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「ふむ。エルフレッドは本当に戦いにしか興味がないのだな。睡眠や食事にまで気を使っているのには恐れ入る」
アイゼンシュタットの大通りを周囲の視線を掻っ攫う程に目立つ男女が歩いている。歴戦の勇士を思わせる目付きの鋭い男と傾国の美少女を体現した女。
その傾国の美少女を体現した女ーーリュシカは顎に手を当てると思案げな表情を浮かべた。
「体が資本だからな。俺とて死に急ぎたい訳じゃない。強くなるにはまず万全の状態を維持することが基本だ。そういった意味では食事や睡眠は最重要だ」
何処か吹っ切れた様子でそう答える歴戦の勇士を思わせる男ーーエルフレッドは内心、先程の提案を後悔していた。
突然リュシカに指名されたエルフレッドは当然、その話を断った。そもそもが初対面であり信頼関係の面で問題が生じている、とーー。
しかし、それを言えば彼女は含みのある笑みを浮かべてーー。
「今し方、その様な人物が居れば最適だと答えたのは何処の誰だったか?」
最近流行りのロジハラだ。ならば、少し後悔させてやろうと「後で後悔しても知らんぞ」と凄んで見せたがーー。
「やれば出来るではないか!」
と何故か大満足させてしまったのだ。
本来であればリュシカの後で泡を吹いて倒れた御者や顔を青くしたグレミオの反応が正解なのだろうが史上最高の血が成せる技なのだろうか、と彼は密かに思うのだった。
ともあれ上手いこと彼女の思惑通りに乗せられ学園へと向かうことになったエルフレッドは自身が悪いと諦めたのだったがーー。
「ねぇ、あれってーー」
「あれは失礼よ......ヤルギス公爵様ご令嬢のーー」
「隣にいるの護衛?ーー」
「護衛にしては親密なーー」
「白髪って、もしかして龍殺しのーー」
自身の考えの甘さを痛感させられていた。
考えてもみれば得体の知れぬ男と公爵令嬢が歩いているのだ。注目を集めない訳がない。確かにアピールという意味ではこれ以上の効果はないだろう。しかし、それは別の意味を含んだアピールの話だ。
(年頃の御令嬢が得体の知れぬ男と親しげにしているというのはどうなのだろうか?加えてヤルギス公爵家の御令嬢。配慮が足りなかったか......)
王太子妃筆頭にあったがその超然やる才能を恐れた王家が候補から外した。そんな噂がまことしやかに語られるリュシカである。事実、王太子と年も近く家格や才能を考えれば真っ先に王太子妃に上げられる立場にありながらそうはならなかった。
無論、自由恋愛の風潮から王太子妃は形式的なものであるが大変名誉とされる立場である。そんな立場に今世紀一の美貌と才能を持つとされる彼女が選ばれなかったのだから噂の一つや二つは立つというものだ。
「エルフレッドの言う通り人目を掻っ攫っているな!其方は中々の策士だ!」
とはいえ大層ご満悦な様子の彼女にあらぬ誤解を招いていると、どの口が言えようか?
「......それならば良かった」
保身に走ったエルフレッドは引き攣った笑みを浮かべながら、そう答えるのであった。
○●○●
アードヤード王立学園ー。
その歴史は古く、今年をもって創立五百年目を迎える。
当時二十五代目のアードヤード国王であったラインハルト王が自国の特色のなさに憂いを感じ、"ならば、身分関係なく受けることの出来る教育をもって国民の質を高め、それを特色としよう"という考えの元に木造三階建ての学園を建てさせたことに始まる。
当初身分関係なく学ぶという考えが受け入れられず廃園の危機を迎えたが卒業一期生が様々な分野の要職について廃園を阻止、後の卒業生の援助によってその規模を拡大させていった。
その成功例もあって国中に身分差の関係無い学校や学園が出来たことで国民の学力が向上した。今では他国からも認められる特色となりラインハルト王の功績の象徴となった学園でもある。
(それが今では学歴カーストを生み、身分とは別の差別を生むことになったとすればラインハルト王はどう思うだろうか?)
当時の面影は梅雨ほどもなく数多の援助を受けて白亜の豪邸を彷彿させる外観へと変貌した校舎を眺めながらエルフレッドはそんなことを考えるのだった。
「これがラインハルト王の想いの果てかと思うと何とも言えぬところではあるな」
「そうだな。俺も似たようなことを考えていた。だが、これが数多の卒業生の援助の形と考えると一概に悪いとも言えないな、と」
「ふむ。愛着のあった学園をより良くしたいという気持ちの具現化といったところか?まあ、解らんでもない」
そう言いながらもどこか憮然とした表情を浮かべていたリュシカであったが彼の方へと顔を向けると華やかな笑みを浮かべた。
「まあよかろう。それもこれも学園を生活していれば自ずと解ることだ。ならば、我らがすることはただ一つ!」
「学園での生活を開始するために入寮の手続きを終わらせる!」
「よく解っているではないか!よし、行くぞ!」
そう言って校舎の右後ろに佇む高層マンションを思わせる建物に向かって歩きだした彼女の横でエルフレッドは深く頷きながら思うのだった。
(ああ、あれが学園寮だったのか。一人で来なくて正解だったな)