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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
終章 偽りの巨龍 編(下)
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37

 朧気な思考、霞む視界――。


 同じリズムで音を刻む何かの――。


 多くの人々が何かを言っているのが聞こえる。


 しかし、何を言っているかは全く解らない。


 いや、少し解る。


 相応しくない。


 相応しくないという言葉が夥しい程に降り注いでいる。


 自身の目で見ている訳では無いのに鮮明に像が浮かんでくる。


 プラカードを持った人々が、様々な所に押しかけ、相応しくない相応しくないと叫んでいるのだ。


 綺麗な女性が悲しげな表情ながらも気丈に対応している。


 何処かで見たことが有るような美しい女性だ。


 傍らには怒りに燃える端正な顔立ちの青年が、その光景を睨んでいる。


 俺たちはこの世界を守るために戦ったというのに何たる仕打ちだと、怒りに歯を剥かん勢いだ。


 私は――そう、私だ。今まで自分が何かさえ朧気だったが私だという事を認識し始めた。しかし、私が何なのかはまだ今一掴めていない。


 また何処かで私の為に声を上げる人々が現れて、大勢の人々と戦ってくれている事が解ってきて――しかし、そうまでされる私は一体どういった存在だったのかは、未だ解らず――。


 新たに青年が現れた。この場所に入ってきた彼は多くの悲壮と怒りをごちゃ混ぜにしたような表情をしていた。私は彼にそんな表情をさせた事が非常に嫌で、苦しくて、胸が締め付けられた。


 私は彼が大切な存在である事を知っている。


 そうだ。彼が大切なのだ。何故なら彼は私の――。










「エルフレッド」


 暴徒寸前の人々を潜り抜け、漸く病室へと辿り着いたエルフレッドは怒りを隠す事無く、此方を睨みつけてくるカーレスに視線を合わせることが出来なかった。


「カーレス先輩……俺は――「お前は言ったよな?妹を……リュシカを守ると。その結果がこれか?どう言い訳するつもりだ!!」


 返す言葉もなかった。世界の危機に立ち向かい、世界を救った。同じ状況に置いて、そのことを言い訳にする者も居るだろう。しかし、エルフレッドには全くその気が無かった。


 何故ならば、当人がカーレスと全く同じ気持ちを自分自身に抱いていたからだ。


「何故黙る?何故目を逸らす?何とか言ったらどうだ!エルフレッド!!」


 怒りのままに胸倉を掴んでくるカーレスに対して、やはり、何の言い訳も思い浮かばなかった。後一分、いや、後一秒早ければ生死の境を彷徨わせる事など無かったのだ。


「止めなさい。カーレス」


「しかし!!」


「止めなさいと言っているのです!」


 普段の穏やな雰囲気からは想像も出来ない、毅然としたメイリアの声に息を飲む。


「エルフレッド君は世界を救うために戦ったのですよ?そして、見事、成し遂げました。何を責められる事が有るのです?それにリュシカだってーー」


 彼女の声が震えた。目元に涙が滲み、口元を押さえる。視線の先には未だ目を覚まさぬ我が子の姿ーー思うところがない訳ではない。


「……すいません。リュシカだって、確実に命を落としてたことでしょう。こうして、治療を受けることが出来ているのはエルフレッド君のお陰ではないですか?何も責める事は出来ません」


 最後の言葉は自分に言い聞かせているようでもあった。王族の出として求められる義務と娘を思う感情が、彼女の中でグルグルと渦巻き、せめぎ合っている。


「エルフレッド君だって、突然の魔力不全には混乱した筈です。その中で最善の方法を取ってくれたのですから……自分を責めないで下さい」


 リュシカを助ける為に放った風の刃以降、エルフレッドは魔法が使えなくなっていた。原因は生命維持に必要な魔力の消費による自己防衛反応だそうだ。


 転移も治癒も、時空開放さえも使えなくなったエルフレッドは意識を失ったリュシカを前にして、どうすることも出来なかった。


 不幸中の幸いは、直前まで携帯端末で連絡を取り合っていた為、携帯端末が手元にあった事。メルトニアと連絡を取ることでリュシカを病院へと搬送することが出来た。


 しかし、エリクサーが有れば状況は全く違ったであろう。更に言えば、リュシカが命を繋いだのは彼女がエルフレッドの姿を見て、瞬時に回避行動を取ったからだ。


 それは身をよじる程度のもので悪あがきのようなものだったが、ほぼほぼ即死は間逃れぬ状況から僅かばかりでも可能性を残す結果となった。


 故にエルフレッドとしては自身の力不足や未熟さ、尽きぬ後悔に苛まれる日々である。なまじ自身の魔力不全さえ解消されればエリクサーを使うなり何なりで改善出来る状況であれば尚更だ。それまで彼女の命が繋がることを祈るしかない。


 頼れる仲間達はといえば、それぞれ既に動いている状況ではあった。特に頼みの綱であるメルトニアは研究所に置いて精力を尽くし、ルーミャはといえばシラユキの協力を得るべくライジングサンへと向かっている。


 アルドゼイレンとイムジャンヌは聖国へと向かい、ノノワールは自身の持つあらゆる人脈に助けを求めていた。


 反対に動けない者も居る。アーニャは臨月となり、彼女の精神に影響を与えると考えられる全ての情報が遮断され、そもそもリュシカがどういう状況なのかも知らされていない。無論、彼女自身は勘付いているかもしれないが、どちらにせよ、周りが行動することを許さないだろう。


 アルベルトは未だに眠ったままだ。術を掛けたメルトニアでさえ解術の術を持たない魔法である。彼女の定めた期間が終わった頃には全てが終わっている可能性の方が高かった。


 最善は尽くされている。後はリュシカの生命力と運ーーそれが、何方に傾くのか、である。

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