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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第三章 砂獄の巨龍 編(上)
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 一ヶ月ぶりの予定がない日々である。家庭教師もホーデンハイド公爵家の方々が帰ってくるまでは入っておらず、普段話しかけてくるリュシカもいない。多くの生徒が実家に帰っているであろう時期の帰寮のために普段より人気のない寮内は少し味気なく感じた。では、両親に顔を出すのかといえば既に一度顔は見せている上に巨龍討伐が無事終わった旨は携帯端末にて伝えてある。


 新邸宅の件で進展があったそうなので何かの折には顔を出すことにはなるだろうが一日程度の滞在を今日に無理やり詰め込む必要はない。単純に昨日の今日で精神的な整理が出来ておらず、やる気が起きないというのもあった。


(次の巨龍について考えるか......)


 こういう時ですら、というより、こういう時こそ最も自身が打ち込んでいることに集中するのが一番だとエルフレッドは考えている。実際に戦うのは冬の休暇であるが生息地が中立国である砂漠の国[クレイランド帝国]であることを考えるに少しは勉強した方が良さそうだ。


(図書室に行ってみよう)


 夏季休暇とはいえ寮に残る生徒や部活動に励む生徒のために学園内で解放している場所がいくつかある。図書室はその一つでアードヤード王立学園の図書室は国立図書館真っ青な蔵書数と専門性を誇る場所である為、利用する生徒は非常に多い。少し遅めの朝食を食べて外行きの服に着替えたエルフレッドは寮を出て図書室へと向かった。


 日差しが強く、グランラシア聖国に比べて遥かに夏らしいアードヤード王国の夏はエルフレッドも思わず額の汗を拭うほどだ。学園内に入ると途端に冷房で気温が下がる為、有難くはあるが温度差に気を使わねばなとも考える。グランドにて大きな声を出して部活動に励む学園生達に尊敬の眼差しを送りながら彼は図書室へと足を踏み入れた。


「......これではなかったな」


 思わず手に取った臨床心理学書を苦笑しながら棚に戻したエルフレッドはそれを見て「なるほどニャア」と声を挙げた生徒へと振り返った。


「アーニャ殿下?」


 総じて美しい容姿を猫背で台無しにしているーー口調の割に少しオドオドして見えるアーニャの姿がそこにあった。


「いや、エルフレッド殿。別に大した話じゃないニャ。昨日の夜中、突然お祖母様ーー、ああ、コノハ様の方から”一族総出で祝いの宴をする”と連絡があってニャア。何事かと思っていたら......従妹の病が治ったのミャ?」


 いつも狐獣人と虎獣人で忘れてしまうがアーニャとフェルミナは父方の従姉妹である。よろしくと頼まれたことを考えれば少々後ろめたさもあるが昨日フェルミナに言われたばかりだ。マイナスな思考を振り払って答えた。


「ええ、少しフラッシュバックなどで辛い様子はありましたが、すっかり聡明な御令嬢へと回復されておりましたよ。きっとアーニャ殿下とも有意義なお話が出来ると思います」


 それを聞いたアーニャは九本の尻尾を嬉しげに揺らした。


「おお、それは嬉しいミャア‼︎......実はここだけの話、虎猫族の宴は中々に大変ニャア......大人達などは一日中飲んで飲まされてだから、もう素面を探す方が苦労するような有様ミャア......大したことでなかったらバックレるつもりだったけど、そんな素晴らしいことがあったなら行くしかないミャ‼︎」


「......心中ご察し致します」と告げるエルフレッドに「寧ろ楽しみが出来てありがたいミャ!ありがとミャ♪」と大層嬉しそうに答えるアーニャであった。


 実は臨床心理学書の件もそうだが度々図書室を利用することがあったエルフレッドはアーニャと何度か顔を合わせたことがあり、こうして話すことが多々あった。その為、ここだけの話なども聞ける程度の仲であるのだ。


「こうしてはおれないニャア!バックレる気満々だったから本を探しに来てたけど予定変更ミャア‼︎というわけでエルフレッド殿、妾はこのまま向かう準備する故にお暇するミャア‼︎バミューダトライアングルの謎を説き明かしてくるニャ‼︎」


 そう意気込んでいる突っ込みどころ満載のアーニャに「とりあえず、お気をつけて」と手を振ると「ありがとニャ!あっ、クレイランド帝国の資料は世界史B-3コーナーミャ!」と手を振りながら消えていった。巨龍の件は一言も言ってないハズだが以前彼女が言っていた”百万通りの中で可能性が高いものの中から五十%を越えたものの内、現在の状況に照らし合わせて抜粋したもの”ということだろう。


 常人にはさっぱり解らない話だが正解な上に探し出す手間が省けたので、エルフレッドは多少の困惑や混乱はとりあえず置いておいて、アーニャに言われた通り世界史B-3のコーナーへと向かうことにした。













○●○●













 何冊かの本を借りたエルフレッドは寮の自室に戻ると借りた本を捲っては珈琲を飲むを繰り返していた。途中でトレーニングを挟んだり食事をしたりもしたが、一日中本を読んでいたのである。そうして集めたクレイランドの情報は中々面白く興味深いものだった。


 クレイランドはその名の通り、元々は粘土質の土が多く産出された国だったそうだ。その為、粘土土器が全盛の時代に財を成して一つの国となった経緯がある。しかし、大陸南部の赤道近くの土地であり、国土自体は海なしの乾燥した地域であることから徐々に砂漠化が始まり現在は国土の半分が砂漠となっている国だ。


 単純な気温差や対応変化の有無を考えて冬休暇に行くことにしていたが、やはりそれは正解だった。夏だと下手をすれば昼夜で四十度近い気温差を味わうことになる。単純に装備の面で準備が難しく戦い始めれば最低でも一日〜二日は戦い続ける巨龍戦ではその気温差は致命的だ。


 そして、近年の新聞の切り抜きなどの情報が乗っている雑誌を捲っていくと見知った苗字が見出しを飾っていた。


 ”[アズラエル=アセト=クレイランド]皇太子殿下と[コルニトワ=アイーダ=グランラシア]第二王女殿下、御成婚”


 当時、大々的に報じられたそれは豪快そうなワイルドな青年とクールというよりは感情に乏しそうな表情の年頃の女性が国民達に祝福されながらバージンロードを歩いている写真と共に一面に掲載されたという記事だ。現皇帝陛下並びに正妃殿下であられる二人の馴れ初めや恋愛劇、結婚に到るまでの様子が記事にされているのだが、なんというか、イケイケドンドンな男性に自我が希薄な女性が絡め取られたような印象を受けるのだが......まあ未だ不仲という話はないので一つの形と言えるのかもしれない。


(グランラシアの聖女様と聞くとキャラが強いイメージが拭えないな......帰寮したらリュシカに聞いてみるか......)


 無論、中立国の正妃という立場上、リュシカとの面識は少ないかも知れないが完全な赤の他人よりは親族の方が知っていることも多いだろう。現状、この御成婚を含めグランラシア聖国との関係は良好だろうから足掛かりとなるかも知れない。


 こうやって見てみるとアードヤード王国は外交面で少し遅れをとっている印象を受ける。確かに王女殿下がまだ小さい上に学問面以外の特色の無さが足を引張っているのだろう。ーーというよりは意識したのかは知らないが聖国の政略結婚が上手くいき過ぎているようにも思えた。何らかの方法で国外への威信を強めたり信頼関係を築く必要性があるのは否めない。


(その為の英雄という面もあるか......)


 自身を過剰評価する訳ではないが巨龍を倒せる武力は国外への牽制にも使える上に他国でも解決が不可欠な七大巨龍を倒すという行為自体がある種の援助とも支援ともいえる。威信を高め信頼を築くのに重要な役割を果たしておりーー。


「話が逸れたな......とりあえず、正妃殿下についてリュシカに聞いてみよう」


 今後の予定を決め終えて普段のトレーニングを終わらせたエルフレッドは布団に入ると電気を消した。明日は聖国からの報酬を受け取るためにギルドに行かなくてはなーーと、そんなことを考えながら眠りにつくのだった。

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