表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第三章 砂獄の巨龍 編(上)
60/457

8

 それから一週間ほど経った頃、そろそろ実家の新邸宅の件の話でも聞きに行こうかと考えていたエルフレッドにヤルギス公爵家からのお誘いが届いた。当然断る理由がなく寧ろ元グランラシア聖国第二王女であるコル二トワ正妃殿下のことを聞こうと思っていたので二つ返事で快諾した。ーーのだが。


「エルフレッド=ユーネリウス=バーンシュルツ伯爵子息殿だな?妹が世話になっている。ヤルギス公爵家嫡男カーレス=ツヴァイ=ヤルギスだ。よろしく頼む」


「いえ、世話などは......こちらこそお世話になっています。よろしくお願いします」


 明からさまな敵対心と笑わない瞳で差し出された手を両手で受取って万力を思わせる握力に手を震わせていると「兄上‼︎おお、エルフレッドも着いていたか!」という嬉しそうな声にその手が離れた。


 遠い記憶だが入学式の時、◯すぞ?の視線を送って来ていたのでこのぐらいの()()は想定内である。


「リュシカよ。今、エルフレッド殿にお礼を言っていたところだ。世話になっているとな。しかしながら、お前は折角花の様に美しくなったと言うのに元帥様のような喋り方をしてーー」


「むうっ‼︎聞かぬ‼︎兄上は帰って来て早々小言を言って......まるで小舅のようだ‼︎良いではないか‼︎家の中くらい‼︎」


「はぁ......」とカーレスは几帳面そうな顔にやれやれといった色を浮かべた。


「俺も家の中くらいならと考えていたさ......しかしだな。お祖母様の家でもそう。学園でもそう。公でなければ外でもそう。お前はいつだったらその話し方を辞めると言うんだ?」


 完璧な正論に論破されてリュシカの顔が感情的な怒りに染まっていった。


「兄上の馬鹿者‼︎そんな理詰ばかりな男は女性の大敵だ‼︎アーテルディア様にも婚約破棄されてしまえ‼︎ーーもういい‼︎行くぞ‼︎エルフレッド‼︎」


「あ、待て話はまだ、というより軽々しく男の手をーー」


 どうやらヤルギス公爵家の男性陣はこういう目に合う体質を持っているのかもしれない。エルフレッドは逆らわない方が身のためだと既に理解しているのでそのまま大人しく手を引っ張られておくのだった。


 そうして、花壇のあるテラスの方へと歩き始めた彼女は大層不満げな表情で言った。


「最近の兄上は会うたびこうなのだ。愚痴愚痴言って両親さえ何も言わないのに......可笑しな話だとは思わないか?」


「......まあ、そうだな」


「......なんだ?まさかエルフレッドもあっち側か?」


「いや、自分目線で言えば初めに話した通り正直馴染みやすく感じている」


「......初めに話した時みたいに歯切れの悪い言い方だな。言いたいことがあるならハッキリ言え!」


 今日の彼女は少し不安定なようであった。なんでも敵・味方に切り分けて話す時、大体の人は余裕がない時が多い。


「わかった。その件については席に着いてから話す。その前に一つだけ確認がある」


「......なんだ?」


「アーテルディア様とは誰だ?俺が聞いて良い名前か?」


 そういうと彼女は少し考えるようにしてからブスくれた表情で告げた。


「......クレイランド帝国アズラエル皇帝陛下の歳の離れた妹だ。兄上の二つ年上で兄上が学園を卒業後、半年から一年でこちらに嫁いでくる。王族と一部公爵家は知っているが三学期頃まで秘匿だ。......言うなよ」


「わかった」


「さて、こっちは言ったぞ?テラス席にも到着した!さあ、さっきの続きを聴かせてもらおうか?」


 目に見えて苛々している彼女だが隠したいことがあるのは彼女の方である。それをほじくらずにこの話を上手く言える方法はあるのだろうか?


「わかった。ならば、俺も覚悟を決めよう。まず、俺は何が原因かは知らないということを頭に入れて聞いてほしいが......リュシカ。俺は学園やここで寝れなくなっているリュシカに遭遇しているな?」


「ッ‼︎......そ、それは......」


  なるほど、どうやらそれがかなり辛い状況まできているようだ。何も知らないと言っているにも関わらず顔を真っ青にして震えている様を見ていると心が痛む。


「こうなると解っていたから言いたくはなかった。まず、先ほども言ったが、どうしてそうなってるかは全く知らない。だが、それが、その口調や態度に結びついてることは勘づいている。そして、俺でも解るのだから、御両親などは気づいているのだろう。しかし、学園の時期の問題かは知らないがカーレス殿はそのことを知らない。御両親が妹に甘くしているだけだと思っていて自分が言わなくてはと思っているのではないか?そして、御両親は気づいているが確証がないため、カーレス殿に何かを言うことは出来ない。だから、俺は言葉を濁さざるを得なかったのだ」


「......なるほどな。つくづく思うがそなたは本当に思慮深い大人だ。......私はつくづく子供だ」


 そう自嘲するような笑みを浮かべる彼女にエルフレッドは頭を掻いた。


「そうでもない。俺だって子供な部分はある。余裕が無ければ冷静な思慮など出来ないものだ。先ずはハーブティーでも飲んだらどうだ?」


 手を叩き、近くを通った侍女にハーブティーを二つ頼んで花を眺めながらそれを待つ。侍女の持ってきたカモミールのハーブティーに口をつけて彼はリュシカが落ち着くのを待った。そうこうしていると自身の頭をもっと良い方法があったのではないかという考えが擡げるのだ。


「......エルフレッドは聞きたいのか?」


 ポツリと彼女が呟いた。これはまた難しい質問だ。状況を見れば聞かないことが正解と解るのに個人感情で聞きたいかどうかを訊ねてくる。答えがないーー否、正解がない問題だ。


「それを聞いてリュシカが楽になるならば......」


「ふふ、そうか。慎重だな」


「成長したか退化したか知らないが俺は馬鹿なことをしたからな」


「......お前がか?」


 リュシカが信じられないようなものを見る目でこっちを見ている。


「俺は人間は失敗しなければ成功できないと思っている。成功は失敗の積み重ねだ。多かろうと小さかろうと絶対ミスをする。だが絶対してはいけないミスがある。俺はそれを解っているつもりだった。しかし、それはつもりでしかなかった」


 相槌を打つ彼女にエルフレッドは頭を押さえるように肘をつきーー。


「俺は巨龍退治から体調に変調をきたしていた。しかし、家庭教師の仕事を優先させた。出来ると思っていた。だが最後にきてフェルミナ様に禁止となっている言葉を聞かせてしまったのだ......」


 リュシカは驚いた様子で口につけていたハーブティーを外した。それを視界の端に捉えながらエルフレッドは重い息を吐いた。


「結果、酷いフラッシュバックを起こさせ発狂させ自害させようとした。最終的な話をすれば、その結果フェルミナ様は回復した。家族にも感謝された。自害しようとしたフェルミナ様を身を呈して救ったとヒーロー扱いだ。だが、それは違うだろう?そもそもフラッシュバックなど起こしてはいけないものだ。身を呈すのが間に合わなければフェルミナ様は死んでいた。ただ、禍が転じて福となしただけだ。俺はきっとミスなど取り返せると何処かで高を括っていたんだ」


 成功者はミスをするものだ。死ななければ儲けもんだ。どうにか出来るんだ。なまじ実力があっただけにそれが通用していたことを何処かで軽んじてしまったのだと今では思うのだ。


「それから俺は思慮を更に深めなくてはならないと考えるようになったんだ。今ではもうその罪さえも罰してくれるものは居ない。フェルミナ様に次に会う時は笑顔でと言われてしまったからな。フェルミナ様は異常に感情に鋭いところがある。だから、俺はそれを後悔してないと自身が思い込まなくてはならなくなった。自身の罪の意識だけで被害者(フェルミナ様)に嫌な感情を感じさせてはならないからな......」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ