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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
番外編
451/457

4

「ーーもう一つの選択肢ミャ?」


 その言葉に意識をシラユキに向ければ、彼女は何とも悩ましげな表情を浮かべーー。


「これはあくまでもアマテラスとしての記憶じゃから、シラユキにはお主しか居らんかったことを先に告げておく。マツダイラ=サクラコとして、この世に再臨した妾には好いた男が居った。ぷろでゅーさーの男でな。巫女としての妾を支えた良い男じゃった」


 今、思えばあれはアイドル活動だったんじゃな、とシラユキは笑う。


「じゃが、あやつは妾と共に歩むことはせず、夢を成し遂げたらあっさり逝きおった。何でもアイドルとぷろでゅーさーは一緒になるべきではないと言っておってな。妾としては満足するまで共にいたかったものじゃ」


 そういって、遠い目をする彼女は「嫉妬心を煽るようなことを言って済まなんだ」と笑いーー。


「もし、その男を越えるような者が現れた時、妾は天に連れ帰ろうと考えておったのじゃ。妾の我儘故、相手が望めば・・・じゃがな」


 シラユキの瞳が艶やかな色を魅せた。涙を止め、驚いた表情で顔を上げたルーミャはその言葉を投げかけられている父を見た。


「妾は子孫を残す故に番い、夜を過ごすが、本来、それ以上のことはせぬ。神に取っては夜の営みなど、子孫繁栄以上の意味を持たん。しかし、お主と過ごした日々や夜は最上のものであった。人の世にあってこれ程、長く愛され幸せだった時は未だ嘗てなかろう」


 元来、営みに子孫繁栄以外の使い道は無い。快楽に溺れるは神のすべきことではない。記憶が無くとも、そのくらいのことは解っていた筈なのにコガラシを前にしては、愛に狂っていたとシラユキは笑う。


「アマテラスの記憶がある故に妾はシラユキであって、シラユキではない。それでも良いならば共に逝かんかえ?ルーミャにしろ、アーニャしろ、成人しとる娘じゃ。男児と違い子を成せば親等忘れようぞ。実際、アーニャは年一も帰らん時があるしのぅ」


 無論、嫁いだ場所が嫁いだ場所だ。理由もなく何度も帰るのは難しい。しかし、理解ある家である。彼女が望めば、親に孫の成長を見せることくらい出来る筈だ。


 しかし、文を寄越せど帰らぬ時があるのは、そういうこと。彼女の中で既に新たな家庭が1となっているだけの話なのだ。


 コガラシはルーミャを見る。可愛い我が子であり、女王となる娘。今は相手もないが何れは相手を見つけ、家庭を築くことだろう。


「しかし、男はそうではあるまい。子を大事にする妾達と違い、妻を愛し、親を愛す。妻が先立てば、気を病み、直ぐに後を追う。何時までも純粋な小童のまま、子に気持ちが移った妻をも愛し傷つくものじゃ。だが、妾は子も可愛いかったが、壊れた妾を救ったそなたへの気持ちが変わることがなかった。故に正しき道を捨て、妾と共にある選択肢を授けようぞ」






 家族にも疎まれ、裏切られ、孤独に過ごした百の時ーー。突如として女王であることを望まれ、味方の無い玉座に座る日々は何れ程の地獄であっただろう。


 そんな折にコノハが我が子として連れてきた幼子は、顔を真っ赤にしながらシラユキの前に現れた。


「・・・なんじゃ、童?妾の顔に何かついとるかえ?」


 その時のシラユキは冷徹な女王と呼ばれていた。誰にも笑いかけず、正しいかそうでないかだけを天秤に掛けて、全てを判断する情を持たない女王であると。


 当時、五人の聖女の末裔にして最強格とされているコノハですら、底知れぬ恐ろしさを感じていた。そんなシラユキが無表情のまま、我が子に視線をくれる状況に彼女は激しい動機を覚えていた。


 そんな母の気持ちなど露知らず、童と言われたコガラシは母にしがみつきながらーー。


「お母様は嘘つきミャ!こんな可愛いお姫様だって聞いてないミャ!」


「・・・可愛いお姫様?」


 恥ずかしそうに身を捩りながら顔を隠す幼子にシラユキは片眉を上げる。


「こ、こら!コガラシ!絶対女王であるシラユキ様に姫だなんて何言ってるミャ!失礼ミャ!も、申し訳ありません、シラユキ様、私から確りと言っておきますからー「だって!お祖母様より長生きって聞いたミャ!どうみたってお母様より若くて綺麗ミャ!嘘ついたのはお母様ニャア!!」


 事実、コノハの言ってることは間違いではない。理力の高さから若いまま時を過ごしているが、同世代は老い、数える程も生きてはいない。


 そんな自分を「姫」 と呼ぶ者が現れるとは、そう考えるとシラユキは何だかおかしな気分になってきた。


 「その言葉は色々と失礼ニャア!」「失礼じゃないミャ!事実ニャア!」と御膳の前であることを忘れて、わちゃわちゃしている2人を前に彼女は肩肘をつく。


「・・・童、名はコガラシと言ったか?妾はお主にとって可愛い姫に見えるかのぅ?」


 しまった。と佇まいを直し、土下座しようと膝を着いたコノハに「良い。何だか気分が良いからのぅ」と声を掛けーー。


「・・・ミャ。見えますニャア」


 チラリとこちらを見た後、また恥ずかしそうに目線を逸らすとモジモジ身を捩り始めた幼子を見ながらーー。


「これは愉快じゃ。お主は中々目の付け所が良いのぅ。もし、お主が大きくなって気持ちが変わらねば、お主の姫になってやらんでもない・・・どうじゃ?」


 それは勿論、子供に対する言葉ーー約束と呼べるものではない。今、思えば何か感じるものがあったのかもしれないが、幼子の言葉に本気になるなどありえないことだ。


 しかし、非常に心が和み、晴れやかになったのは女王になって初めてのことだった。

 

 パァと表情を輝かせるコガラシに唖然とした表情を浮かべるコノハ。その驚きは言葉に対するものか?それとも、女王になって初めて浮かべたこの表情によるものかーー何にせよ。人を嫌い、戯れることもしないシラユキがそんな言葉を放った事実が、本人を含め多くの人を驚かせていた。


「ほ、本当ミャ!お姫様になってくれるミャ!」


「まあ、妾と番たいならば、相応の努力が必要じゃがな。コガラシ、狐は強かじゃからのぅ。コノハの厳しい修行を乗り越え、良い男になれるよう誠心誠意努めてみよ」


「やったミャ!頑張るミャ!相応しい男になってやるニャア!」


 喜びに敬語を忘れ、ぴょんぴょんと弾んでいる姿に再度笑みが溢れる。こんなに愉快なことは何時ぶりだろうか?とシラユキは過去に思いを馳せた。


「し、シラユキ様。今の言葉はーー」


「・・・さて。今日はとても良い顔合わせじゃった。お陰で楽しい酒が飲めそうぞ。コノハ、コガラシ。虎猫族の繁栄は妾も祈っておる故、精進せよ」


 そうして、コノハが何かを言う前に手を打ち、自室へと帰ったシラユキ。その日の月見酒はとても美味しく、眠りは深かった。







 過去に思いを馳せながら、名残りを含む言葉を掛ける母。そして、そんな母から視線を外さず、次の言葉を考えている父ーー。


 そんな2人を見ながらルーミャは何となく答えが解った気がした。だから、ルーミャの方を見ることなく父が放った言葉に彼女は驚くこともなかった。










「・・・ルーミャ。こんな父ですまんミャ。いくらでも恨んで構わないニャア」


 父は母の願いを断れない。ただ、それだけの話なのだからーー。

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