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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
終章 偽りの巨龍 編(下)
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35

「カーレス。お前は先に帰還せよ」


 敵将、ルシフェル討伐の一方、残党兵の無力化の目途が着いた頃、総指揮官として指揮を執っているゼルヴィウスはカーレスを呼び出すと告げた。


「……それは我がヤルギス公爵家で起きている問題を私が解決せよ、という事でしょうか?」


 渋い表情で答えるカーレスにゼルヴィウスは努めて冷静な表情のまま――。


「私は総司令官として、全てが終わるまでこの戦いを見届けねばならない。元来ならばお前もそうだ。しかし、この異常事態に陛下より特別な温情が下ったのだ。行ってくれるな?」


 普段とは違う上官としての父にカーレスは一瞬、言葉を詰まらせたが「……かしこまりました」とだけ答え、敬礼後に一礼、背を向けて歩き出す。


「家よりも軍務とは――母はどう思うだろうか」


 部屋を出る前にぼそりと呟き、答えを聞かぬままに部屋を出ていったカーレスにゼルヴィウスは、聞こえてはないだろうと思いながらも声を掛けた。


「彼女は元々私よりも公を大切にする王族だ。軍人の妻として嫁いできている以上、こうなる事は誰よりも解っている」


 席を立ち、窓の外を見る。戦いは殆ど終わったと言っても過言ではない。しかし、完全に終結したわけでもない。自身が戦いの場に出れた方がより早く終わる戦いも、こうして後ろから見守るしかない立場にある。


 犠牲も最小限に抑えた。周りは自身を称賛するだろう。しかし、ゼロではない。数字として見れば数少ないそれも命として見れば、決して少ない数ではないのだ。



 それなのに何故、自身が自身の家族の為と戦局を離れることが出来ようか――その辺りが解ってない辺り、まだまだ青いなと思うのである。


 それに――。


「私とて三大公爵家の主としての自負がある。このままで済ます訳があるまい」


 優先すべきが目の前に有るだけの話だ。ならば、その優先事項が無くなったとするならば――。


「こちらアハトマン!ゼルヴィウス総元帥、応答願います!」


「こちらゼルヴィウス!アハトマン元帥、発言を許可する!」


「ハッ!世界政府の島における全作戦の完了を確認!次なる指示をお願いします!」


 ゼルヴィウスは口角を上げ、無線を全軍の物へと切り替えた。


「全軍に告ぐ!只今を持ってルシフェル討伐含む全作戦の完了を確認!全軍、直ちに帰還せよ!」」


 戦いが終わり任務から解き放たれるまで後僅か――ゼルヴィウスの胸には静かなる怒りが滾っていた。カーレスを返したのは謂わば、保険のようなものだ。確認をした訳ではないが、この状況。既に法の番人とも言えるホーデンハイド家が動いていることだろう。


「民を守る貴族の頂点に立つ者として、この狼藉を許す訳にはなるまい」


 でっち上げの記事によって傷つけられた名誉――、そして、ありもしない罪に苦しめられる我が子。貴族ながら情の者が多いとされるヤルギス家の当主が、そんな状況で何もしない訳がないのである。


 貴族の真似事は許してきたが……過ぎればどうなるか知らしめる必要があるだろう――。


 彼は自身の携帯端末からユエルミーニエ、そして、大臣を務めるカーネルマック家の当主へと状況確認の連絡を入れ、返信を待つ。そして、それは数分の間も置かずして、最新の物へと変わるのだ。


(私が帰るまでに状況がどうなっているか。見物だな)


 ゼルヴィウスは笑う。怒りを灯した瞳のまま嘲るような笑みを浮かべる。被害の最たるは我が家だ。せめて、最後の一振りくらいは残していて欲しいものだ、と容赦無い両家を思い浮かべながら笑い続けるのだった。












○●○●













 エルフレッドは自身の本質魔法の事を思い出し、それに掛けた。自身の風は傲慢さによって、増幅される。ならば、世界の何処にいるか解らないリュシカとて、この風ならば探し出せるのではないかと思ったのだ。


 シラユキを助けた時以来、使うことの出来なかった魔法陣が遂に発動――。自身を中心に発生した魔力の風が、その最大速度を持ってアードヤードを駆け巡った。その瞬間、魔法薬を持って回復したハズの魔力がごっそりと持っていかれた。多大なる負荷に耐えきれなかったかのように鼻からドロリとした血が零れる。


 しかし、今回は倒れる訳にはいかないのだ。見つけるだけでは駄目なのである。レディキラーに捕らわれているという彼女を助けなくてはならないのだと――。


 だが、どれだけ探っても彼女の魔力が見つからない。エルフレッドの頭に最悪の可能性が過る。


「――まさか」


 しかし、それも一瞬で別の可能性に行き着く。いくら、弱っていて不覚をとったとして、実力差は歴然としている。魔法を使えるリュシカが簡単にレディキラーに後れを取るとは考え難い。


 ならば、リュシカは魔法が使えない状況にあるのでは無いだろうか?例えば、そう魔力を封じられてーー。


 それはある種の楽観視でもある。捕らえられてから既に半日程度の時が過ぎているのだ。最悪も想定しなくてはならない。だが、エルフレッドは最善を尽くすべく、その考えを振り払う。


 そうと決まれば探すべきはリュシカの魔力ではない。必ず、リュシカの側に居ると考えられる最低最悪の存在、レディキラーの魔力を探るべきであるとーー。


「ーー見つけた」


 アードヤード北部に広がる山岳地帯の森林部。奴は何かを探すかの様にウロウロと森の中を彷徨っていた。


 エルフレッドはリスクなど捨て置いて、転移の魔法を発動させる。視覚した訳ではないが、風の魔力で徹底的に探ったので大丈夫だろうと踏んでいた。


 そして、飛び立つ準備をしながら思うのだ。


 俺は巷で言われるような聖人でもなければ善人でもない。ましてや、人々の暮らしを守る為に巨龍と戦った偉大なる英雄だなんて有り得ない。


 自身が最強の存在で有る事を証明したいが為に己が道を突き進んだ、良く言えば探求者、悪く言えば戦闘狂の狂人だ。


 故に自身の行動に善性など求めない。愛する者を脅かす存在が居るならば喜んで悪鬼にでもなる所存ーー正しく今がその時だった。


 優しき風が止んだ頃、赤の瞳に怒りを宿し、エルフレッドは転移した。



 リュシカの安否に関係無く、レディキラーは屠る。 



 逃してしまったあの日から、その決意が変わった事は一度たりとも有りはしなかった。

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