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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第ニ章 氷海の巨龍 編
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 グランラシア聖国は少々俗っぽいところがある。それは実際に来国したことがある人間なら全ての人間がそう口にすることであった。ユーネ=マリア教の敬虔さーー国外に出ているメイリアやその姉の大聖女の印象から正に規律を重んじユーネ=マリア様と共にあらんとする国だろうと考えていた人々は大体我が目を疑うものだ。


 シスターや神官服の方々が聖人が現れると黄色い声援を挙げながらカメラ片手に追っかけ回すのは最早風物詩である。


 無論、元々そうだった訳ではない。四十年も遡れば皆様想像通りの規律と秩序を重んじる信徒の国だったのだがメディアの発達と"うっかり聖女"カシュミーヌの神託の聖女就任がこの国の根本を変えてしまったのである。


 神託の聖女には稀に意外な人物が就任することがあった。今代のカシュミーヌなどは最たる例で大体何処に行っても「やっちゃった!テヘペロ!」な人物であった。ただ、その時の姉妹は既に国外の婚約が決まっており創造神である以前に愛の女神であるユーネ=マリア様が姉妹の愛を優先した結果選ばれたのではないか?と推測された。


 しかし、カシュミーヌの告げる神託を聞いていると本音と建前か見え隠れするようになった。特に聖人の扱いについてはユーネ=マリア様と共同して楽しんでる感が否めない。それを薄々感じ取った国民は徐々にそれを楽しむようになって今の形になったというわけだ。


 そして、次代聖女の選定の日、国全体の九割の人間がメイリアが選ばれるだろうと考えていた選定式だったが実際に選ばれたのはクラリスだった。メイリアには既に大聖女として千人を一度に救った大救済や悪辣なる魑魅魍魎を退治した悪霊成敗の実績があったのだから選ばれたクラリスさえも納得がいかない。


「きっとお姉様の素晴らしい素質を見抜いてらっしゃるのよ!それに私は国外での使命を賜りました。ゼルヴィウス様との愛を深めることですわ!」


 などと言って大層嬉し気に嫁いでいった妹に対してクラリスは頭を悩ませた。生真面目かつ厳格なクラリスは愛云々は置いておいて実績を見ればメイリア以上が居ないことを理解していた。無論、そのことに嫉妬や醜い感情を感じたことがなかった訳ではないが理性が納得出来る理由を求めていたのだ。


 だが「私の筈がない‼︎ユーネ=マリア様の言葉とは思えない‼︎」と語気を強めるクラリスに対してカシュミーヌは「一度聞けば解るから......」と言葉を濁すのである。


 そして、神託の日ーー。次代として聖地へと足を踏み入れたクラリスは次の瞬間、自身が選ばれた理由と使命を正しく理解するのであった。













"やっほー、クラリスちゃん!申し訳無いけど、うっかり聖女ちゃんを選んでから私のイメージがヤバいことになってるの‼︎上手い感じでどうにかフォロー宜しく‼︎頑張って‼︎"













「......はい?」


「まあ、うっかり聖女ちゃんなんて‼︎もう五十も過ぎてるのにユーネ=マリア様ったら‼︎」


 母はそんなことを言って手でやあねぇとしているが問題はそこじゃない。ユーネ=マリア様の神託があまりにも軽過ぎる。そして、自分のイメージをやたら気にしていらっしゃる。そうなってクラリスはメイリアとの出来事を思い出していた。メイリアは少しフワフワとしたところがあるが才色兼備に相応しい知性と頭の回転の早さを兼ね揃えていた。


 そのメイリアがユーネ=マリア様のことになると盲目的で且つ敬愛の言葉だけではとても言い表せないほどの重い敬愛を見せるのだ。


 きっと慈愛に満ちた方ーー、知性と賢さを兼ね揃えた方ーー、神に相応しき品格と才知の権化ーーなど、もうそれは盲信である。


 一回だけ"我が愛する聖女メイリアよ。貴方は隣国に渡り、その身を焦がす愛と共に生きるのです"という言葉を告げられた事があるそうで、その神託を聞いてからというもののメイリアのユーネ=マリア神への盲信は更に色を強めた。


 私のような一人の子羊さえも愛しーー、慈しみに満ち溢れーー、その輝きは聖なる光に満ちーー。


 聞いてるこっちが恥ずかしくなる程であったのを覚えている。そんなメイリアがもしユーネ=マリア様の今の言葉を聞いたらどうなるのかーー冗談抜きで廃人になりかねない。


 そこまで思考したクラリスは「ヤダもう!」と一人楽しそうにしているカシュミーヌへと顔を向けると納得はしたが理解が及ばないといった表情を浮かべた。


「きっとユーネ=マリア様はメイリアに自身の本性をバラしたくなかったのでしょうね......」


「流石クラリス!グッジョブ!」


 いや、グッジョブではない。母親に突っ込みを入れながらクラリスは乾いた笑いが出るのを抑えきれなかった。


 そんな出来事もあって自身のやるべきことをしっかりと理解した彼女は上手いことやるようにと言われた手前、建前やフォローに奮闘するようになるのだが神を持ってして"うっかり聖女ちゃん"と言わしめる母がヤバ過ぎた。


 特にひどかったのが和平友好条約の百周年を祝う友好式典に相手国であるライジングサンの女王シラユキ=アマテラス=イングリッドを招く前日の神託ーー。


"神格が一緒のミミコちゃんはこう要注意なところあるから気をつけて対応するんだよ"


「まあ、そうなのですね!ユーネ=マリア様、ミミコちゃんには気をつけなくてはならないですねぇ」


 神格が一緒と聞いて嫌な予感がしたクラリスは頬を引き釣らせながら母に訪ねた。


「......あのお母様、ミミコちゃんとは何方のことなのでしょうか?」


「えっ?クラリス?ミミコちゃんと言ったら一人しか居ないでしょう?もう本当に勉強不足ねぇ〜」


 困ったように苦笑して勉強不足の子供を諭すような声色で告げた。













「アマテラス様ー「お母様今日は挨拶以外喋らないで下さい。相手側の先祖神であるアマテラス様をその様な仇名で呼んだら友好関係終了です。即国際問題です」













「なんでよ〜‼︎かわいいでしょう?ミミコちゃん?」と本気で解っていない様子の母に呆れながらユーネ=マリア神が居るであろう辺りを睨むとーー。


"本当にごめんって!何度言ってもミミコちゃんとしか理解してくれないんだもん!フォロー宜しく!"


 本当に困ったと言わんばかりの声が聞こえてきてクラリスは頭を抱えた。こんな会話を聞いたのがメイリアがだったらショックで魂飛ばしてそうだなぁ......と彼女は半笑いを浮かべるのだった。


 その後、どうなったのかといえばクラリスの本気のフォローもあってどうにか無事式典は終わった。しかし、喋るなと言ったカシュミーヌが三回くらい「ミミコちゃん」と言いかけた時には肝が冷える思いだった。いや、実際冷えた。


 最後の方は産んでくれた母親なのに申し訳無いと思いながらも見えないところで頭を叩いた。


"クラリスちゃん本当に優秀‼︎歴代一かも‼︎"


「まあ!クラリス!ユーネ=マリア様がここまで言うなんて本当に素晴らしいわ!我が子は皆、本当に素晴らしい娘ばっかり‼︎」


 鼻が高いと大喜びの母にそれフォロー役としてだからね?と呆れる他なかった。


 そんなこんなで今日もグランラシア聖国はカシュミーヌのうっかりで着いた俗っぽいイメージと戦っているのだが、どうも、その作戦は上手くいきそうもない。


「この度はこのような素晴らしい場を設けて頂き真にありがとうございます。私バーンシュルツ伯爵子息、エルフレッド=ユーネリウス=バーンシュルツで御座います。昨夜は一日貴重な体験をさせて頂いて真に感謝しております」


 真に感謝しております、と言いながら死んだ魚の様な目で燃え尽きた様子で礼をする今代ユーネリウスのエルフレッド。


 それを不憫な目で見つめる父聖王と言葉通りに受け取って「感謝だなんて、こちらこそ良いものを見させて頂きましたぁ」と微笑む母カシュミーヌの横で次代として呼ばれたクラリスはそのあんまりな様子に頬を引き釣らせるしかなかった。

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