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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第ニ章 氷海の巨龍 編
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第二章 エピローグ

 イメージの崩壊。それは聖国に来てから嫌という程味わったものだった。敬虔なる信徒の国、規律と秩序を重んじる人々、メディアで交わされる厳格な教えの数々ーーそれは妄想だったかもしれないが確かに自分の中のイメージを打ち崩していったのだ。そして、大いに混乱して大いに惑わされた。そのような経験は今後そうないものだろうと思っていた。


 それが普通だろう。グランラシア聖国は聖王様曰く四十年前の神託の聖女選定によって変わった、と。それまでは皆のイメージ通りの国だったと。そのような特殊な事情がないと本来ならば変らないものだろう。


 元来、イメージとはそういうものだ。無論ギャップはあるだろうが、それは人間が牛に変わるものではないし、ましてや突然別の存在に変異するでもない。想像と違ったという程度のものだから許されるのであって、混乱を招かないのであってーー。













「目が覚めたようだな?朝御飯はいるか?」













 例えば15m程の大きさの巨龍が頭にバンダナを巻いてお玉片手にエプロンをつけて朝御飯の必要性を聞いてくるなんてことはありえないだろう。


 エルフレッドは自身が寝かされていたライジングサン式の布団を捲って頭を押えた。


「いや、少し待ってくれ。俺は少し頭が可笑しくなっているようだ」


「そうか......まあ、氷海の巨龍と戦って命を失いかけていたから仕方ないな。あのまま、あそこで寝ていたら回復する前に凍死していただろう。そうだな、どんな症状が出ている?」


「自覚があるのは幻覚だな。場合によっては幻聴が聞こえているのかもしれない。嗅覚も大丈夫か解らん......」


 豚汁を思わせる温まった味噌と出汁の香りなどはこんな場所で香るハズがない。彼の言葉に巨龍は憐れな者を見詰めるような視線を送った。


「ふむ、前途有望な若者が残念なことだ。まあ、しばらくはゆっくりとしていくといい。我は悠久の時を生きていくので人の時間ならば一生あっても尽きることはあるまい」


「......一つ良いか?」


「どうした?人族の英雄よ?」


 それはどうやら認めたくないだけで現実なのかもしれない。そう考えたエルフレッドは自身の五感を信じて彼に問いかけた。


「お前は天空の巨龍アルドゼイレンなのか?」


「如何にも。我は天空の巨龍アルドゼイレンだ。といっても、本来は名などなく人族が勝手につけたものだがな」


 とても流暢な人語でそう語りながら壺から糠漬けを出して包丁で切り始めた巨龍を見てエルフレッドの思考は停止した。


「色々とすまない。俺の五感は何も間違っていなかったようだ。ただ自身の常識が崩壊したことに頭がついていかなかっただけだったようだ......」


「ふむ、そうか。まあ、生涯とは驚きの連続だからな。人生は摩訶不思議なアドベンチャーだと昔の人が良くーー「その摩訶不思議なアドベンチャー過ぎる存在はお前だ‼︎」


 エルフレッドが叫ぶとアルドゼイレンはポンと胸の前で手を打った。


「なるほど、お前は我を見て混乱していたのか。まあ、確かに人族被れは龍にしては珍しいからな。ハハハーー」


「人族被れ......珍しいというか、そんなヤツ他にいるのか?」


 エルフレッドが呆れているとアルドゼイレンは腰に手を当てて大笑いし始めた。


「ハハハ!そう言えば我以外見たことないな!ハハハ!」


「......だろうな」


 布団から出ながら頭を押えたエルフレッドは苦笑いを浮かべるのだった。




 結果を言えば三日もお世話になってしまった。料理も上手く中々に家庭的である。その上に帰りは背中に乗せて送ってくれるとのことだ。黒馬とは意志の疎通が可能なようで大人しくのその腕に抱えられている。


「アルドゼイレン。この三日間は本当にお世話になった。だが、次に会ったときはーー」


「ハハハ、まあ気にするな。我々龍が家畜を襲い人に害なす存在なのは代わらぬこと。今日は友でも明日は敵同士、それもまた一興だろう?」


「......」


 その背中に跨って空を飛んだ。夕焼けが落ちていき太陽が近い。


「アルドゼイレン」


「なんだ?エルフレッド?」


 到着は明日の昼頃らしい。聖王の住まうリーゼブルグに向かう途中、エルフレッドが言った。


「世代を感じるな」


「ハハハ、人の世が進むのは何と早きことよ!」


 そう楽しげに笑う彼もまた家畜を襲い人に害なす存在なのかとエルフレッドは少し切ない気持ちになるのだった。

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