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獣人族の住まいは様々だ。アマテラスを女王の頂点に置く形でかつての聖女の子孫も直轄地の女王として君臨しているのである。その為、女王の趣味趣向がそのまま反映された城・王宮が各直轄地に置かれる形となっている。その中で一際大きく純和風な様式と趣向が凝らされた奥ゆかしさと慎ましさを感じさせながらも最上位の者が住むにふさわしいという矛盾を孕んだ城に、外見年齢十台前半の少女が少し気怠そうな表情で脇息に凭れかかっていた。
満月色のウェーブがかった髪と狐耳ーー。そして、ふわふわとしたボリューミーな九本の尻尾は彼女の血族に間違いなく引継がれている。
「......もう帰って来たのか?コノハのこと故に今日は帰らんと思っておったわ。まあ良い、近う寄れ」
彼女が扇子をチョイチョイと動かすと襖を開けて入って来たのはそれはそれは大きな虎猫族の男性だ。巨龍を倒すために鍛え上げられたエルフレッドの約百八十cm、八十kmの頑強な肉体を見た目で言えば遙かに超越している。
「流石に帰れないと思ったけどニャア、シラユキ様を一人にするミャア!と追い返されてしまったミャ。まっ、姪っ子の元気そうな姿は見れたから良かったけどミャア」
「ふふふ、そうか?それは殊勝なことよ。妾もあまり放っておかれると寂しくて暴れてしまいそうじゃからのう」
冗談めかして彼女が言うと虎猫族の男[コガラシ=オオクニ=イングリッド]は「......それは冗談じゃすまないミャア」と苦笑いを浮かべた。そして、隣に寝っ転がり背後から包み込むように抱きしめると彼女はくすぐったそうに目を細めた。
「それにしても、そちはおかしな男よな?歳の頃で言えばコノハの祖母と同い年の女ぞ。そのような老体に愛を向けようなどとは連れ添って二十の年を数えても未だ解けぬ難問よ」
「何度でも答えるミャア。一目惚れニャ。六の頃に美しいお姉さんだと思ったニャ。見た目が同い年の頃に隣に立ちたいと思い、二十になって想いを告げると決めたのミャ」
シラユキは脇息を外してコガラシに身を預けると片眉をあげて微笑んだ。
「そうか。ませた童じゃが妾に目をつけるとは良い目をしていたのう。まあ、妾は半神とは言え神故に人の感覚に少し疎いところがあるが、そちの齎した人の営みにはそれなりの幸せを感じておるよ。我が子は目に入れても痛くない、その反面、自身の思い通りにならぬ歯がゆさ、未熟故の愚かさを宥めても聞かぬ強情さに腹を立てる。百を超えてから、そのような経験をするとは思わなんだ。......この感情があの愛狂いの神から齎さられていると思うと少し口惜しいがな」
「愛狂いの神とはよく言ったものミャア。聖国では絶対口に出せない言葉ニャ」
その昔、アマテラスが兄弟のことで悩んでいた際に仲の良かった神に相談した。しかし、その神は「それは愛だよ〜、愛!」と軽い調子で答えて結局何も解決しなかった。その上兄弟もアホなことをして世界が大変なことになった。怒って引きこもって引き摺られるように出てきてみれば、その神は兄弟達と酒を飲んで大層楽しんだ挙句、飲み潰れて寝入っていた。それからアマテラスはその神のことを愛狂いの神と呼んでいたそうなーー。
態々その話を自身の血筋に家宝の一つの神話として残すくらいだから相当腹に据えかねたのだろう。その為、その神の神託が未だに絶対的なグランラシア聖国は友好条約百周年を過ぎた今でも相容れない部分が多い。
「それはまあ良かろう。妾の娘達も強大な理力を持つ神の娘故にその生涯は長いものとなろう。何より人とやらは愛というもの大事にするのはそちを見てればわかる。ーーで、あれば、そのような相手が現れるのを待つのも一興かも知れぬが強さに惹かれる獣の性を持つものならば、歴代最強の男など我が娘に相応しいとは思わぬか?」
「歴代最強の男ミャア?......シ、シラユキ様、それはーー」
コガラシの背にもたれ掛かり直してキセルに火を付けて燻らせるとその煙を吐きかける。「コホッコホッ‼︎」と咳き込む彼に対して微笑んだ。
「そう急くな。我とて聖女や民は愛らしい。そちの姪が熱を挙げているのはわかる故に、その結末までは待とうではない?まぁ、私の気が長くないのはそちも知るところだろうが......」
彼女はキセルを三度四度燻らせて灰を捨てると剤を足しながら独り言のように言う。
「妾も年故に考えるだけよ。義もあれば才もある、ならばルーミャに取らせれば良き王配となろう。しかし、実際に兆しがあるのはアーニャ故に人の郷にくれてやるには惜しく癪であるが、その孫か曽孫をこちらの王族に嫁がせるならば考えなくはない、とな。......我が国の男児が不作故よのう?そちの代は豊作であったが他国に娶られおったわ......」
嘆かわしいといった表情の彼女にコガラシは頭を掻いた。判断は難しいが黄金世代を迎えるアードヤードの人材には今代の者達では勝てず、その先代に当たる獣人きっての黄金世代は次期宰相と謳われた弟のコウヨウを含めて皆国外に行ってしまった。その上、半神で”絶対女王”と呼ばれているシラユキに出来た二人の娘に見合う才を持つ者は残念ながら国内にいないのである。コガラシ自身は思わなくても不作の烙印を押されざるおえないのだろう。
「まあよい。堅苦しい話は終りじゃ。今日は娘らも帰らぬ故、逢瀬の時を思い出すのもよかろうて。そちの腕で眠る時は妾とて人の子と変わらぬのだろうな」
シュルリと寝装の帯が流れる音がした。彼女は今までの神々しく尊大な態度を寝装と共に脱ぎ捨てると可憐な少女のようなーー、そして、嫋やかな大人のような表情で微笑んだ。
「おいで、妾の愛しきコガラシよ......」
○●○●
”あちゃ〜!動き出す、動き出すかも!ミミコちゃんがーー”
友達の質問に適当に答え、その原因である兄弟に誘われ、のこのこついて行った挙句酒乱で大暴れして楽しむだけ楽しんで眠りこけた神様がそう告げる。
「えっ、今まで大人しくしていたあのミミコちゃんがついに......」
「動き出す可能性を教えて頂いたのは有難いのですが、ミミコちゃんはやめて頂けると......」
カシュミーヌと共に妹家族を見送り突然降りてきた神託に慌てて聖地へと向かったクラリスは来て早々そんな会話をし始めた二人に苦言を呈した。
「え〜、可愛いじゃない、ミミコちゃん!」
と、二度目になるやり取りを無視してクラリスはユーネ=マリア神に訊ねる。
「前々から動き出す可能性については示唆されておりましたが、そのアマテラス様が動き出したとしてこちらが即不利益を被るようなことはないと思われます。ユーネ=マリア様は何を危惧されているのでしょうか?」
するとユーネ=マリア神はどう言うべきか困った悩むなと言わんばかりの唸り声を挙げた後に告げた。
”こんな喋り方してるから真剣味に欠けるんだろうけど私の神託って結構重要なことをお願いしているんだよねーー。ただ、私の立場上、平等でなくてはならないし誰か一人に肩入れするわけにもいかない。だから今の時点ではミミコちゃん動くかも注意‼︎くらいで思ってくれてたら良いよ〜”
「は、はぁ......」
納得はいかないが、一応、注意勧告が出たと言うことを上手く伝えれば良いのだろう。とクラリスが神託の内容を吟味していると「まあ、解りました!ユーネ=マリア様」とカシュミーヌが笑顔で答える。
「ミミコちゃん危ない注意って国民に伝えればーー「お母様の今日のお仕事は微笑みながら手を振るだけの簡単なお仕事です。神託につきましては私が責任を持って伝えますので、それらしい態度だけお願いします」
「なんでよ〜、神託通りじゃない〜」
そうブーたれるカシュミーヌを無視してユーネ=マリアは”流石クラリスちゃん!天才‼︎”と嬉しげな声を挙げた。
そのやり取りにクラリスは苛々したがあまり家族に関心がないと思っていた夫が突然花束を買って帰って来て「最近、神託の聖女が辛いのかい?夫婦なのだから困った時は言ってくれ?」と不器用ながらに優しく背中を撫でてくれたことを思い出して、どうにかその苛立ちを抑えるのだった。




