。そのジュライに手痛くやられて一ヶ月近くベッドの上だったのは記憶に新しい。まあ、それはジュライが想定以上の成長を遂げており尋常じゃなく強くなっていたからでもあるが。


 では、ガルブレイオス以外の巨龍はどうなのかと言えば単純に距離が遠すぎて間に合わない。転移の魔法で帰れるとしても少なくとも一ヶ月〜二ヶ月は掛かるだろう。


(だが、ここで行かなくては次に挑戦出来るのは夏季休暇だろうな。感覚は薄れないだろうか?)


 実戦の感覚という意味では今後も時間がある度に討伐の依頼を受けようと考えているため問題ないだろうが、ジュライと戦った時に得た"死と対峙する"感覚が問題なのだ。


 例えるのは難しいが命の危機に対面した際、人は全身の血の気が引き、冷や汗が伝い、身が硬直し、後から深い動機を感じるような、そんな状態になるだろう。しかし、それが何度も続くにつれて身体と心に慣れが生じる。


 当たれば死ぬと解っていても心が恐れないようになって体も動くようになる。謂わば死が恐怖で無くなって対峙出来るようなあのーー。


「うおっ!しまった!スープが⁉︎」


 料理の途中だということを忘れる程に思考に没頭していたようだ。煮立ったスープが吹き出すのを見て慌てて火を消すエルフレッド。幸い吹き出して直ぐであった為にコンロが少し汚れる程度で済んだ。しかし、ソテーの方は火を消してから時間が経過したことで残念ながらすっかり冷めてしまっていた。


「とりあえず食べてから考えるか......」


 彼は溜め息と共に頭を掻くと汚れたコンロが拭ける物が無いか辺りを探し始めるのだった。

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