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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第三章 砂獄の巨龍 編(上)
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25

 その日は記念すべき日である。兼ねてより友好関係のある大貴族達が一同に集まりフェルミナの回復を祝っていた。その中には獣人族を代表したシラユキ女王陛下や両殿下の姿まであった。孫の晴れ舞台を見たかったであろうコノハに関してはどうしても外せない用事があって相手に怨嗟の言葉を吐きながらそちらに向かったという。


 その代わりがより上の存在である一国を束ねる女王なのだから中々対応に困る。


「今日はあくまでも叔母という立場故にフェルミナが主役ということを忘れずに過ごせ」


 畏れ多くもそんな言葉を頂いて周りの人々も本懐を取り戻したが件のフェルミナがエルフレッドの裾を掴みながら可愛そうなほどにガチガチだったのを見て周りも心底同情したものである。


「さてフェルミナ。回復の祝いが遅くなって済まなんだ。コノハも過保護故に畏まってしまうと中々妾を会わせようとはせん。全く.......可愛い姪の祝いくらい妾にも権利があろうというものじゃ。どれ頭を撫でてやろう。近う寄れ」


 両側に娘を携えてシラユキは優しげな表情で微笑んだ。フェルミナは手足が一緒に出るくらい緊張していたが優しい手つきで頭を撫でられると漸くその顔を綻ばせた。


「シラユキ様。本日は忙しい中、私の回復祝いにお越し下さり真にありがとうございます」


「ハハハ、固いことを申すな?そなたはとても見事な猫又よ。妾もそちはとても愛いと感じておる。おお、これは腕の中の治りが良いことよのぅ!」


「し、シラユキ様⁉︎」


 抱きしめられて驚いているフェルミナに周りの視線が驚愕する。獣人族は情は深いが元は獣の因子を持つ故に親族でも中々懐に入れないと言われている。おそらくシラユキに抱きしめられた家族以外の他種族は彼女が初めてだろう。


「シラユキ様、我が娘に深い愛情を示して頂きありがとうございます」


 感動に打ち震えるユエルミーニエに対してシラユキは頬を緩めてフェルミナを撫でながらーー。


「ユエルミーニエ。妾は褒めてつかわす。そちの娘は特別な魅力を持つ故に苦しい時も多かったじゃろう。猫又とは大器晩成の者が多いと聞く。これからはそなた達に多大なる幸が振りかからんことを願っておる」


「シラユキ様......」


 言葉にならないと目元を抑えるユエルミーニエに慈しみの視線を送っていたシラユキは、その近くに控えていたエルフレッドへと視線をくれた。


 ゾワリーー。


 全身の毛が総毛立って心が危険信号を発信する。しかし、エルフレッドは特に反応を返すことなく頭を垂れる。


「ほう?妾の眼を見ても取り乱さぬか......試すような真似をした妾を許せ。そちがエルフレッドじゃろう?」


 何が起きたのかと周りの視線が集まる中でエルフレッドは微笑んだ。


「まさかライジングサンの絶対女王であられるシラユキ=アマテラス=イングリッド女王陛下に名前を覚えてもらえているとは思いませんでした。御察しの通り私がエルフレッド=ユーネリウス=バーンシュルツでございます」


「であろうな。巨龍を倒したというからどのような物の怪が出るかと思えば存外良い面構えをしている。暴風の巨龍を退治に来るのはいつ頃か?」


 満足げな表情を浮かべる彼女に対してエルフレッドは頷いてーー。


「気候を考えて来年の夏にはと考えております」


「ふむ。風雪は厄介故に夏ということか?まあよい。若年に多忙でなければ妾が倒したじゃろうが......老いてはそれもままならん。報酬は弾む故にしかと頼んだぞ?」


「謹んでお受け致します」


「良い返事じゃ。期待しておる。......う〜む、それにしても愛らしい娘じゃ。離すが惜しくなってきたわ。うちの娘などはコガラシに似て大層大きくなってしまったからのぅ。今じゃあ妾が抱きしめられる側じゃ。まあそれも一興だがーー」


「お母様、それはそうとそろそろお時間で御座います」


 なんともいえない表情でルーミャがそう告げるとシラユキは名残惜しそうにフェルミナの頭を撫で付けてながら言った。


「さて惜しい時間とは直ぐ過ぎるものじゃのぅ。フェルミナ、もし困ったことがあればいつでも姿を見せるといい。妾はそちを歓迎しよう」


「ありがとう御座います。シラユキ様」


「良い良い。それでは皆の者、機会があれば会おうぞ」


 胸元で軽く手を振ってアマテラス一族は会場を去っていった。


「エ、エルフレッド様、私、緊張しすぎて、あ、足が......」


 袖を掴みブルブルと震えているフェルミナに「あんなことがあれば仕方ありませんよ」と苦笑しながら答える。


「ふふふ、その様子では挨拶回りは厳しそうですの。少しエルフレッド君と休んできなさい」


「お母様......申し訳ありません」


 ユエルミーニエはそれに対して首を横に振って微笑んだ。


「エルフレッド君の言う通りですよ?あんなことがあったら仕方ないですの......エルフレッド君お願いね?」


「はい。謹んで承りました。ーーそれではフェルミナ様、お手をどうぞ」


「......ありがとう御座います」


 そう言って手を取り仲睦まじくしている二人を眺めながらユエルミーニエは満足げに頷くのだった。




 少し外れにあるテラスまでフェルミナをエスコートしたエルフレッドは自身も向かいの席に座って紅茶を嗜む。その無言は別に悪いものではなかった。心を落ち着かせて花を眺めるだけで穏やかに過ぎるものである。


「エルフレッド様、ありがとうございます。私、シラユキ様と会話したのは本当に小さい頃の記憶しかなくて......こんな風になるとは思ってもみませんでした」


「そうですね。私も獣人族の勉強を少ししたことがあるのですがあまり懐にいれないと聞いていたので驚くばかりです」


「ふふ、そうですよね。私だけでなくて良かったです」


 紅茶を飲んで少し落ち着いたのだろう。綻んだ笑顔を見せたフェルミナにエルフレッドも表情を緩めた。少し冷たい風が吹いて枯葉が舞った。温かい紅茶が心を温かくした。そんな穏やかな時間をフェルミナは心から楽しんでいた。二人で過ごして、こんな時間が続くのであれば降ってきた夢を諦めても構わない。


 本気でそう思っていた。













「おー、エルフレッド!それにフェルミナもこんな所にいたのか!」


 そんな穏やかな時間を。


「リュシカか。こんなところまで来るとはな」


 無残にも破壊したのが。


「偶々だ。それにしてもこんなところで二人でいるなど隅に置けないなぁ」


 私の心を内緒の聖魔法で癒してくれた。


「馬鹿を言うな。フェルミナ様は緊張で体調を崩されたのだ」


 尊敬し、敬愛するお姉様の一人だとするなら。


「大袈裟な......おい!フェルミナ、こいつに何とか言ってやれ!......フェルミナ?」


 私は誰を恨めばいいのでしょうか?













「......え?」

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