表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第三章 砂獄の巨龍 編(上)
76/457

24

 楽しいひと時を終えて馬車に乗り込んだ二人はゆっくりと第三層に向かう馬車の中で食事の話や勉学の話をしながら笑顔に溢れる時間を過ごした。第四層のトンネルを通り本屋に行って帰宅するのみとなった頃にはフェルミナは一抹の寂しさを感じていた。


 マジックミラーとなっている窓の外側に視線を送れば街の人々は忙しなく商いに勤しみ笑顔を振りまいている。そして、仲睦まじい男女が腕を組んでその前を通り過ぎていく。それは第三層のいつもの風景だ。だけどフェルミナの視線はどうしてだろうーー幸せな感情を振り撒いている男女の方へと向いてしまうのだ。


「......エルフレッド様」


「いかがしましたか?」


「あ、いえ、ごめんなさい。少し呼んでしまっただけです」


「......いえ、それなら構いませんが」


 少し不思議そうな表情を浮かべて視線を前へと戻した彼を見ていると胸が苦しくなった。想いが溢れて恋い焦がれている。自分が何かしないといけないのに気付いて欲しいと嘆いている。今の私は追っかける側だと解っているのに恐れが出てしまう。でも、そのどれもが伝わっていない。


 このままで良いのかと自問自答して一歩を足踏みして、どうしようどうしようと内心焦っている間に馬車は止まった。


「さあ、目的地ですよ。行きましょう?ミーナ」


「......はい。エルお兄様」


 エスコートの掌に手を乗せて二人は本屋へと入っていく。目的の本に目星を付けて買って貰いプレゼントしてもらったらもう終わりーー。明日からも続くだろう道のりなのにどうしてだろう?分岐点の前で私はウロウロと足を踏み出せずにいる迷い人のようだとフェルミナは少しのほろ苦さと焦りを感じ続けていた。













○●○●













 ライジングサンについて書かれた書物を読みながらフェルミナは自身の行動の”矛盾”について考えていた。それは大きな矛盾だ。もし自分がアードヤードで生活をするならばこの知識は何れ要らなくなるものだった。湯浴みを終えてすっかり何時もの自分に戻ってしまい少し萎えたというのもある。化粧で大人になった自分ならエルフレッドに情動を感じさせることが出来るが私の本物は結局子供で妹のフェルミナなのだとーー。


「......今じゃないと駄目なんです」


 そして、私の気持ちは存外我儘だし弱くて脆い。この苦しい胸の高鳴りに耐えられる気がしない。これからも沢山のライバルが出てくるだろう。その中の一人に選ばれるまで待つような長期戦なんてフェルミナには無理なのだ。だって、人の気持ちを諸に浴び続ける性質である。きっとまた病んでおかしくなってしまう。


「お母様はこんなに辛い中を生きてきたのですね......」


 きっと気づかずにいて知らない方が幸せなことが沢山あって、でも解ってしまう。そして、それを止める方法がない。人が生きていれば呼吸をするようにして私達は理解してしまうのだ。


 じゃあ、この夢は逃避?あちらの国の方がこちらの国よりも生きやすいと感じて逃げているのか?


 それは違うと言える。降って湧いた夢だったが人生を賭けても良いと思える夢である。家族はもしくは反対するかもしれないがそれでも行って後悔しないというのが解るのだ。だから不思議なのだ。人生を賭けても良いことが目の前に二つあって実際にはその内の一つしか選べない状況で私は中途半端にどちらの可能性も捨てずに模索している。


 交わることのない平行線をただただ自分が二人居るように進もうとしている。そんなのは無理なのに破綻するのは目に見えているのにーー。


(もう少し呆けていたのなら、こんなに悩まずに済んだのでしょうか?)


 誰にも言えない最低な答え。だけど純粋に一つを追いかけていたあの頃の自分がフェルミナにとってはなんだかとても美しく思えたのだった。




 エルフレッドは少し冷たいシャワーを浴びて自身に降りかかった強い熱を冷ましていた。ハッキリ言って当てられていた。妹と思っていた彼女から感じたそれは余りに狂おしく飲まれそうになる。湯浴みを済ませて何時もの彼女に戻った時は安心したくらいだった。


(......まだまだだな。一時の感情に飲まれていい相手ではない)


 それをエルフレッドは情けないと考えた。二歳しか違わないとはいえ相手は少女だ。自分がしっかりと自分を保ちながら対応して真摯に向き合い結論を出さなくてはならない。それなのにグラグラと感情を揺り動かされて冷静な思考を失いそうになるのは馬鹿げているとーー。


 しかし、それはある種の勘違いだ。何故ならば相手側はそうなるように仕掛けている。フローラルな香油も大人びた化粧もエルフレッドの未熟なところを見抜いているユエルミーニエの策であった上にエルフレッドに綺麗に見られたいというフェルミナの思いの姿でもあった。


 確かに恋愛経験としては足りない部分の多いエルフレッドに向けた策だが、それはガードを固くしようとか冷静にさせようなどというものとは真反対の行動である。簡単にいえばホーデンハイド公爵家の作戦は上手くいっていて今日はチャンスがあった。それだけの話だ。


 しかし、悲しいかな。今日のチャンスを逃したことでエルフレッドの経験値が高まり冷静さに拍車が掛かってしまったことは最終的にはマイナスになってしまった。


 それは俗に言うタイミングを逃したというものでもあった。


 そして、その歯車が動き出したのは一つの偶然かはたまた必然かーー。公平を心情とする慈愛の神にも解らない。ただ、全ての歯車が噛み合って一つの結末に向かって動き始めたのは今日この瞬間であったのは間違いなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ