10
聞きたい情報も聞けてメイリア様との世間話も終えたエルフレッドはヤルギス公爵邸を出ることにした。リュシカは少し寂しげであったが毎度毎度泊まっていけないのは仕方のない話だ。元々予定を入れていた訳でもない。
そして、あの敵意を向けてきたカーレスは意外にも部屋に籠って何かをしていたためにすんなり帰ることができたのだ。転移を使って自室に戻り、母親に新邸宅の件で近々帰ろうと思うが何時が良いのかを携帯端末で送って確認すると『明日でもいいし何なら今日でも良い』という連絡が返ってきたので『一〜二時間で準備を終え次第、向かう』と返信してシャワーへと向かった。
エルフレッドはぬる目のシャワーで汗を流しながらリュシカの発言について考えていた。あまり人前で弱い姿を見せない彼女があそこまで酷く辛そうな表情をする何かが解らないことがもどかしい。彼女と出会ってまだ半年だが、その間に世話になったことは数知れずーーせめて恩を返したいのである。
(元となった出来事を誰にも話していないのであれば知ることは困難だが......)
少し思うところはあった。彼女の身に何かが起きていれば世間を賑わす大ニュースとなっているハズだ。それを彼女が完全黙秘しているならいざ知らず、そうでないとするならばーー。
(何かを見落としている気がする......)
今更ながら辺境に籠って世間に疎かった自分が腹立たしいが過去を悔やんでも仕方がない。その分は鍛錬の合間を使って調べるなり探すなりするしか方法はないのである。掌の付け根あたりで襟元を洗っていたエルフレッドはハッとした様子でその手を止めた。
(世間といえば社交界で活躍中の母上がいるではないか‼︎聞いてみるかーー)
自身で調べるというのは勿論だがプロフェッショナルが近くにいるのならば、そちらに聞いた方が早く正確だ。特に女性の集まる社交界で最上位の席に座ると聞く母ならば、世の女性が知っているほぼ全ての情報を知っていると言っても過言ではない。
こうしてはおれんな!と泡を流して飛び出したエルレッドは風呂場の扉に脛をぶつけて飛び上がった。なぜ、巨龍の一撃でも耐えうる自分ですら脛への一撃は耐えられないのだろうと涙を浮かべながら思うのだった。
○●○●
「母上!少し聞きたいことがある!」
帰ってきて早々声を挙げたエルフレッドにレイナは慌てた様子で飛び出してきた。
「どうしました⁉︎普段冷静なエルフレッドらしくもない!挨拶もせずに質問するだなんてーー」
「それはすまない。少し焦っていた、リュシカのことで聞きたいことがある」
「ヤルギス公爵家御令嬢のことで?良いでしょう、まずは食卓へ移動しましょう」
エルフレッドの様子に只ならぬものを感じたレイナは咎めるのを止めて食卓への移動を促した。彼はそれに頷くと逸る気持ちを押さえながら母の後ろを歩くのだった。食卓へと移動し紅茶を前にしたエルフレッドは早速さっきあった出来事を話すことにした。無論、遮音魔法内でリュシカに告げられたことは伏せて、最近不眠で苦しんでいる様子だ。何か思い当たる節はないか?というものである。
「そういうことでしたか......判断に困りますが心当たる節がない訳ではございません。寧ろ貴方が知らなかったことの方が私からすれば不思議ですが......」
レイナは喉を潤すために紅茶を飲んで携帯端末で何事かを調べるとエルフレッドへとそれを差し出した。そこには”国際テロ組織による婦女子連続誘拐事件”という見出しが大々的に書かれていた。
「詳しくはそれを読めば解りますが、当時十二歳だったヤルギス公爵家令嬢ーーリュシカちゃんが、それに巻き込まれて大問題になりましたわ......そういえばエルフレッド。あの時貴方って賊に刺されて意識不明の重体でしたわね?」
母の目つきが鋭くなったことに気付かぬフリをして、エルフレッドは携帯端末を手に取ると内容を読み始める。
見目麗しい女性ばかりを狙ったそれは徹底した女性破壊の様相を呈しており確かにトラウマになりそうではあった。しかし、ページを送っていくとリュシカは一日で救出された上に貧血以外は殆ど無傷の軽傷で退院した旨が書かれている。その上、救出時には傷付けられら女性達を開花した聖女の力で約五十名程救っており、その姿、立ち振る舞いはまさに聖女であったとまで称されているところを見ると精神的負荷が酷くて参っているようにも見えない。
思わず頭を拳にの上に乗せて唸っているとレイナは少し顰めた声で訪ねてきた。
「時にエルフレッド。貴方、リュシカちゃんのことどう思っているの?」
「うん?友達と思っているが?」
「友達、友達かぁ......じゃあ、フェルミナちゃんは?」
フェルミナ様?と困惑する様子を見せたエルフレッドだったが少し考えるような素振りを見せてーー。
「失礼を承知の上で言えば妹のように思っている」
「......妹かぁ。う〜ん、甲乙つけがたいですね......」
何か悩む素振りを見せ始めた母親を尻目にエルフレッドは再度記事に目を通し始める。何かおかしな点がない限りは、この事件は有力候補から外れることになる。自身がPTSDのような状態にありながら此処までの立ち振る舞いが出来るのは知識上ありえないからだ。
疑問は深まったが彼女が態々自身を信じて打ち明けてくれた秘密を蔑ろにする訳にはいかない。三度見返してエルレッドはある程度結論を固めると溜息と共に携帯端末を母親へと返した。
「ありがとう。しかし、今見た感じ関連性は薄いかもしれないと感じた。頭の片隅に入れておこうと思う」
「......そうですか。解決すると良いですね。女性は通常時でもホルモンのバランスが崩れて体調を崩しやすいですから優しく労ってあげるのですよ?」
「わかった。しかし、そうなると帰ってきたのは間違えか?公爵家だから約束がないと泊まれないと寂しそうな顔をしているのを解って置いて来てしまったのだが?」
レイナはまさか......とあからさまに呆れた様子で苦笑を浮かべてーー。
「貴方って本当に戦い以外は抜けてると言いますか......貴方が持っている携帯端末は何のためのものですか?」
「......携帯端末?」と呟いて暫く思考していた彼はポンッと胸の前で手を打って、しばし自身の携帯端末を操作した後に顔を上げた。
「連絡先を交換していなーー「でしょうね。私が今からメイリア様経由で確認するから少し待ちなさい......」
母が携帯端末に指を打ちつけながら「この情報化社会に母よりもITに疎い十六歳が何処に居ますか」と苛立たしげに小言を言っているのを見て(目の前にいるぞ?)と思ったが目の前にいることが母にとっての大問題だとは解っていたので何も言わず、大人しく連絡が来るのを待つことにしたエルフレッドだった。




