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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第ニ章 氷海の巨龍 編
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30

 海面へと煌びやかな月の光が差すのが見えてエルフレッドは笑った。既に三度繰り返して水中と地上を行き来して戦った結果思うのは意気がった割には無様だな。ということである。無論こちらとて無抵抗ではない。傲慢ちきな鼻っ面を叩き割ってやったし横っ腹の鱗を剥がしてやった。だが、やはり、人は陸地で生きる生き物なのだろうと再認識したところだった。


 泥のように重い頭に酷い疲労ーー既にジュライとの戦いの時をも凌駕している。今、この瞬間を見れば魔力も充足しているし怪我はない。だが、それは大概やりたい邦題された挙げ句に回復しては海に潜ってを繰り返しているだけだ。噛みつかれ、突き飛ばされ、押さえつけられ、凍らされてーー。ヌルヌルとしたからだで組付かれるだけで異常な程の疲労感である。


 三度目の今回などはこんな思いをしながらなんで俺は戦っているのだと自問自答しながらの水中戦だ。圧倒的不利な状況が延々と続いていることで精神が磨り減っている。


 しかし、その中で光明が見えたことが、この戦いを継続させている理由とも言えよう。


 その光明とはエルキドラはあまり回復という手段を持ち合わせていないということだ。凍らせて止血したりはするが、例えば、ガルブレイオスのような不死鳥を思わせる超回復的魔法を使うことはないのである。そして、配下の魔物というのも持ち合わせていないようだ。どうも、この巨龍は孤高であるが故に策を張り巡らせて超然とした回復を持たぬ故に盤石の体制を取りたがるのだと解った。


 逆に言えば、それだけの能力しか持たぬのに他の巨龍と並べられるだけの強靭さを持っているということだが北を背負い逃がさずに居れば勝機はあるということだ。


(クソッ‼︎消耗が激し過ぎる‼)


 尾の攻撃を障壁で受けて大剣で弾き飛ばし、噛み付いてくる牙を大剣で受けて押し返したりしていると見る見る内に酸素が足りなくなっていく。もう初回の水中戦の半分くらいの時間しかもたない。


 虫のように纏わりついたことを根に持っているのか必要に攻撃を加えて逃さんとする巨龍にエルフレッドも苛立ちが隠せなくなる。目の前で風の魔力を発生させて大量の泡で目暗ましをしながら水面に向って飛翔する。


 ーーが、突如体が横回転し始めたことで上に上がることが出来ない。締めつけれ吸い込まれていく感覚にエルフレッドの視線がエルキドラを捉えた。自身の周りを円を描くように高速移動を繰り返すーーそれは今エルフレッドを吸込む水流現象を引き起こしている。


(渦潮か‼︎)


 こちらが疲れ果てて無駄に酸素を使う時を狙っていたのだろう。大規模の渦潮がエルフレッドを湖底へと引きずり込んでいく。湖底は闇だ。まるでブラックホールのようにぽっかりと黒い穴が空いている。あの穴に引き込まれた行き先は何処か?


 決まっている大海の何処か、海の藻屑だ。


 エルフレッドは残った風の魔力を噴出して岩陰に隠れて、それをやり過ごす。魔力も体力も限界は近いが魔力回復薬を飲むには水流が強過ぎた。そのまま長い時を過ごしたように思えた。魔力が底へ底へと向かっていく。大凡素潜りの状態に近づいてきた頃にそれはゆっくりと止まった。


 エルキドラの姿は見えない。そのことに疑問を覚えたがそれより先に頭は酸素を欲していた。エルフレッドは水面へと一気に上昇ーー、月の光が後一歩のところまで広がっていた。


 次の瞬間、ゴキリと左の肋骨が音を鳴らした。


 飛び上がるイルカのように天空まで飛び上がったエルキドラに咥えられて天高く舞い上がったエルフレッドはその絶望的な状態に笑いそうになる。どうやら、この巨龍はこの状況さえも頭にいれていたということらしい。渦潮に巻き込まれて大海へと投げ出されたであろうエルフレッドが岩陰に隠れやり過ごしている可能性さえ考えて姿を闇に潜めていたのだ。


 食むだけで肋骨を砕くのだ。水面に叩きつけてバラバラにするつもりか?その顎で喰らいついて噛みちぎるつもりかーー。


 降りかかる絶望を前にしてエルフレッドは血を吐き出すと巨龍に向けてボソリと呟いた。













「貴様はこれでも喰ってろ」














 それは巨龍の中で大爆発を引き起こした。エルフレッドは風魔法の万能性を知っている。魔力不足の火力不足だが、大気を超圧縮して作ったプラズマは巨龍の内側を破壊するには十分だった。別にプラズマは火属性や雷属性の専売特許という訳ではない。大枠的に見て空気を操り圧縮も可能な風属性にだって起こすことは出来る。


 口の中から逃げ出して風の障壁を張って命からがら陸地に上がったエルフレッドは海水交じりの水と共に真っ赤な鮮血を吐き出しながら「ざまあみろ‼︎」と吐き出して魔法回復薬を飲んだ。そして、自身に回復魔法を掛けると疲れもそのままにその場から飛翔した。


 瞬間、大地を粉砕する尾が叩き付けられた。怒りに満ちた表情の巨龍が口内から血を撒き散らしながらエルフレッドを追って遂には大地へと上がってきたのだ。流石に内部の欠損は凍らせることが出来ないのか怒りの咆哮に合わせて大量の血が撒き散らされている。


 その血を浴びながらエルフレッドは風の翼を動かして湖の方へと旋回する。辺りを氷結のブレスを撒き散らしながら追って来る巨龍を尻目に破壊された馬小屋から愛馬が逃げ出すのを見て安堵の息を吐いた。


 畔の村にあまり被害を出さないようにとの旋回だったがエルキドラの目にはもうエルフレッドしか映っでいないようだ。氷結のブレスを避けると天に浮く雲さえも凍らせたらしい。天より雹が降り注ぎエルフレッドの視界を埋め尽くした。


 尾による叩きつけが苛烈さを増していく。齢三百年は有るだろう大きな木々を紙屑のように叩き潰して大地の一部を新たな川のような大きな溝へと変えていく。


 視界が悪い中で遂に尾を障壁越しに受けたエルフレッドは風の膜越しで全身が爆発したような衝撃を受けて一瞬意識が飛んだ。その隙をついたのか飛び上がったエルキドラが食い殺して引きずり殺さんとエルフレッドに牙を向いた。エルフレッドは背中にからい直していた大剣を湖水ごと引き抜いて障壁と共にそれを真正面から受け止めた。


 地面を削ってズリズリと後退していくエルフレッドだったが遂に地に踏み込んでその足を止めた。


「ーーオオオッ‼︎」


 鬼の形相で真っ向からエルキドラとの力勝負を見せるエルフレッドは火事場の馬鹿力故に自身の血管が血を吹き出しているのを感じながら風の力と共に巨龍の巨体に挑む。


 その大きさ、重量、そして、力がエルフレッドを押しつぶし、その牙で噛みつかんとしているのだ。力むたびにお互いが血を吐き出してジリジリと押され押し返されを繰り返していた。


 それだけの時間が延々と過ぎて行った。月が見えていた時間は終わりを告げて既に太陽が空に登りはじめている。そして、グラグラと揺れる視界の中でエルフレッドは見た。


 相撲をとっていたエルキドラの瞳が明滅している。そして、徐々に滅の時間が長くなっていく。拮抗していた力が弱まっていく。ズリズリとその身を擡げていくーー。













 そして、大きな音を立てて崩れ落ちた巨龍が二度と動くことはなかった。全身の力が抜けたエルフレッドは後ろに倒そうになって慌てて風魔法を唱えた。そこが湖の淵であったからだ。後一歩後ろに下がっていたら湖に引きずり込まれて命を落としていたの自分だったのだろう。そして、あの時放ったプラズマが致命傷だったようだ。死期を悟り道連れにしようと怒り狂っていたようだ。


 戦い方から好きにはなれそうになかったが、その執念は敵ながら天晴といえた。その死体の横で大の字になった彼はエリクサーを煽る。その震える体では上手く飲めずに当然の如く浴びる形になってしまったが致し方無いと思えた。


 この辺り一帯は異様に冷えて疲れている身体には気持ちいいが堪えるものがある。回復したら即座に離れないとーー。そう考えながらも目を閉じようとしていたエルフレッドは自身の上空を暗い影が差す光景に頭を上げようとした。


 しかし、もう指の一本とて上がりはしない。絶対絶命の危機の中、その視界は間違いなくその姿を捉えていた。


(願わくば、最後の日にならんことをーー)


 十全たる稲光色の巨龍。誇り高き天空の巨龍の姿をーー。

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