表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第ニ章 氷海の巨龍 編
48/457

27

 大陸最北端の海に通じる湖ーー、レヌ湖は聖国の王都より通常の馬を走らせて約一週間程度の距離にある。その距離も、この黒馬なら四日〜五日の距離であった。近隣まで飛空艇を出す案もあったそうだが巨龍が活発に動いている地域に飛空艇を出すのはエルフレッドとてオススメ出来ない。


 畔の村での馬小屋利用の許可だけを得て早々に黒馬で駆出したのである。朝食はヤルギス公爵家の面々にカシュミーヌ様とクラリス様を加えた形だった。リュシカは何処か疲れた様子だったがカシュミーヌ様が孫可愛いを全面に出して甘えさせるものだから困ったような表情を浮かべながらも徐々に安らいだ表情になって甘えていた。


 それを見ながらエルフレッドは一安心したものだ。思春期のような難しい年頃の娘でも祖父母にだけは甘えられたりするものである。空走る雲と一体になってエルフレッドは思考しながら黒馬を走らせる。青は灰色となり雨を降らせたが関係ない。風の障壁を黒馬ごと張り巡らせて直進ーー、泥濘んで馬が走りづらくなるまでは走らせるつもりである。


 天ががなり稲光が落ちる。エルフレッドの上空を大きな何かが飛来してゆく。その影に彼がハッとして空を見上げれば、大きな尻尾が挑発するように揺れて飛び去って行くところだった。


 エルフレッドはそれを見送くると頬を釣り上げて笑った。


 今まで確証はなかったとはいえ態々あちらから姿を見せてくるとはー。




 天空の巨龍、アルドゼイレン。




 西洋のドラゴンを思わせる稲光色の巨龍は誇り高き様相で人間の挑戦者の姿を目に焼き付けると自身の領域である空へとその姿を小さくしていく。雨が止み、空が開け、青々とした光が見えた時、今までの天候不良は天空の巨龍が起こしたものだと気付かされた。無意識に震える体の昂りにエルフレッドは利き腕を反対の手で抑える。


 今までの巨龍が足らなかったという訳ではない。しかし、ジュライが老体であった。ガルブレイオスが若輩であったと言われれば強ち間違いでもない。それに比べて、あの天空の巨龍の十全とした姿は脳裏に焼き付いて離れそうにない。


「......ハハハ」


 口から意味のない笑いが溢れた。空を見上げる為に降りた黒馬がブルリと身を震わせているのに気付いてエルフレッドはその頭を優しく撫でる。


(夏まで待てるだろうか......)


 そう思考するが甚大な被害を出している氷海の巨龍に対して天空の巨龍の被害はあまり報告されていない。今更討伐対象を変えることなど出来ないのだと思い知らされる。何より氷海の巨龍エルキドラがどれほどまでかも解らないのに目の前のそれに飛びつくなど余りにも愚かだ。今考えるべきはそこではない。


(氷海の巨龍......せめて、この身を震え上がらせる存在であることを願う)


 巨龍が十全であることを願うなど元来の冒険者とすれば馬鹿らしいことだろう。どんな状態の巨龍を倒したとして、その栄誉にさしてかわりはないのだから当たり前だ。


 だが、エルフレッドは思うのだ。人間など全盛期で戦えるのは十年〜精々二十年だ。その十年〜二十年などは巨龍の生涯ではあまりにも一瞬で成長するにも老いるにも足りない。自分達のような冒険者は逆に考えればどんな状態であれ、その時代の巨龍と戦うという選択肢しか取ることが出来ないのである。老いていようが若すぎろうがである。そして、エルフレッドのような巨龍討伐を行う人間ならば一度は考えるだろう。


 どの巨龍か一体だけでも十全の巨龍と戦うことが出来て、その巨龍を倒すことが出来たならば、それこそ真の最強なのではないかとーー。


 天空の巨龍が飛び去った空を見つめていたエルフレッドは目的から外れていた気持ちを切り替えると愛馬である黒馬に乗り直し気持ち新たに水の巨龍に向けて風を切り始めるのだった。













○●○●













 野宿に携帯食料を齧りながら旅とはこういうものだろう、とエルフレッドは苦笑した。伯爵位、将来は辺境伯位と考えれば侯爵、一部公爵と代わらないくらいの子息が野宿に慣れている方が可笑しいというものだが、そこは平民歴の方が長いのだ。許して欲しい。


 大きめの布を木に括り付けて簡易的な馬小屋を作って空間開放の中に入れていたテントを張って中に入る。魔物避けの微妙な匂いと薬膳交じりの美味しくもない鍋を食べていると寧ろ帰ってきた感じがしていた。夜目に慣れる為、テントから離れて魔物を狩っていると辺り一体の闇が異様に強いことが解る。それは特別な異常ではない。人の生活光がない森というのはこのように真っ暗闇であることが多いのだ。


 特に巨龍退治というのは日を跨いで戦うことが多い上に海を領域とするエルキドラは闇夜に強いことが想像できた。何も解らぬ深海に夜目の開かぬままに引きずり込まれれば命はない。Cランクの魔物を瞬殺で片付けて血抜きをして焼いて、その肉を喰らう。獣臭さと野性味溢れる味が身体を滾らせる。まあ、常人なら不味くて吐き出しているだろうがーー。


 清めの風にて全身を清め、一度、就寝のため目を閉じた。頭の中には様々なことが渦巻いていた。


 人と関わるほどに増えていく、問題、悩みー。そして、それは自分だけでは解決出来ず完璧に理解することも難しい難問だ。そして、ものによっては一回の失敗も許されないのである。エルフレッドは成功体験から失敗することの重要性を知っている。否、一度も失敗しないで成功する人間などこの世にいないのである。


 逆に難しい言葉で誤魔化して失敗という例を知らなかったばかりに取り返しがつかなくなることさえ幾らでもあるのだ。 今日と言う日を零とするなら何かをすれば一かマイナス一となるだろう。しかし、何かをしなければ零のままだ。そんなことは携帯端末のゲームだって一緒だ。いや、人生はもっと悲惨だ。何もしなくても老化していき社会的地位や信用を減らして何もしなくてもマイナスがついていく。恐ろしいほどの勢いで増えていく。だから、今日の行動がマイナス一だったとしても行動しなくてはならないのである。


 とある学生はとある成功者に質問をした。その学生は訳知り顔で言ったのだ。


「夢を追うことにはリスクがある。そのリスクを負うのが怖い。失敗するリスクを追ってまで夢を追うべきか?」


 成功者は少し困った様子で答えた。


「君はリスクというが社会的地位もない学生の失敗にどんなリスクがあると言うのか?その失敗で君は死ぬのか?君は十億円の借金でも出来るのか?ただ夢が叶うか、そうじゃないかなんてリスクとは言わない。専門学校行って駄目なら自分でバイトして奨学金でも借りて大学にでも行って親を納得させればいい。それはリスクじゃなくて甘えだ」


 結局リスクという言葉を使ってしなくても良いようにしているだけの甘えだろう。今でこそ成功者と言われているがそうなるためには仕事をもらう為に百社以上に土下座して回ったのだと話していた。


 エルフレッドも考えることは一緒である。初めから強かった訳じゃない。何度も継続的に死にかけている。それでもマイナスを積み重ねてきたから今があるのだ。しかし、今回はそれが通用しない。先程の成功者の言葉を借りるなら一回失敗したら死ぬかもしれない相手である。そういった場合の正しい行動をエルフレッドは知らない。もしくは誰も解っていないのかもしれない。


(何が正しいのだろうな......)


 その答えは誰にも解らない。しかし、進むしかない。行動するしかない。まずはユーネ・トレニアの花束をーー、そして、リュシカにはーー。


 思考が緩慢になってきたエルフレッドは考えが纏まらぬまま眠りに落ちてしまうのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ