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そして、ホーデンハイド邸宅である。一応は謝罪を兼ねての宿泊であったのでユエルミーニエお気に入りのマドレーヌとフェルミナが喜んでいた鰻パイを持って転移で向かう。到着後、正門を潜って玄関に向かうとそこには既にホーデンハイド公爵家の方々が待っていた。
「謝罪を兼ねた訪問にも関わらず待って頂いて申し訳ありません。こちらは謝罪の品でございます」
歓迎の言葉に少し申し訳なさそうに答えていると「ふふふ、気になさらなくて結構でしてよ?」とユエルミーニエが微笑んだ。
「いえね、フェルミナがエルフレッド君がそろそろ来ると言ったら迎えに行くと聞かなくて......」
「っ⁉︎お母様‼︎」と顔を真っ赤にして怒るフェルミナをルーナシャが彼女の頭を優しく撫でている。
「ハハハ、そう言って頂けると私も来た甲斐がありました。あ、フェルミナ様、鰻パイを買って来ましたよ?」
エルフレッドが微笑むと「も、もう‼︎エルフレッド様まで子供扱いして‼︎鰻パイなんて食べたらポロポロ崩れてしまうではないですか‼︎......味は好きですけど」と恥ずかしそうに怒りながら彼女が言う。
「それなら良かったです」
微笑ましげな表情のエルフレッドに「良くありませんっ‼︎」と地団駄を踏んでフェルミナはプイッと横を向いた。
「あらまぁ......すっかり思春期ですねぇ......。フェルミナ。エルフレッド様に見せたいものがあるのでしょう?」
「お姉様......あ、あのエルフレッド様、ちょっと見て欲しいものが有りまして......」
ちょこんと袖を掴みながら告げるフェルミナにエルフレッドは微笑んだ。
「良いですよ。では、ユエルミーニエ様、ルーナシャ様。一旦失礼致しますね」
仲睦まじく階段を登っていく二人に視線をやりながら微笑ましい表情を浮かべる二人ーー。
「あの私フェルマーの最終定理のn=4の場合を解いてみたのですけど......」
「......なるほど!ピタゴラス数を使うんですか!ほう......フェルミナ様。数学に関しては私よりも上ですね!」
と少し困ったようなエルフレッドの声に二人は「......あれ?」と首を傾げた。
「あの......お母様、私、もっとこう可愛らしい物を見せたいと思っていたのですが......」
「......う〜ん、私も少し解らないですの。アーニャ様と話し過ぎたせいかしら?」
別の方向に困った存在へとなりつつあるフェルミナに思いを馳せながら、遠くなった視線で空を眺めるホーデンハイド公爵家の二人だった。
○●○●
鰻パイを食べながら、どこか恥ずかしそうに口元を隠しているフェルミナにエルフレッドは首を傾げた。
「フェルミナ様?マナー面も完璧ですのにどうしてそのように口元を隠しているのですか?」
あまり口元を隠し過ぎるのはマナー的に良くないのでさり気なく注意を促すと彼女は顔を真っ赤にしてーー。
「い、いえ。エルフレッド様に牙が見えてしまうのは......その......可愛くないですし......」
今まで気にしたこともなかったが彼女は自身に生える鋭い牙に対してあまり良い印象をもっていないらしい。確かに以前のフェルミナのような笑い方というのは貴族社会ではあまり受け入れられるものではないだろう。しかし、エルフレッドがそれを嫌に感じていたかと言えばそうでもない。
「そんなことはないですよ?元平民だからという感覚もあるのでしょうがお名前の通り太陽の様に笑われる姿に私も元気を貰ったものです」
「も、もう!太陽の様にとか、そんな言い方して恥ずかしくないのですか!本当にもう!」
言葉にならないと両手をギュッとして更に顔を真っ赤にしながら怒る彼女を見て「ハハハ、恥ずかしい言い回しだったかもしれませんね!」と微笑んだ。すると彼女は少し拗ねた様子で「やっぱり子供扱いしてる......」と鰻パイを使って口元を隠すのだった。
そうこう話しながら家庭教師として勉強を教えたり、ティータイムを挟んだりしながら過ごすと時間というのはあっという間に過ぎていった。さて、そろそろ夕食の時間だろうとエルフレッドが片付けをしているとフェルミナは少し恥ずかしそうに指遊びをしながらーー。
「エルフレッド様、その明日なのですけれど......」
「......明日ですか?」
「ええ。もしよければ......その......」
こういう時の女性を急かすものではない。そういった指導を父親より受けたなと真っ赤な顔でいるフェルミナに視線をくれながら考える。
「迷惑でなければ......一緒に買い物に行きませんか?ちょっと見たい物があるのです......」
少し後悔するような表情を浮かべているフェルミナに首を傾げるもエルフレッドは表情を整えて微笑んだ。
「勿論ですよ。お供致します」
フェルミナは花が咲くような満面の笑みを浮かべるとエルフレッドに向けて恥ずかしそうに小指を差し出した。
「約束ですよ?」
「勿論、約束です」
その小指に小指を絡めてエルフレッドは微笑んだ。
皆が寝静まった頃、フェルミナは悩ましげな溜息と共に寝返りをうった。
「私がこれだけ強く思っても......エルフレッド様には伝わらないのでしょうか?」
胸がギュッと苦しくなった。確かに自身の見た目は子供っぽい。胸ばかり大きくなって身長が伸びないのが目下の悩みである。ーーまあ、それは昔からであるが......どう頑張っても対等な目線で見て貰えない。いつも小さな子供の様に扱われる。それが不満で不満で仕方がない。
とはいえ急に身長が伸びる訳もなく、気の利いた言葉が言える訳でもない。
(本当は......デートに行きませんかって言おうと思ったのだけど......)
自分ばかりドキドキしていて余裕の表情で返されるのは癪だ。だけど公爵令嬢として、はしたないアピールは出来ない。その塩梅が難しい。そういったことに関してはあまりにも自分は経験不足だと感じていた。とはいえ、それを母親に相談するのも恥ずかしくて姉に話すのも何処か違う気がするのである。二人は既にこちらの気持ちを解っていて協力しようとしてくれてはいるのだけどーー。
(恋とはこんなにも苦しいものなのでしょうか......)
焦がれて、伝わらなくて、もどかしくてーー漸く最近になって薄々だが自身の感覚と他人の感覚が違うということが理解出来てきた。しかし、それにしたって感情の上がり下がりに一喜一憂して相手には一切それがないなんてありえるのだろうか?
「明日は頑張らないと......」
少しでも”妹”から抜け出して”女性”として扱ってもらわないと......そう決意した彼女の口からは少し切ない溜息が溢れ落ちた。




