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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
終章 偽りの巨龍 編(下)
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36

「どごだ!あ、あ、あ、どごに、ぎえだぁ!」


 二度も逃した最上の獲物。遂に仕留める事が出来ると考えていた矢先、捕まえていた部屋はもぬけの殻。


 廃墟の中の隅々まで探し回った結果、どうやら外に逃げ出した事に気付いたレディキラーは怒りのままに廃墟を飛び出した。


 全てはこの日の為だった。他の獲物とは何かが違う獲物。独り占めにする為に作戦を無視して、アジトへと連れ帰った。


 何が違うのかは解らないが、絶対に違う。そして、何より、憎たらしくなる程に美しい。だから、隅々まで調べて、絶望に打ち拉がれる様を堪能しようと考えていたのに、また逃げられてしまったのだ。


 次に見つけた時は、もう閉じ込めるなんて悠長な事はしない。その場で全てを堪能し、壊してやると意気込んでいた。


 森に入り、暗がりを進み、辺りを見渡すと、不自然な窪みが続いている。片方は蛇行する線の様に伸び、もう片方は点々と奥へ向かって連なっている。


 レディキラーはニヤリと口元を歪めた。


 人気の一切無い、この山奥で、こうして続くのは生き物の足跡しかない。片方が線の様になっているという事は足を痛めているということだ。


 学はないが、何度も獲物を追いかけ回している時に似たような物を見た経験があった為、直ぐに解った。


 こういう獲物を捕まえるのはとても簡単だということをーー。


 レディキラーは足跡に沿って歩き出す、時に窪みに増えたりしている所を見ると転けたのか、弱っているのだろう。


「ふひ、ふひひひ、いい」


 魔力を封じられた上に手負いーー焦る必要も無い。もう距離もそこまで遠くないだろう。そう思うと笑いが込み上げてきた。


 先ずはどうしてやろうか。逃げ出したお仕置きをしないといけないな。動けなくなるくらい嬲って、引摺り持ち帰るのも楽しそうだ。女は髪を痛めつけられるのを嫌がるから、あの綺麗な赤い髪をズタズタに切り刻んでやるのも楽しそうだ。そして、絶望に苦しんでる所を見ながらーー。






 ズリュ。





 妙な感覚が体を襲った。急に地面が無くなったかのように踏みしめる力を失い、足払いでも喰らったかのように転げたのだ。


 何が起きたか解らず、立ち上がろうとして気付く、視線の先に見えるのは自身のーー。




「リュシカは何処だ」




 全身が凍える様な感覚に襲われる。無感情な声に逃げ出そうとするが、頭を踏み付けられる。


「グビェ!?」


「二度も逃す訳が無いだろう?リュシカは何処だと聞いている?」


 答えなくては殺られる。本能が警報を鳴らし、身が震えた。選択肢など端から無いようなものだ。


「お、おでも、ざがじでだ。あ、あしあと、そこーー」


「そうか。この足跡の先か」


 声の主の足が離れ体が自由になり、口元が歪む。


 それは嘲りの笑みだ。黒い龍に力を貰った結果、途轍もない力を得た俺は驚異的な再生能力と魔力を持っている。姿を消し、バレないように足を回復させ、不意をつけば、この頭を踏み付け、俺を苔にしたこの男だって簡単に仕留める事がーー。





「なら、貴様は用済みだな」






 瞬間、風が凪いだ。緑の風が身体を通り過ぎた。そして、その瞬間、全身の感覚が抜け落ちていった。自身が無くなっていく感覚の中で、レディキラーは漸く気づいたのだった。自身は敵に回してはいけない存在を敵に回してしまったのだと――。





 エルフレッドは最速で天を駆けた。あのような雑魚に構っている暇はないと言わんばかりの速度で、止めを刺した瞬間さえ見る事さえせずにだ。無論、見るまでも無い。完全なる魔力の消失は確認済み――要は粗消滅させたと言っても過言ではない。討伐した証の一つでも残せば良かったのかもしれないが、それよりも大切な存在への仕打ちに対する恨み、そして、ニ度と同じようなことが起きないように完全に仕留めることを優先したのだった。


 エルフレッドが本気で飛べば1kmの距離も一瞬、故にリュシカの元に到達するのも一瞬だった。



 狼型の魔物に群がられる彼女の姿を見つけるまで、そう時間は掛からなかったのだ。



「リュシカああ!!」


 鮮血が舞った。致命傷を与えんと牙を光らせた魔物の姿が妙に鮮明に映った。魔力の感じられぬ彼女の命を奪わんとする一撃はその喉元まで寸前の所まで迫っていた。エルフレッドの得物は浄魔の剣のみ、刃の長さではこの距離は届かない。


 風を纏った剣をありったけの速さで振り抜く。


「っおおおお!!」


 しかし、最早、その一撃でさえ間に合うとは思えないタイミングであった。後、0.何秒の世界が遠い。彼にとっての最速は今やこの状況において何よりも最速であるにも拘らず、届かない。それが彼には解った。


 瞬間、リュシカと目があった気がした。彼女は驚いたような表情ながら微笑んで――。






 直後、凶牙が彼女を貫き、血の雨を降らせたのだった。

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