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客間に戻ったエルフレッドが再度謁見の間に呼ばれるまでにそう時間は掛からなかった。大体二時間くらいである。そして、その二時間の間で謁見の間は死屍累々の場と化していた。思わず目を疑ったエルフレッドは自身の目を腕で擦ってみたりしたくらいである。
意識というか魂が半分出てる様相の国王夫妻に玉座の腕置きに凭れかかって突っ伏しているアリエルである。アリエルの周りを元気に飛び回っていた三体の精霊ですら床に転がってピクピクとしていた。
「......襲撃事件でもあったのでしょうか?」
冗談半分本気半分でエルフレッドが告げるとコウディアスは力なく笑って「ハ、ハハ、みっともないところを見せて申し訳御座いません。こ、これが書簡で御座います。人族の王によろしくお願い致します......」とだけ言ってチーンと白くなった。
それを大臣経由で受け取ってエルフレッドは「......失礼致しました」と冷や汗を垂らしながら、その場を後にするのだった。
エルフレッドが去っていって暫くして何故か目の下に隈が出来ているアリエルがガバリと起き上がり母であるエウネリアに詰め寄った。
「お母様‼︎お母様‼︎もう‼︎お母さん!!私になんの恨みがあるの⁉︎迷える子羊の一匹として扱いなさい⁉︎|挨拶したから今日から友達⁉︎何それ⁉︎できる訳ないでしょう‼︎馬鹿じゃないの⁉︎」
「だ、だって、だって神託がそう言ってたんだもの......私はそれを伝えただけだもの......」
「ハハハ、きっとユーネ=マリア様にも何か考えがあるのだろう。お母さんを責めないでやってくれ......」
「絶対おかしいって‼︎なんかジャミングとかされてるんじゃないの⁉︎精霊様もその言葉聞いてからこの有様だよ‼︎もう屍だよ‼︎」
屍だよ‼︎と言われた瞬間、霊魂のような形をして地面でピクピクしていた木の精霊達も遂にはチーンと白くなって動かなくなった。
「ア、アリエル‼︎お、落ち着いくんだ‼︎止め、精霊様に止めを刺してるから......」
遂にはアリエルは誰もいない空に向かって「うがぁー‼︎お姉様どっちでもいいから帰ってきて‼︎私の宝石全部あげるから役目代わって‼︎もうやだぁ‼︎」と叫び出した。
それの光景を見ながらコウディアスは遠い日に亡くなった母の言葉を思い出していた。
「ユーネ=マリア様は偶にお茶目なところがあるから気をつけてね......」
そういって目尻に涙を浮かべて逝ってしまった母の言葉が今となって解った気がした。
「ハハハ、これが母の言うユーネ=マリア様のお茶目だったのかなぁ......」
「「お茶目で済むか‼︎(済みません‼︎)」」
そう突っ込みを入れてくる妻と娘に「ハハハ、だよねぇ......」と事切れた母のように目尻に涙を浮かべて力なく笑うコウディアスであった。
ちなみに元凶である天の御神は森の子らは反応が可愛いからついついやっちゃうんだよねぇ〜と後悔どころか反省すらもしていないのであった。ペロリンッ☆
○●○●
さて、エルフの王からもらった書簡を魔法便で送るとそれから数刻もしない内に数少ないSランク冒険者の魔法使いメルリトニアさんが「エルフレッド君お久〜、迎えに来たよ〜」とやってきた。メルトニアさんことメルトニア=マクスウェルはアードヤード王国内に住む唯一のSランクで、唯一の女性Sランクで、唯一のSランク魔法使い、そして、唯一の平民Sランクである。
無論、本人が望めばいつでも爵位をGET出来るのだが「貴族になると魔法研究の邪魔になるから要らない」と断り続けている筋金入りの魔法マニアでもあった。
そして、数少ない転移魔法使いとして緊急時にエルフレッドの前に姿を現すことがあるのだ。
「メルトニアさんが来るなんてとんでもない魔物でも現れたのですか?」
エルフレッドが真剣な表情で告げると彼女は魔法回復薬を固めた飴玉を舐めながら「うんや、全然」と気の抜けた表情で笑いながらーー。
「なんかエルフレッド君が提出した書簡に色々問題があったらしいよ〜。詳しくは知らないけどだから城に来いってさ〜」
「はぁ、そういうことですか......」
あの死屍累々と化していたエルフの王族の方々が頭を過りエルフレッドは頬を掻いた。これ以上の面倒事は起きないで欲しいなぁと悪い予感と共に考えていたが、やはり悪い方に転がったようだ。メルトニアさんは「んじゃ、さっさと行こっか〜!私は魔法研究の続きしたいし〜」とエルフレッドの肩を掴むと王城前まで転移「頑張ってねぇ〜」と転移でまた消えていった。
「どうもお疲れ様です。先々日ぶりのエルフレッドーー「ああ!エルフレッド様!お待ちしておりました!王様がお呼びです!謁見の間にどうぞ‼︎」
大慌ての門番に連れられてエルフレッドはそのまま謁見の間に向かうことになった。
「エルフレッド=ユーネリウス=バーンシュルツ伯爵子息様が来られました!」
「おお、エルフレッドか!挨拶は要らん!こっちへ来い!」
「かしこまりました」
あの王族達は何を書いたんだ?と頭を捻りながらエルフレッドは謁見の間に入る。本日は大臣と国王陛下のみで格好も略式であるところを見ると大慌てでの謁見だったようだ。
「エルフレッド。つかぬことを聞くが、この書簡に目を通したか?」
「いえ。国王陛下宛の書簡に目を通すわけがございません」
「で、あろうな。まあ、簡単に言うとエルフが所有する国土全てをバーンシュルツ領へ属せるようにしたいと書いてあるのだ。条件は将来ソナタの男児を第三王女と婚姻させることとなっている。心当たりは?」
エルフレッドはその件だったのかと内心溜息をついた。しかも、あの北西湿地帯のみならず姉が治めているといっていた土地もかと思考が鈍くなるのを感じていた。
「全ての国土とは聞いておりませんが似たような話は出ておりました。ただ私の一存で決めれる範囲を超えていたので返答は致しかねる、持ち帰ると伝えました。よく解りませんがエルフ族にとってはユーネリウスという名前が特別なものでその子供と婚姻することがエルフ族の繁栄に繋がるとのことです」
「......なるほどな。本当にそなたが野心家でなくてよかったわ。とはいえ、受け取るか受け取らないか差し出すか差し出さないかであるから何も解決してはいないがな」
その点に関しては王様の言う通りである。そもそもが産まれるかわからない子供を条件に国土をもらうのは危険だとエルフレッド考えるのだが周りはどう考えているのだろうか?
「質問続きで心苦しく思うが、そなたはこれ以上の爵位は必要か?」
「......いえ考えていません」
これ以上となると侯爵か公爵だ。伯爵位であるが辺境伯ともなれば実質の権力だけは侯爵以上公爵未満であるし責任が増えるだけの侯爵などは敬遠したいところである。
「うむむ。武力を活かしたいとの話からなんとなくそうだろうとは考えていたが、しかし、弱ったなぁ。エルフの王族を伯爵位で迎える訳にはいかぬ。とはいえ国土を逃すのは惜しい。子供についてもエルフは神託を聴けるというから何らかの利点を知って言っているやもしれんが未知数すぎるしなぁ......」
さてさて大変面倒なことになった。アードヤード王国からすれば貰えるものは欲しいが条件が謎すぎる。エルフレッドからすれば、これ以上の領地拡大や責任の増大は避けたい。今のままでも手一杯なのだから万が一飛び地的に領地をもらってもーー。
「......突然ですが一つ案を思いつきました。聞いて頂いてもよろしいでしょうか?」
エルフレッドがそういうと大臣、国王陛下共に目を輝かせる。
「おお、申してみよ!あのリュシカ嬢が褒めるそなたの叡智!如何程か気になっていたところだ!」
......リュシカめ余計なことを言ったな?と内心苦笑するエルフレッドだった。
「叡智などとは恐れ多いのですがお耳汚し程度で進言致します。まず、エルフの国土はエルフの王族を公爵とした公爵領として確保致しましょう」
「ふむ、それで国土の獲得はなされるな......」
「そして、私に男児が生まれなかった場合はそのまま公爵領としてエルフ王族の方々に治めてもらいます。逆にもし男児が生まれた場合はーー」
エルフレッドは一瞬言うか言わないか迷ったような表情を見せたが国王陛下に対して決心した表情を見せると考えを述べた。
「その子が結婚して領主となれる時点で私は早々に隠居しますので、政略結婚の褒美として併合領の公爵家としては頂けないでしょうか?」




