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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第ニ章 氷海の巨龍 編
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 その後、エルフレッドは陸上や空中から旋回して距離を詰めるなどの対策をとってみるが巨龍も当然の如く湖の中心で旋回するだけだ。しかし、その動きを観察することで湖の構造は解ってきた。どうもこの湖は北の海に向って法螺貝を斜めに置いたように伸びている。要するに自身が北を背負えば何の障害もなく逃げられるようなことはないのだ。


 とはいえ日も大分落ちてきた。ニ本目の魔法回復薬を飲みながら少し思考を巡らせてエルフレッドは覚悟を決めた。薄い風の膜を展開ーー、その上で酸素を確保すると湖の中へと飛び込んだ。


 その瞬間巨龍が物凄い勢いで突っ込んできた。喜々としてるようにも見えるそれにエルフレッドは苛立ちを覚える。


(いけ好かない......嫌がらせのような戦いが好きな巨龍だ)


 きっと軍略ならばこちらの負けだ。大した傷を負わせることも出来ず相手の得意なフィールドに引きずり込まれたのだ。水に落ちた虫を魚が喰らう。正にそのイメージだろう。しかし、こちらは虫ではない。知恵を持った人間だ。態々相手のフィールドに入ったのだ。全く策がないわけでも何も出来ないハズでもないのである。不利には変わりないがエルフレッドの口角は見る見る内に上がっていった。


(水の中ならこちらのものか......そう舐めているお前に人間が何処までやれるか見せてやろう‼︎)


 その瞬間、エルフレッドの気持ちに応えるように構えられた大剣がギラリと怪しく輝いたように見えた。


 眼前に広がる大きな顎ーー、その口内奥まで並ぶ大小無限に連なる牙。それが今エルフレッドに襲いかからんと彼の眼前まで迫っていた。













○●○●













 刻一刻と進む時間ーー。暗い空に幻想的な光が浮いた。聖王の住まう王宮に咲き誇る数多のユーネ・トレニアが、その時を待っていたかのように一斉に咲き誇り輝いている。


 その幻想的な美しさの中をリュシカはゆっくりと歩いていく。寝間着で飛び出して素足だ。その瞳は虚ろで一筋の涙が頬を濡らしていた。今日という日はあまりにも辛い。痛い。苦しい。きっとこれまでの反動のようなものだ。しかし、誰に言えたものでもない。隠すと決めたあの日から何れは隠せなくなるその日までーー。


 ユーネ・トレニアの光が彼女を励ますかのように明滅し風に揺られている。貴方に神の祝福をーーと訴えかけている。リュシカはこの夏休みに両親が勘付き始めていることに気付いていた。


 それはそうだろう。今年は今まで一番辛い日々だ。状態が悪化を続ければ両親が感づくのも当たり前だ。このまま進めば来年はもっと辛く、再来年はーー。


「あら、リュシカちゃん、こんなところに居たのね?」


 随分呑気な声が聞こえてリュシカは振り向いた。何故ここに彼女がいるかは解らなかったが、その心に光が差した感覚があった。


「お祖母様......」


「おいで。ユーネ=マリア様も心配されていたのよ?」


「ーーお祖母様っ‼︎」


 腕を拡げるカシュミーヌにリュシカは飛びつくように抱き着いた。


「お祖母様、私、私ーー‼︎」


「いいのいいの。何も言わなくてもーー。女の子には親にも言えない秘密の一つや二つはあるものでしょう?辛くて泣いたっておばあちゃんがこうやって抱きしめてあげるからねぇ」


 声が響かぬように、しかし、想いをぶつけるようにリュシカは涙を流した。


「私、辛い、苦しい‼︎」


「えぇ、辛くて苦しいわねぇ」


「でも誰にも言えない言えないの!」


「えぇ、そうねぇ。秘密だものねぇ」


「でも、お父様もお母様もきっと気づいてる!」


「ふふふ、あら、そうなの?流石親ってとこかしらねぇ」


 よしよしと頭を撫でながらカシュミーヌは抱き締める力を強めた。


「わ、わたしは悪い子かな......」


「いいえ、リュシカちゃんはとっても良い子よ?どうしてそう思うの?」


「だって、私は、私は嘘吐きだから!みんなも自分も騙して生きてる!最低の嘘吐きだから......」


 カシュミーヌはそれを聞いて「おかしなことを言う娘ねぇ」と微笑んだ。


「女の子はねぇ、自分を守る為に嘘を吐く生き物なのよ?秘密の一つや二つなんてって言ったけど、それと同じくらい嘘の一つや二つなんて当たり前じゃないかしら?」


「お祖母様......」


 リュシカは少し気持ちが落ち着いてきたようで啜り泣く声は徐々に小さくなっていった。


「......でも、お祖母様は嘘を吐いていないでしょ?」


「私?あら、リュシカちゃんは私を正直者だと言ってくれるの?本当に嬉しいわぁ」


 ふふふと誤魔化すように笑っている祖母を見てリュシカは少し怒ったような表情を見せた。


「もう、お祖母様ったらからかわないでよ......」


「あらあら。おばあちゃんはリュシカちゃんを怒らせる気はなかったのよ?ごめんなさいねぇ」


「......もう、お祖母様ったら」


 そう呟くように言って少し眠そうにうつらうつらとし始めた孫を連れてカシュミーヌは歩き始めた。「お祖母様......」と微睡んでいる孫の頭を撫でながらカシュミーヌは思うのだ。


 リュシカはきっと考えもしてないのだろう。全知全能のユーネ=マリア様からの神託でカシュミーヌは孫の秘密を全て把握している。そして、それは彼女が幸せになる為に自分で乗り越えないといけないということもーー。


 もし、知っていることを隠すことが嘘ならばカシュミーヌはこの瞬間にもリュシカに対して嘘を吐いているということになる。


(まあ、この娘も何れは解るでしょうけど。それが母や祖母というものですからねぇ)


 女の子は自分を守る為に嘘を吐くと教えた。そして、母になれば子供の為に祖母ともなれば孫の為に嘘を吐いていくものである。別に騙すわけじゃない。いや、時には守る為に騙すけども要は良い嘘と悪い嘘があるというだけの話である。


「リュシカちゃん?貴女の未来は神に祝福されてるから心配しなくて良いのよ?」


 そして、ベットの上ーーすっかり寝入ってしまった孫を見て、ついついうっかり聖女ちゃんな一面を出してしまうカシュミーヌであった。

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