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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第三章 砂獄の巨龍 編(上)
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 その日はホーデンハイド公爵家の人々とエルフレッドだけの食事会であったが、とても盛大な食事会となった。ホーデンハイド家の人々にあった心の陰りが漸く払われたのだ。まず妹が回復したことを諸手をあげて喜んだのは姉であるルーナシャだった。夜ご飯だと言っているのに自身の部屋に持ち帰ろうとするくらいであった。


 初めて出会ったフェルミナの父で法務大臣を勤める[コウヨウ=スサノオ=ホーデンハイド]などは「娘を、娘をありがとう!本当にありがとう‼︎」と眼鏡を外して大号泣ーーそのまま娘に飛びつくように会いに行っていた。


「もう、お父様ったら......」


 フェルミナは困ったように笑いながらも心から嬉しそうな表情で抱き締められていた。家族の皆が歓喜し時に感涙している。そして、フェルミナも家族が自分を嫌っていない愛してくれていると解って目元を赤くしている。


 その眼前に広がる幸せな家族に目尻を熱くしながら、この光景を産んだのが自分だと考えるならばエルフレッドも少しは自責の念を抑えることが出来そうだと考えるのだった。




 そして、食事も終わり寮へと帰る時間となった。戻り次第、今後の予定を立てようと考えたエルフレッドはエントランスにてホーデンハイド公爵家の方々に見送られている。


 大層心配していたという虎猫族の女王コノハ=ツクヨミ=アキカゼに連絡をしたところ「明日向かう」と連絡があり「いえ、突然の御来国は問題になるのでこちらから伺います」とホーデンハイド一家は急遽里帰りすることになったのだ。そうなっていなければお礼に泊まって下さいコースだったのでエルフレッドは少し安堵した。


「君には本当に感謝している。家庭教師ということだがこれからも家の娘をよろしく頼むよ!」


 虎柄の尻尾を揺らしてフェルミナと同じ虎耳を動かしながらコウヨウが告げた。握手する手を両手で包まれてウンウン頷かれると申し訳ないともすいませんとも言えず「志望校に合格出来るように最大限尽力させて頂きます」と微笑ながらに答えるに留めた。


「旦那も言っているけれども私も本当に感謝していましてよ?一度お義母様に御挨拶に行きますから少しの間は家庭教師をお休みにさせて頂きますけど帰ってきた時はフェルミナのことをよろしくお願いしますわ」


「かしこまりました。至らぬところがある私ですが、こちらこそよろしくお願い致します」


 もう自身のそれに言及することはしないが真実を知るものとして頭を下げれば「もう少しレイナちゃん似だったら楽だったと思うのですの」と苦笑を返された。


「エルフレッド様......姉としてフェルミナが回復して本当に嬉しいです。私自身、姉としてもっと出来ることがあったと感じておりましたから......これからはもっと姉らしく妹を悲しませなくて良いように努力しますね」


 腕の中にいるフェルミナをヒシッと抱きしめて少し悲しげな表情を見せたルーナシャにフェルミナが少し心配そうな表情を浮かべている。姉より妹の方が獣人としての因子が強く、暴力に晒されたら危険な面があったのは事実だが、それをおいても立ち向かう必要があったのだと彼女は後悔しているのだろう。


「ルーナシャ様きっと大丈夫です。今の二人を見ていれば本当に仲の良い姉妹なのだと誰もが思うでしょう。だから、そのような思い詰めた表情はしないで下さい。フェルミナ様が心配そうにしておりますよ?」


 少し揶揄うように告げるとルーナシャは「あら、早速心配させてしまっては姉失格ですわ!」と涙を拭って笑って見せた。


「エルフレッド様......」


「どうしましたか?フェルミナ様ーー」


 この約三ヶ月間の彼女の姿は既になく、そこに居るのは少し小柄なーー、しかし、とても華やかで可憐な公爵令嬢である。纏う雰囲気の違いに少し寂しさを覚えるが、これが本来の彼女なのだと自身の心の何処かでしっくりしていて安堵する気持ちがある。


「エルフレッド様のお陰で私はこうして家族の暖かさを知ることが出来たのです。この気持ちを生涯忘れることはないでしょう。貴方は責任感が強く誠実な方です。私の為に身を呈してくれたにも関わらず他にやり方があったのではないかと心を痛めている。私はその高潔さを尊敬する反面で辛く悲しく感じてしまうのです。どうか私のことで気に病まないで欲しい。自分を責めないで欲しい。そう願うのは私の我儘でしょうか?」


 エルフレッドの腕の裾を掴んだ彼女は瞳を潤ませた。そして、その様子を見ながらエルフレッドは堪えきれずに天を見上げる。思い返せばフェルミナは人の感情に異常に鋭いところがあった。それは幼児と化していた時ですらそうだった。自身が辛いと思えば頭を撫でて抱きしめてくれた彼女の本質は何も変わっていないのだと、ただただ気づかされる思いであった。


「ハハハ、これはすいません。これでは私はルーナシャ様のことを注意できる立場では御座いませんね。解りました。整理する時間は必要ですが次に会った際は心からの笑顔でお会いすることを約束致します」


「エルフレッド様ったら本当ですよ!」とルーナシャが笑うのを見て「本当ですね」と笑い返す。


「次は心からの笑顔で......約束ですよ?」


 恥ずかしそうにしながらフェルミナがエルフレッドに小指を向けてきた。その姿が「約束のら‼︎」と快活に笑う彼女の姿と重なってエルフレッドは心が暖かくなる気がした。


「約束です」


 彼女の小指に小指を絡めてエルフレッドはそう微笑むのだった。

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