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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第三章 砂獄の巨龍 編(上)
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23

 エルフレッドは目を奪われた。元々可憐な少女であったのだが今日は少し妖艶な薫りを醸し出している。


「おまたせしました。エルフレッド様。今日はおめかしをしてみましたの!いかがでしょうか?」


「......大変お綺麗ですよ?いつもの可憐な感じとは違ってとても大人びた印象を受けます」


「ふふふ。ですから私はレディーだと言ったではないですか?」


 そう言って笑う表情に少しいつもの色が見えてエルフレッドは少し安心した。


「フェルミナ......ふぁあ......なんて可愛いの......!」


「ちょっとお姉様!もう!化粧が取れてしまいます!」


 頬ずりされて迷惑そうにしながらも少し嬉しそうにしている彼女に視線が奪われるのを感じながら、エルフレッドは一旦深めの呼吸をして彼女の腕より少し高い位置に掌を差し出しながら微笑んだ。


「それでは美しいレディー。良ければエスコートをさせて頂いても宜しいでしょうか?」


 少し気障ったらしく、そして、大袈裟に言えば彼女も態とらしく品を作ってーー。


「あら素敵な紳士様。よろしくお願いしますね?」


 そっと伺うようにして掌を乗せた。ぎこちなくはないが少し高いヒールが慣れないような、そんな歩き方をしていたのでエルフレッドは少し掌の高さを下げた。


「......ありがとうございます」


「いえ、女性に歩きにくさを感じさせては行けませんから。歩きづらかったら私のせいですよ?」


 悪戯めかして笑うと彼女は満開の花のように頬を綻ばせた。


「そうなのですね。では存分に気を使って頂きますね?」


「ハハハ、良い心構えですよ!フェルミナ様ーー」


 楽しげに会話を弾ませながらエントランスの外に向かっていく二人を見つめてルーナシャはウットリとした表情を浮かべた。


「絵になるわぁ......サンダース様にも頑張って頂かないと......」


 エルフレッド達の姿を自分達の姿に重ねて、あれだけ完璧にエスコートされたら感動するだろうなぁと自身の婚約者へのハードルを高めていくルーナシャ。完璧なエスコートを覚えるのに彼女の婚約者が四苦八苦することになるのはまた別の話である。




 ホーデンハイド公爵家の客人用の馬車に乗って少しお高いランチへと出掛ける。無論、護衛がいるとはいえ公爵令嬢と二人きりで歩いている事実は彼女にとってあまりにも外聞が悪いため、お忍びでの食事である。フェルミナは元々二年間社交の場を離れていた上に本日は化粧で面影が残る程度であるから全く問題ない。


 問題は何をしてても目立つエルフレッドだが、それを解消する為に馬車の中で髪の毛と目の色を変える魔法を掛けてもらっていた。ホーデンハイド公爵家では司法関係の者が多くかねてより罪人との接触が多かったことから偽装系の魔法が使える者を多く雇っていた。以前の髪色と被っても良くないことを考慮して兄妹感を出すために虎色の瞳と髪にしているが......まあ、なんとも似合わないことだ。フェルミナも少しエルフレッドの姿に可笑しそうに笑った。


「ふふふ、印象が全然違いますね!今日は獣人の国からお忍びできている兄妹ですよ?エル兄様♪」


「わかっていますが馬車の中くらいは普通にさせて下さい。フェルミナさーー、ミーナ」


「......ふふふ、困ったお兄様ですこと......」


 しっくり来たのかお兄様呼びを多用するフェルミナにどうも自身が本当に兄であるように錯覚してしまうが、これから何があろうと兄という立場になることはないので少し気を付けないとなと考える。とはいえ家庭教師としての立場で約半年は勉強を見ているのでやはり妹であるように感じてしまうのは間違いないのだが......。


 すると彼女はエルフレッドの腕の裾を掴んで身を寄せると色っぽい声で言うのだ。


「でも遮音魔法がかかったらちゃんとレディーとして扱って下さいね?」


「もちろんわかっておりますよ?」


 そう答えながらも自身のペースを崩されるのは彼女の様子が普段と大きく違うからだろう。大人っぽく見せようとするフェルミナでなく少し大人な振る舞いのフェルミナーー。知らず知らずのうちにエルフレッドは女性の片鱗を見せつけられ魅せられていた。


 さて第四層の何時もレストランである。ここのプライパシーの保護は完璧であるが故に第四層の別宅を利用する際は利用することも多くなるだろう。偽名で案内されて以前両親と利用した薔薇の間へと入る。部屋に入るなり「ふわぁ......凄いお部屋......」と興奮を隠せない彼女を席までエスコートしてエルフレッドは自身の席に着いた。


 遮音魔法が掛かったのを確認したエルフレッドは彼女へと向き直ると何時もの表情で微笑んだ。


「お疲れ様です。フェルミナ様こちらは素晴らしいお部屋でしょう?」


「ええ、本当に素晴らしいお部屋で驚きました。......あ、先程はつい興奮して夢心地になってしまってごめんなさい。はしたなかったですよね?」


 少し申し訳なさそうな表情を浮かべる彼女にエルフレッドは苦笑した。


「いえいえ、私の母親なんて遮音魔法が掛かるや否や抱きついて来ましたからね......夢心地になるぐらい喜んで頂けたのなら嬉しい限りですよ?」


「ふふふ、あのレイナ様でもそうなってしまうのですね!何だか安心しました」


 彼女は嫋やかに笑って物質転移魔法で運ばれてきたオードブルに手をつける。


「そういえばフェルミナ様。欲しい物があると言われてましたが何を買うのか伺っても宜しいですか?」


「ここのテリーヌは本当に美味しいわぁ!」と帽子から出た耳をピンと立てて尻尾をゆっくりと振っていた彼女はハンカチーフで少し口元を叩いて微笑んだ。


「ええ、実は少し興味が出たことがありましてーー。一度、獣人国の文化について勉強したいと思いましたの。ですから、その為に何冊か本を買いたいと思ってます。ですが、そうなると獣人の兄妹は少し設定ミスかも知れませんね?」


 クスリと笑いながら告げる彼女に確かに......と思いながら、しかし、この設定を考えた家族の方はきっと彼女が本を買いたいと考えてるとは思ってもみなかったことだろう。


「それならば、ある程度本の選別が終わりましたら私が変装を解いて買いに行きましょう。来年の巨龍退治ではどこかの長期連休で獣人の国に向かう予定ですし周りもおかしいとは思わないはずです」


「ですが、宜しいのでしょうか?私自身の私物ですしお支払いの代金などは自身で払おうと思っていたのですが......」


 それを聞いたエルフレッドは少し可笑しそうに笑うと彼女に向けて微笑んだ。


「良いもなにも今回の訪問自体が謝罪を兼ねたものですし、このお出かけの代金は全て自分が出しますよ?そうですねぇ......綺麗なレディーに私からのプレゼントです」


「も、もう!そうやって直ぐに揶揄うのですから......エルフレッド様は本当に困った人ですねっ!」


 顔を真っ赤にしてプイッとしながらも尻尾はゆっくりと揺れている。そんな姿に微笑みながらエルフレッドもテリーヌに手をつけるのだった。

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