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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第三章 砂獄の巨龍 編(上)
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3

 コノハお祖母ちゃんが優しく抱き締めてくれている。頭を撫でてくれている。でも、なんでだろう、コノハお祖母ちゃんは泣いている。怒りに体を震わせている。


「.......フェルミナをこんな目に合わせて......ただで済むと思うニャア......」


 コノハお婆ちゃんがゾッとするような声で呟いた。


 ここはお家の中だ。お母様が私を強く抱き締めた。ちょっと苦しいけど、なんだか久し振りで嬉しい。でも、凄く悲しい。お母様が悲しみに震えている。そして、お母様も泣いている。


「ーーごめんなさいねぇ!フェルミナの辛さに気づかない馬鹿なお母様でごめんなさいねぇ‼︎」


 お母様が私を傷つけるようなことをしてるハズがないのに変なお母様だと思った。


 だけどなんでか解らないけど私の瞳からも涙が溢れて泣いたんだ。


 そしたら、お母様から感情が無くなっていって離さないと強く抱き締められた私の耳に冷たい声が落ちてきた。


「もう大丈夫だからねぇ。フェルミナを傷つけるものは"全部捨てて来たからねぇ"」




 目が覚めた私は走り出していた。侍女が私の名前を呼んだ。でも、止まるわけにはいかなかった。あの白色は、いや、エルフレッドは私を助けてくれたんだ。違うと誤解を解かなくてはならない。じゃないと、お母様がエルフレッドをーー。


 リビングの扉を勢いよく開けた。私は荒い息のまま驚いた表情のお母様に近づいた。その前にはーー。


 その前には痛々しい包帯をつけたまま平伏して頭を下げるエルフレッドの姿があったのだ。













○●○●













 自身で傷を癒やし仮の寝室へと案内された空き部屋にフェルミナを眠らせたエルフレッドは自身の余りの愚かさに怒りで涙が浮かんできたが、それを拭いながらリビングへと向かった。


「私は愚かでした。疲れていたのなら休暇でも何でも申請するべきでした。フェルミナ様に酷いフラッシュバックを起こさせて発狂させてしまった。許されるようなことではありません。厳罰を望みます」


「エルフレッド君......」


 ユエルミーニエは切なさを感じさせる声色で呟くように名を呼んだ。いや、それは零れ落ちただけの言葉だったのだろう。


「器物損壊も全て私の罪です。過去の幻影を呼び起こしてしまったのですから言い訳のしようすらありません。その分の損害賠償の請求も私個人にお願い致します。真に申し訳ありませんでした」


 頭を擦り付けん限りに平伏しているエルフレッドにユエルミーニエは少しの嗚咽を抑えてハンカチで目元を拭った。


「エルフレッド君。どうか頭を上げて。私は貴方や貴方のお母様には本当に感謝しているおりますの。貴族として全く罪に問わないということは出来ないけど。まずはフェルミナの状態を見て最大限の恩情をーー」


「お母様!!」


 リビングの扉が跳ねるようにして開いた。そして、姿を現したのはでフェルミナである。しっかりとこちらに視線を合わせて何かを訴えかけようとしている姿にユエルミーニエは驚いた。明らかに違うのだ。幼気なと言えば聞こえが良いが中等部二年生の女の子が浮かべる表情ではない最近の呆けた表情ばかりしていたフェルミナと違う強い意志を感じる瞳と表情がーー。


「フェルミナ......貴女......戻ってーー」


 言葉にならないと口元を両手で抑えたユエルミーニエ。そして、その前で平伏するエルフレッドを見た彼女は何かを()()した表情になると真剣な表情で母親に縋りついた。


「お母様違うの!違うのです!エルフレッドは......いえ、エルフレッド様は私を救ってくれたのです!呆けた夢から覚めて混乱していた私をその身を呈して助けてくれたのです‼︎だから、お願い‼︎エルフレッド様を許してさしあげて‼︎お母様、お願いだからーー」




「エルフレッド様を"捨てたりしないで‼︎"」




 呆気にとられていたユエルミーニエは彼女の言葉を反芻した後に、その顔に泣き笑いの表情を浮かべると縋りついて涙を流す娘を抱き締めて優しく声を掛けた。


「フェルミナ、貴女はおかしなことを言いますねぇ?貴女を救ってくれた”恩人”を私がどうして捨てることが御座いましょう?感謝しか浮かばないのですの」


「ユエルミーニエ様‼︎しかし、それではーー」


 結果良ければ全て良しではない。下手をすれば廃人になるーー否、命を捨てるような最悪の結果だってあった。感動を邪魔して申し訳無いという気持ちは確かにあったが罰こそあれど感謝などもらって良いハズがない。


 しかし、ユエルミーニエは首を横に振るとフェルミナを抱き締める力を強めて優しく撫でながら言葉を紡いだ。


「こうもなっては私には罪に負えないのですの。貴女が被害者と呼ぶ我が娘が貴方を恩人と呼んでいる、それが私にとっては全てではなくて?ですがエルフレッド君が仰ることも正しいことですの。ならば、フェルミナが落ち着いた時にフェルミナが貴方を裁く。それが私が出来る最大限の譲歩でしてよ?」


 その後、フェルミナの耳元で何やらを話しているユエルミーニエに対して、エルフレッドは再度頭を下げながらこう返す他なかった。


「かしこまりました。フェルミナ様、私は厳罰を望んでおります」


 フェルミナからすれば助けた恩人が告げる不思議な言葉に困惑するような瞳を向けて彼女は母親に視線をくれた。娘の不安そうな顔に「......エルフレッド君は本当に生真面目ですの」と困ったように笑ったユエルミーニエはその手を二回程打ち合わせた。


「今日の食事は家族皆でとりましょう。エルフレッド君、今日は恩人としての振る舞いをお願い致しましてよ?」


 そう微笑んだユエルミーニエを見てエルフレッドは自身に対するその感情を抑え込むしかないと悟った。いくら自身に罪悪感があり、処罰されることが正しいとしても彼女たちにその気がないのにそれを望むのは唯の我儘であるとも言える。しかし、自身を許すことは到底出来ず、納得出来ない気持ちに苛まれながらもエルフレッドはどうにか言葉を返した。


「かしこまりました。ユエルミーニエ様がそれを望むなら......」


 大きく深呼吸をして漸く立ち上がったエルフレッドは、その身嗜みを整えて振る舞いを改めると自身に用意された席へと着くのだった。

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