表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第ニ章 氷海の巨龍 編
47/457

26

 氷海の巨龍エルキドラは鱗から発する冷気を使い猛暑の中にあっても一部の海を氷に変えてしまうそうだ。次代、神託の聖女であるクラリス様より話された詳細を聞くに現在の棲家は湖底が大穴によって海と繋がっている世界最大級の湖であるレヌ湖ーー。


 一週間前より水面が凍り始めて既にレヌ湖の畔にある村の人々の生活に影響を及ぼしていていた。しかし、レヌ湖がエルキドラの棲家の一つであることは有名で既に王都への避難や援助が完了している上、元々は災害扱いであるため討伐出来るとも思われていない。


 その為、討伐の時期はエルフレッド自身の状態などで自由に決めて良いこととなっている。


 謁見の最中、すっかり自分を取り戻したエルフレッド。聖王からの選別としてユーネ・トレニアの件も解決したことで手空きになったため、早速明日にはレヌ湖へと向かう予定を立てた。予定より大分早く討伐まで漕ぎ着けているが何にしたって早く終わるに越したことはない。神託を受ければ天空の巨龍の居場所さえも解るかもしれないが最悪を想定するに越したことはないのである。


 会食までの予定を終えて夜となった頃に聖王の許可を得たエルフレッドは大剣の型を始めた。この重量と長さがある名もなき大剣はただ腕力任せに振っていては直ぐに自身に害をなす。


 勿論それが必要な時がある上にエルフレッド自身はそれに耐えうる豪腕を持ってはいるのだが基本的には大剣の流れに逆らわないように体を動かすのが正しい使い方だ。縦に落とす時も真っ直ぐには落とさず、袈裟に落としてメビウスの輪の軌道にもっていって腕に衝撃が少ないところで止める。


 あくまでも大剣の重さや落下の速度に逆らわないのが理想的である。そして、雑魚ならそれでも十分切り倒せる武器である。まずは無駄の無い動きを洗練しイメージを固めていく。横に薙ぐ時は横回転で力を逃し、袈裟斬りならばメビウスの輪、切り上げも同じ、最後に大剣を垂直に下ろす時は腕に負荷が掛かる前に左手を抜いて前周り受け身で力を逃がす。


 フゥーと長めに息を吐いて深呼吸ーー、やはり、体の動きに関しては絶好調のようだ。次に座禅を組んで魔力を隅々まで巡らせると自身の体の状態が鮮明に解る。大小合わせれば千に上らんとする全身の傷ーー。それが情報として頭に浮んでくるのだ。


(......魔力の通りも万全だ)


 思わず微笑んでストレッチで体を解した。最後は瞑想をして終わりなのだが今日は深層心理までは集中出来そうもない。気配を消しながら見ているのだろうがエルフレッドはその存在に気づいていた。しかし、声を掛けてくるでもなく熱心な生徒のように熱い視線を送って来るものだから、こちらも教師のように丹念に基礎の基礎までやってしまった。


(彼女の実力ならば大丈夫だろうが何故強くなりたいのだろうかーー)


 前々から不思議には思っていた。魔法戦闘学の授業などは淑女であることを望むなら全く選択の必要がない科目だ。しかし、彼女は人一倍、いや、鬼気迫る程の気迫で打ち込んでいる。それは彼女の夢に必要だとは思えない。幸せな家庭を築くのに軍人レベルの格闘術がいるなど、どんな危険地域に住むことを想定しているのだろうかという話である。


 あの口調の理由だってそうだ。担任曰く旦那ーー、つまりは鬼神と呼ばれるアハトマン王国軍陸軍元帥の真似をしているということらしいではないかーーやはり、淑女が憧れるものからはずれている。総合的に考えると彼女は強くなりたいのだろう。そして、その理由は可愛そうになる程にその身を縮こまらせて震えていた、あの時の彼女が抱えていたものーー。


「何れは話してくれるのだろうか」


 視線が消えたのを感じてエルフレッドは零すように呟いて再度目を閉じた。そして、深い深呼吸と共に深い深い深層心理の中へと潜っていくのだった。













○●○●













 その痛みはなんの前触れもなく訪れる。特にこうして一人で眠るような時は特に痛みが出やすい。無論、通常の周期でも、あまり軽い方とは言えないので怠くて痛くて不安定になるのだが、これが違うということくらいは解っている。母親に言って早く専門的な病院に行くべきかもしれない。しかし、産婦人科などは公爵令嬢が通うにはあまりにも外聞が悪過ぎる。


 いや、違う。私はいつも最悪の可能性が突きつけられるのを恐れているのだ。


 枕の下に顔を隠して、更にその上に布団を被せて苦しげな声が漏れるのを防ぐ。侍女などに聞かれれば一大事だ。とはいえ、もう四年も隠しているのだから慣れたものだがーー。


 強い治癒と精神の安寧をもたらす聖魔法を自身に掛けると痛みが和らいで心が落ち着いてきた。それと同時に冷静になった頭が忌まわしき記憶を呼び起こすのだ。


 国際テロ組織に誘拐された十二歳の私は殆ど外傷も無く、心身共に健康な状態で救出されたのだが、その”事実”は”真実”とは異なる。当時、今より遥かにか弱い令嬢であった私は見目麗しい女性達が挙げるこの世のものとは思えない絶叫に怯えていた。


 その組織にはレディキラーと呼ばれる最低の屑がいた。自身が獣のように醜く産まれたという一点だけで世の中の綺麗な女性を恨んでいるという救いようがない奴だ。例えば、見目麗しい女性に何かをされたというエピソードもない。


 どちらかと言えば、世の中の綺麗な女性が居なくなれば自身のような見た目の者でも生きやすくなる、平等だ、世直しだ。と本気で考えている気狂いである。そして、それを実際に行う狂人だ。奴は学も無く、異常性癖の持ち主の為、不幸中の幸いとして犯されるような事はない。しかし、経験上"女性が下腹部を破壊されることを異常に嫌がるということを知っていた。"


 語るも悍しい行為の末、絶望で精神に異常をきたした女性達が瞳の光を失っていく中で、遂に私の番が訪れた。メインディッシュに取っておくように最後に選ばれた私ーーあいつは特に私のことが嫌いなようだった。他称であるが十二歳にして傾国と呼ばれる美しさを持っていた。そして、聖魔法の存在は知らないが私が女性に触れると回復することを知っていた。ただ、回復した女性が二度も同じような目に合わされると気づいてからはしないようにしていたがーー。


 そこからの地獄は語るに忍びない。髪を引っ掴まれ、泥の上に投げ飛ばされ殴られ蹴られーー。十二歳の子供が、大柄な成人男性の力でそんな暴行を受ければどうなるか、私は意識を混濁させながら乖離した精神で自身のことを見つめていた。


 あいつはとても歓喜して興奮しているようだった。異常性癖が満たされ快楽を感じているようでもあった。存分に痛めつけ動かなくなった私に満足したようだ。そして、サバイバルナイフを持ってきた奴はそれを私のーー。


 私は精神が乖離していたお陰で存外冷静だった。衣服が剥ぎ取られていたのも良かったのかもしれない。血塗れの服では誤魔化しようがない。


 あいつが壊したと勘違いして去っていったのを確認した私は夥しい血を流す下腹部を中心に聖魔法を掛けると下級火魔法"浄火の焔"で身奇麗にして脱がされたドレスを身に纏った。銃声や喧騒が鳴り響く中で怒りに燃える父の声がとても心を穏やかにした。


 自身の血の痕跡は全て消しておく。ここでは何もなかったことにしなければならなかった。


 そして、私は救助された。その際、傷付いた女性を回復したことで聖女としての資質を見い出された。私は一応と全身の検査を受けて貧血はあったが心身共に異常無しの判断を受けたのだった。


 安心した。あの出来事は夢だったのかもしれない。そう精神は私を安寧へと導くために自信へと嘘を吐き始めた。しかし、それは長くは続かなかった。


 レディキラーの脱走。


 世間を賑わせるその大ニュースは私の心に多大なる影響を与えた。そして、体に変調を来たした。強い痛みを放つ下腹部を抑えて聖魔法で誤魔化す日々ーー誰に相談できようか?私は貴族の令嬢だ。それも、三大公爵家筆頭の令嬢である。杞憂かもしれないトラウマが呼び起こしているだけかもしれない。しかし、もしかしたらーー。


(私は女性としての機能が失われてるかもしれないなど......な)


 今日もその可能性に怯えながら眠れずにいた私はフラフラとグランラシア城内に用意された自室から外へと出るのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ