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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第三章 砂獄の巨龍 編(上)
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27

 フェルミナはユエルミーニエの部屋に通された。きっと重大な話があると考えたのだろう。遮音魔法の掛かった部屋で困惑するように座る母親へと視線を向ける。


「......急にごめんなさい。お母様」


「......いいえ、フェルミナ。それよりもどうしたの?急にそんな表情を浮かべてーー」


 辛そうな表情の母に少し申し訳なく思いながらもフェルミナは微笑んだ。


「私、昔から不思議なことがあったのです。だっておかしいじゃないですか?確かに私は表面上は公爵令嬢として完璧な対応をしてきました。でも、心の中では本当に嫌だった。気持ち悪いって思ってました。だって、あの担任は本当は幼児性愛者だったんですもの」


「......幼児性愛者?」


 初めて知った事実に聞き返すように呟いたユエルミーニエにフェルミナは大きく頷いて続ける。


「そうです。あの人は表面上良い教師をしていましたがいつも成長していく私の胸ばかり見て興奮していました。そんな人を好きになれるハズがないじゃないですか?でも周りは言うです。彼は素晴らしい先生だ、教育荒廃を止めるのは彼だって」


「......」


「だから、私はいつも表面上はしっかり対応しつつも嫌悪していました。そうしたら離れていくだろうと思ってました。でも、どんどんエスカレートしていって俺の物にならないならって虐めまで主導してーー。私はいつも思ってました。何でこんな酷いことをするんだろう。私は本気で嫌がってる。それを”解ってて”何故こんな酷いことが出来るの?そう考えたら人が余りにも恐ろしいものに思えて心が耐えきれなくなりました」


「フェルミナ......貴女......まさかーー」


 クルリとフェルミナは背を向けた。その声色は恋を楽しむ少女のように朗々としていた。


「私好きな言葉があるんです。"月が綺麗ですね"。あれってきっとお父様みたいな人だなぁって思ったんです。不器用だけど心からお母様を愛している。それを恥ずかしくて言えなくて愛していると心で”伝えながら”月が綺麗ですね、なんて。その心が”解る”私やお母様はそれはもう嬉しくて舞い上がって"死んでも良いわ"なんて言っちゃうんだろうなって、そういう風に思っていたんです。......でも、違ったんですね」


 フェルミナはユエルミーニエへと振り返った。それは見ていられないほどの泣き笑い。震える程の悲しさである。


「普通の人には”人の心”なんてわからないんですね?お母様......」


 ホーデンハイド公爵家が司法で活躍する例で挙げられるのは、その裁判の絶対性である。どんなに嘘をついても隠していてもホーデンハイド公爵家の者は欺けず隠せない。そんな人ばかりを輩出するのだから司法での地位は鰻上りに上がっていった。


 しかし、それと同じくらいホーデンハイド公爵家の者は精神を壊しやすく病みやすいために周りの者は不思議に思うことも多かった。


 その理由は至極簡単なことだ。ホーデンハイド公爵家に生まれる人間の多くは”人の心”が解るからだ。それは言葉が解るというものではないが相手がどういう感情を抱いているか”顔を見れば百%”解るというものである。


「お母様はこんな辛い世界を歩んできたのですね。家族が自分をどう思ってるか”解る”。周りが自分をどう思ってるか”解る”。大切な人達が自分をどう思っているのかが”解る”」


「......やめて、フェルミナ」


「お祖母様もそうだった。愛する人の気持ちが離れていくのが”解る”。浮気されてるのが”解る”。遊ばれてるのが”解る”。飽きられてるのが”解る”。解る、解る、解るーー」


「もうやめて‼︎フェルミナ‼︎」


 耳を抑えてユエルミーニエが叫んだ。首を横に振って聞きたくないと震える彼女にフェルミナは優しい声を掛けた。


「でも、もう一人じゃありません。だって私も”解りますから”。それにお母様は幸せじゃないですか?何歳になってもお父様はお母様を愛している。でも、私はーー」













「選ばれませんでした」













「ま、待って!フェルミナ、それは違う!違うわ!確かにエルフレッド君は貴女のことを妹のように考えてる!でも、それは愛に変わる可能性があるものだわ!」


「お母様......そうじゃないの......」


「もしかしてリュシカちゃん......?それこそ違うわ!あの娘は、あんな”嘘吐きな娘”はエルフレッド君には相応しくない!貴女の方がよっぽど相応しい‼︎だったらもうよくてよ‼︎もう私も妥協はしないですの!三大公爵家など関係ないですの‼貴女のためなら捻り潰してーー「お母様」













「私、疲れちゃった。ごめんね」













「フェル......ミナ......」


 フェルミナは座り込んで耳と尻尾を垂れた。死んだ生物のように脱力して動かない尻尾が彼女の気持ちを表していた。


「私、やっぱり弱い娘でした。もうお母様のように気高くはいれないのです。エルフレッド様の気持ちが変わるかもしれないなんて思って待っていたりしたら、また病んで壊れちゃいます。限界が直ぐにきちゃうんです。お母様、私もね、正直な話をすればリュシカお姉様に劣ってるなんて思っていないよ?でも、その結果が出るまでの半年?一年?耐えられないんです。お母様の娘なのになんでかなぁ......」


 ユエルミーニエはともすれば消えていなくなってしまいそうなフェルミナを抱きしめた。確かに此処にいるのに存在が希薄に感じて不安になる。鼓動はしているのに動かない娘が悲しい。


「......なんででしょうね?......神様は人の身で人を裁く......私達が......憎いのでしょうかね?」


 涙をこぼしながらユエルミーニエが告げるとフェルミナは力無く微笑んでーー。


「もしかしたら、わかって欲しいのかもしれないね。神様だってーー」


 全人類の心を見ながら裁かなくてはならないのが辛いってことをーー。













 それは秋休みが終わって初めての家庭教師の仕事を終えた時のことだった。恒例となった夕食会で少し窶れているユエルミーニエにエルフレッドは告げられた。


「エルフレッド君ごめんなさい。実はフェルミナに夢が出来たんですけど。その関係でマナーの授業を入れることになったのですの。だから家庭教師をお願いするのを今日までにしようと考えていましてよ?」


 エルフレッドは突然の申し出に驚いたが夢のためと聞いて納得したように頷いた。本をプレゼントした時のことを思い出したのだ。


「それは残念ですが......夢が出来たのならば素晴らしいことです。因みにどんな夢か聞いてもよろしいですか?」


 そう訊ねるとユエルミーニエは儚げな様子で微笑んだ。


「実は”コノハ様の後継者”になりたいと言っているんですの。それをコノハ様に伝えたら学園へ進学よりも移住することを勧められまして......」


「それは凄い夢ですね......私に出来ることはなさそうですが何かあれば微力ながら尽力させて頂きます」


「ありがとう。エルフレッド君......」


 疲れたように笑う彼女をエルフレッドは心配したが、それを口にすることはなかった。


 急遽の別れとなったが元々降って湧いたような縁である。ただそれに深く関わって傷跡を残すような状態になっただけだ。エルフレッドは少し物悲しくなったが縋り付くようなことはなかった。フェルミナともいつもの笑顔で別れて「頑張ってください」と微笑んでエルフレッドは自室へと転移した。


「エルフレッド君......貴方には私にとってのコウヨウのようにあって欲しかった......」


 その言葉は誰に聞かれることもなくーーただただ冷たい秋の風に流されて消えていくのだった。

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