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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
終章 偽りの巨龍 編(下)
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 我ながら非力なものだと思わず溜息が溢れるも、無いものは仕方がない。どうにか、手だけは動かせるようにしたいな、と再度辺りを見回した。


(やはり、何も無いか......流石にそこまで愚かでは無いとーー)


 後ろ向きになりつつある思考を、駄目だ駄目だと追い払い、リュシカは音を立てないようにベッドを降りて、注意深く辺りを観察する。


 蝶番の古びた扉は魔封じの腕輪を着けたトレーニングで鍛えた事を思い出せば、蹴破る事も出来るだろう。大きな音が出る事を考えれば、やはり、両腕はこの部屋の中で使えるようにすることが望ましく思えた。


 無論、無いよりはマシ程度だが魔法が使えない以上、出来るだけ万全の状態で有りたい。


(大した拘束では無い。何か引っ掛けるものが有ればーー)


 そんな思考を巡らせながら辺りを見回していたリュシカは、自身の眠らされていたベッドの足に目をつけた。虫食いか腐れたか、欠けの存在する木製の足ーーそこに拘束の一部を引っ掛けて、引っ張れば、もしくは破く事が出来るかもしれない。


 彼女は早速、拘束を擦り付けるようにして引っかかりを探し、片方の足でベッドを踏むようにしながら引っ張った。


 ギチリ......と音を立てて布一部が欠損する感覚があった。これはいけると確信し、より強く踏み込むと更に布が破けーー。


「ーーしまっ⁉きゃあ」


 踏ん張った勢いのまま、木製の床へと顔面から激突、激痛に思わず涙が滲んだ。


「痛い......本当にもうやだぁ......」


 思わず呟いて、ハッと辺りに耳を済ませた。大きな物音を立ててしまった。建物内にレディキラーが居るならば様子を見に来るかもしれない。暫く、息を潜め、様子を伺うが、どうも現れる気配が無い。


 割と長い時間、閉じ込められているように思えたが、レディキラーは何処に行ってしまったのだろうかーー。


 何にせよ、チャンスで有ることに変わりはない。リュシカは再度ベッドの足に拘束を擦り付け、引っ掛かりを探し、引っ張る。一回目のそれで半分は破く事が出来た。ならば、完全に解く迄に多くの時間は掛かるまい。


 何度か同じ方法を繰り返す内に、どうにか拘束を外すことが出来たリュシカは扉の前に立った。頼りになるのは自身の身体と感覚のみ。今の所、レディキラーの気配は無い。


 目を閉じて深呼吸を数回ーー覚悟を決めた彼女は扉に鋭い視線をくれると、扉を思い切り蹴飛ばした。


 バキリと音を立てて緩む蝶番に手答えを感じ、繰り返し蹴飛ばし、そしてーー。


 ドゴンッ‼


 全体重を肩に乗せるようにして繰り出した体当りで、遂に扉が壊れた。ぶわりと埃が舞い上がり、思わず咳き込む。


 痣でも出来たのか痛む肩を押さえながら、リュシカは走り出した。


 曲がり角があれど一本道。見えて来た階段に記憶を巡らせる。見覚えがあるなんて物じゃない。ここは嘗て幼少期の自分が捕まった所だった。


 檻が着いた部屋、錆の様な匂い。取り壊すには土地の利権などがややこしく、完全封鎖で対応したと聞いていたが、レディキラーには通じなかったようだ。


 見れば見る程、嫌な記憶が蘇る場所に身体が嫌に疼いた。一刻も早く、この場所から出たかった。


 一時はテロリスト集団が拠点としていただけあって、廃墟の規模はかなり広い。救出された頃の記憶が曖昧で気付かなかった部分もあっただろうが、自身が閉じ込められていた最上階から、少なくとも三の階層があった。


 階段の位置を確認し、逃げ出したい一心で駆け抜けたリュシカは、階段を降ろうとした瞬間に感じた下腹部の痛みに息を飲み、足を止めた。


 階段下を彷徨く人影ーー、手には食料品の数々が握られている。その内のパンをボロボロと溢しながら、咀嚼し、肩を揺らすように歩く異形の姿が見えた。


 それは人で有ることを辞めたレディキラーの姿だった。


 リュシカは身を翻すように姿を隠し、驚愕と恐怖に高鳴った鼓動と、荒くなった呼気を押えるようにして口元を押えると階段の隅から様子を伺った。


 一度は足の赴くままに姿を消したレディキラーだったが、それも一瞬のことだった。意味の無い徘徊から思い出したかの如く、階段の前へと立ったレディキラーが一歩、また一歩と階段を登り始める。


(拙い......隠れる場所を探さないとーー)


 彼女は音を立てないように最新の注意を払いながら辺りを見回す、と忍び足で階段から距離を取る。そして、ある程度の場所まで距離を取ると一心不乱に駆け出した。













○●○●













 アードヤード総合病院を出て、メッセージに気付いたメルトニアは「あちゃ〜、捕まえられちゃったか〜、世界大会で弱ってたのかなぁ〜」と呟くと、転移の印を描いた。


 最悪、リュシカがレディキラーの手に墜ちる想定はあったものの、何方かと言えば返り討ちにしている可能性が高いと思っていただけに、思わず溜息が零れ落ちた。


 何にせよ、囚われてしまったとなれば、一刻の猶予も無い。早々に助け出さなくては更に最悪の状態に陥ってしまう可能性さえある。


 異形と化したレディキラーと相対するのは骨が折れるだろうが、本質魔法を使えるようになったSランク冒険者の敵ではない、と彼女は思うのだ。


(既に手遅れ、とかじゃなければ良いんだけど......)


 いよいよ自分の首も危うくなって来たな、とエルフレッドの殺気を思い出し、顔色を悪くしながらメルトニアは転移の印を完成させる。


「さて、到着っと〜。二人が居るのは二階かな〜」


 転移を終え、森の中に佇む廃墟に辿り着いたメルトニアは眼前に聳える、古めかしき洋館に魔力を張り巡らせ、眉を顰めた。


 魔力に反応する探知魔法であるから、魔封じの腕輪を着けられている可能性があるリュシカには反応しないかもしれないが、レディキラーさえ引っ掛からないとなるとーー。


 嫌な予感を感じたメルトニアは洋館内を隈無く詮索した。時に近距離転移を使い、時間を短縮しながらも隠し部屋も含めて全ての部屋を回り、辿り着いた結論に驚愕する。


「何処にも居ない......?嘘⁉勝手に拠点変えたってこと⁉」


 計画通りならば、リュシカを攫ったレディキラーはこの洋館にて彼女を監禁し、痛めつける予定となっていた。メルトニアや他のルシフェル派の人間の合流の可能性を考えて、確かにこの洋館を拠点とするように伝えていた筈だったがーー。


「マジ有り得ない‼とりま、急いで探さないとーー」


 大慌てのメルトニア、転移や探索魔法を巧みに使い近隣の森等も隈なく探す。しかし、二人の姿が見つかる事は無かった。意図せぬレディキラーの暴走ーー、失意のメルトニアは何の成果も出せぬまま、アードヤードへと一時帰還することとなった。













○●○●













 全身が気怠く、頭が重い。しかし、痛みは無く、負傷箇所は感じられない。


「ーー気付いたか?」


「......うん?ジャノバさん?この状況は一体ーー」


 夜空を見上げる様な形で目を醒ましたエルフレッドは、潮風の薫りを感じて身を起こした。ふらりと覚束無い頭に額を押さえれば「うへー。全身穴だらけだったんだから無理すんなし」と気怠そうな女性の声が降ってきた。


「エキドナさん?それに全身穴だらけ......ですか?」


「そ!全身穴だらけ!ルシフェルにやられた系っしょ‼アタシが加勢しに行こうって言わなかったら、マジヤバたんだったかんね!マジで感謝しなよ‼」


 ドヤ顔で告げる彼女の後ろで呆れ顔のコーディが「いや、お前は勝手に"ルシフェルとの戦いなら英雄として死ねるかも"とか何とか言って勝手に飛び出して行っただけだろ?制止の声も振り切ってーー」と肩を竦めれば「ギャアア‼馬鹿コーディ‼ばらすなし‼」と彼女は大慌てで、彼の頭をどつくのだった。


「ハハハ。エキドナさんらしいですね」


「だな。つうか、エルフレッド。ゆっくり休ませてやりたいのは山々だが、どうやら、そうもいかないらしいぞ?」


 頭ペシッからの小競り合いを繰り広げている二人を、苦笑しながら見ていたエルフレッドにジャノバが真剣な表情で告げる。何か問題でも?と先を促すエルフレッドに対して、神妙な顔をしながら答えたのは携帯端末で誰かと連絡を取り合っていたエルニシアだった。


「エルフレッド君。どうか落ち着いて聞いて欲しいんだけど......その、メルトニアさんから連絡があってさ」


 メルトニアからの連絡と聞いて、エルフレッドは状況は解らないながらも、"誰に"問題が発生したかは理解した。場合によっては冷静ではいられないだろうな、と妙に冷え切った頭で考えながらエルフレッドはエルニシアの言葉を待った。




「リュシカちゃん、見付からないって。レディキラーが暴走して、計画された拠点に居なかったみたーー」


 それ以上の言葉は要らなかった。自身の調子など忘れて転移の印を描いたエルフレッドーー、周りが止める間もなく彼の姿は光と共に消えていった。

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