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エルフレッド側は基本徒手空手で魔法は障壁・相殺を中心とした防御のみである。危険と判断した時のみ大剣を抜けるルールだ。ジャンケンで勝ったリュシカとの組手を行って指導する形となった。
「......リミッター装着」
一度外した重りをしょんぼりとした表情でつけているイムジャンヌに「そんなにつけて良く動けますね......」と関心混じり呆れ混じりのアルベルトが苦笑した。
「リュシカぁ‼︎大剣抜かせるどころかやっちゃってぇ‼︎」
「鼻をへし折るニャア‼︎」
と物騒な野次が飛ぶ中、リュシカはそれを手で制してエルフレッドに向き合った。
「さて、始めようじゃないか。こっちは本気でいくからな?」
「......ああ、好きにしろ」
リュシカがジャンケンで勝ったのを見て指導の時間を考えてた上で次回からにしないか?と問い掛けた。当然、半分は建前で彼女の体調を考えてのことである。しかし、リュシカは「それは丁度いい」と断った。様子を見ながらとなるが長くは戦えないということだろう。
顔の前でギュッと両拳を構えたエルフレッドは半身になってリュシカをの動きを待つ。
「......始め‼︎」
気を聞かせたアルベルトが声を挙げた。何故か隣にいたイムジャンヌに斬られかけて「こっちじゃないよ⁉︎見るのも練習だから‼︎」と大慌てで障壁を張っていた。......今日のイムジャンヌは何処かおかしいので寝ぼけているのかもしれない。
リュシカが下段に曲刀を構えて距離を詰める。全身に無駄な力が入っていない静の動きから間合いの最大距離から回転ぎりで上段に二発、遠心力に任せて足払い、飛んでかわしたところに逆足で中段蹴りが繰り出される。
(なるほど......あの大剣の基礎練習をこう解釈したか......)
中段の蹴り足に風の膜と利き脚を合わせて後方に宙返りしながらエルフレッドは思考する。一見するとトリッキーな動きだが、二発目の上段切りからは全て連動した回転運動で成り立っている攻撃は終点まで全く無駄が無い。原理はあの時見せた基礎練習と一緒だ。
彼女が曲刀をヌンチャクのように振り回すと斬撃に合わせて焔が線を描いた。牽制の突きが二、三と繰り出されるのに合わせて右上段に蹴りを繰り出す。
ガインッ‼︎
それを障壁で防いだリュシカは利き手の曲刀を逆手に持ち換えた。エルフレッドの視界を焔の線が塞ぐ。良い攻めだ、と内心感心しながら回転運動で飛んできた中段を左手で受けて抱え込みーー。
「その攻撃は後ろ回しではなく、右中段か膝蹴りを狙うべきだな」
軸足を払って抱え込んだ足を放ると彼女は受け身をとった後に悔しげに表情を歪めた。威力は確かに後ろ回しの方が出るだろうが軸足を払った際に抱え込んだ足を捻れば、こちら側は股関節に甚大なダメージを与えれる。だが、右の膝や中段ならば抱え込まれる位置が高く逆足での膝や足での攻撃が可能な為、致命傷は狙い難い。
彼女は苛立たしげに舌を打つと初級火魔法[ファイアーボール]を三発撃って突っ込んできた。
「公爵令嬢が舌を打つなど......」と一応諌めながら、それを風の障壁で掻き消してエルフレッドは彼女の攻撃を迎え打った。「爺みたいなことを言うな‼︎」と縦斬りからの動廻し回転蹴りで攻め立てる彼女の攻撃を冷静に受け止めて障壁に跳ね返されるように後方へと宙返りしているリュシカとの距離を詰める。
「相手の方が武器の分だけリーチが短いのだから距離を詰めさせるのは悪手だ」
左右とコンパクトにジャブとフックのコンビネーションを放ちながらショートレンジに詰めると彼女は「大剣を使わせたかったのだ」とそれを細かく避けながら隙を伺っている。しかし、そこはエルフレッドだ。冷静に相手の攻撃しやすいコースを潰してリズム良く手を繰り出す。
「なんかぁ、アーニャの戦い方の強化版みたいな感じで怠い感じねぇ」
「怠くないミャア‼︎合理的なだけミャ‼︎」
売り言葉に買い言葉で喧嘩を始めた二人を尻目にエルフレッドは障壁を捉え始めた自身の拳の感触を感じながらリュシカの状態を見た。
あからさまに荒い息をついて大粒の汗を浮かべる様は確かにスタミナ戦へと持ってきているが異常だ。そして、大技狙いの攻撃も早目に一矢報いたいと考えている思考が丸見えである。そして、何より冷静ではない。アドバイスもあるが挑発も含むそれに彼女はすっかりペースを乱している。苛立ち、冷静ではない相手が何故御し易いか、それは単調かつ短絡的であるからだ。
(今日はここまでだろうな)
火の障壁に反動で後退するくらいの拳を繰り出して引きつけるように右足を繰り出していたエルフレッドはそんなことを考えていた。
「......えっ、あ」
リュシカが突然我に返ったような声を出して頭を抑え始める。視界に異常が出たのか、上体がふらりふらりと揺れていて非常に危険な状態に見えた。
「危ない!!」
ついには倒れ始めた体に見ていた誰かが焦りの声をあげた。エルフレッドの蹴り足に向かって倒れ込んでいたからだ。
「間一髪......だな」
蹴り出した足の内腿でリュシカの体を受け止めたエルフレッドは彼女の体を横抱きに抱えると清めの風と癒しの風を唱えた。焦りの表情で近寄ってくる皆を膝を抱えている方の手で制して「疲れが出てたのだろう。とりあえず自主練をしててくれ。俺は保健室に連れて行ってくる」と扉側に向けて歩き出す。
「変な気ぃ起こすんじゃないわよ〜‼︎」
「......エッチなこと駄目......」
何故だか楽しそうに告げる彼女達に「はいはい」と答えながらエルフレッドは魔法訓練室を出るのだった。
本日は休日ということもあって近くを通る人も居らず道中は快適であった。単純な寝不足や精神的な疲労であるだろうことを考えれば一々騒がれても迷惑というものだ。それにいくら学園内平等を謳っている学園だろうと公爵令嬢が倒れたとなれば大事に成りかねない。人目につかないというのは非常に有難くもあった。
「......エルフレッド?」
呆けた目をしたリュシカが呟いた。
「目を覚ましたのか?組手中に倒れたから驚いたぞ?今は保健室に向かっている」
「保健室......えっ?」
リュシカの顔色が青ざめた。そして、次の瞬間には彼女の体が仄かな銀の光に包まれた。聖魔法である。
「もう大丈夫だ。保健室には行かなくていい」
急に冷静になった彼女にエルフレッドは眉を顰めた。
「しかしだな。そのような騙し騙しではーー「お願いだ!このままでは代表を外されてしまう‼︎」
換気の為に開けられ窓から少し冷たくなった秋の風が吹き込んできた。今のところ気付く者はいないが部活生などがこちらを見るとも限らない。溜息を一つ吐いたエルフレッドは窓側から離れると「立てそうか?」と訊ねた。彼女がゆっくり首を振ったの見て、教室の壁に寄りかからせるようにして座らせるとエルフレッドは隣に腰を下ろす。
「正直に言えば初めから様子がおかしいことには気づいていた。多分アマリエ先生辺りも気付いているだろう。あくまでも俺の意見だが、このような体調が続くならば大会には出ない方が良いと思っている」
窓から見える流れる雲に目をやりながらエルフレッドは言った。ゆっくりと流れていく雲と一緒に落ち始めた葉っぱが宙空を流れていった。微かな樹木の香りが風と共に消えていく。
「原因は解っている。私は不安なんだ。このままでは距離が離れていく一方だ。何かで結果を出さなければ置いて行かれる。そんな気がしてならなくて......だから結果を出さなくては結局体調は変わらない」
その自己分析は非常に明快だったが重要な部分が隠されているために答えに窮するものである。
「......なるほどな。何に置いていかれるのか、距離を離されるのか、だろうが......まあ、俺はそんなに焦る必要もないと思うのだがな。人の価値はそれぞれだしなぁ。そうやって倒れていた方が遠回りじゃないのか?」
「そう......かもしれない。だが、不安だから......」
彼女は不安さが有り有りと解る声色でポツリと呟いた。膝を抱えて間に顔を埋めてる彼女に対してエルフレッドは少し口の端を上げながら呟いた。
「ーー男は金、女は見た目だろう?」
「......いきなりどうした?中々酷い言いようだ」
非難がましい視線をくれている彼女にエルフレッドは頬杖をついてーー。
「まあ、両親が常々言っていることだが一理あると思ってな。男は金というのは今の解りやすい能力の指標が金が稼げるかどうかというだけの話だ。例えば一般的な収入が五百万だと言われている時代に、それ以下の稼ぎしかなかったら平均以下の能力しかないと見なされても仕方がないというーー極論だな。あまりに低いと生活にも支障が出る。基本的に能力が高い男性に対して女性は魅力を感じやすいという話を俗っぽく言うとそんな感じだろう、とな。まあ、その代わりに家事ができるとか、美的センスが凄いとか、運動能力が高いとか、人間性が優れているとか.......補い方はあるのだろうがーー」
「じゃあ、女は見た目というのは?」
「男という生き物は結構自身の美的センスで生きてるから、そこに刺さる女性を選ぶというだけの話だ。一般的な綺麗云々は無論あるだろうが結婚する相手は意外な人物であったりするだろう?性格とか技能とか、それらを引っ括めたものを見た目から感じ取っているってところだろう。B専D専も普通にいるし理由を聞いても”何々だからそういう性格をしていると思っている”というものが多い。まあ、意外と節穴なところが多いがな。優しいと思ったのに、真面目だと思ったのに、という嘆きも社会ではよく聞く話だ」




