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自身の顔を見せるだけでキャーキャーと歓声を挙げられると舞台俳優にでもなった気分である。無論、それを喜べるかどうかは本人の資質によるものが大きいがーー。
ニコリとした笑顔を浮かべて前に陣取った子供達に手を振りながら、一応役割を果たしているのだが胸中は非常に複雑だ。態々空間内に閉まっていた正装を羽織っていると何らかの式典に参加しているような気分になり肩肘が張る。
母親からの徹底的な指導もあって無様は晒せないと完璧な対応をしているだけである。
「いやぁ壮観な眺めですなぁ‼︎英雄の凱旋に相応しい‼︎」
「いえいえ、お恥ずかしい限りです」
そして、更なる疲れが助長しているのは世話役として一緒に乗っているフィンフィドル子爵が少しばかり、いや、かなり人の感情に疎いところがあるからだ。無論、子爵に選ばれるだけの人物ではあるのだがーーもしくはエルフレッドの対応が完璧過ぎて気付いていないのかもしれない。
(飛空艇の停留所では子供達との写真撮影。その後、国営放送のインタビューと搭乗後に新聞対応。俺は舞台俳優か、舞台俳優なのか?)
アードヤード王国内では一度もこんな対応をしたことがなかったエルフレッドは正直なところ混乱気味である。無論報酬は出るとのことだがそれ以前に了承を取ってほしいところだ。いや本来ならば了承がいると思うのだがグランラシア聖国の常識が解らなかった。
(そして、王城に着いたら謁見だろうな。予定より三日ばかり早く着いたにも関わらず、これではどちらの方が疲れるのか解らん......)
心の中で泣き言を呟きながら完璧な笑顔で馬車を降りる。キラリと鋭い目つきの笑顔で子供達と写真を撮るとシスター服のお姉様方が「きゃー‼︎ユーネリウス様‼︎こっち向いてー‼︎」とカメラを向けてくるのでウィンクをしておいた......随分俗っぽい聖職者の方々である。
「氷海の巨龍との戦いの意気込みは‼︎」
「七大巨龍を討伐しようと思ったきっかけは‼︎」
そんな質問に微笑みながら答えて飛空艇に乗り込む。フラッシュの光を瞬きなく受けながら国営放送と同じような内容の質問に答えていると「ニヒルな表情で一枚お願いします!」というので、力を抜いて眼光だけを鋭くした影のある笑みを浮かべてみせた。
そして、時間が許す限り撮影を続行しようとする記者達をアルダイン伯爵閣下が「時間です!皆様、本日はここ迄となります!」と追い払った......あれ?閣下だよね?マネージャーじゃないよね?
「本日はお疲れ様でした!明日は王城での謁見がメインとの連絡が来ましたので撮影はないと思われます!それでは本日はVIPルームにてお休み下さい!」
混乱するエルフレッドを置いてアルダイン伯爵は何処かへ消えていった。その後、代わる代わる侍女らしき方々が入って来て明らかに一人分ではない量のフルーツ盛りと料理を並べていく。
アルコールorジュースに野菜ジュースと答えると本格的なスムージーが出て来て苦笑した。
そして、食事を終えると皿と共に侍女達も居なくなる。風呂場に行って謎の光を放つジャグジー風呂で体を洗ったエルフレッドはガウンに着替えて最高級のソファーに寝っ転がりフルーツを摘みながらポツリと呟いた。
「......俺は何をしてるんだ?」
エルフレッドは自分を取り戻さねばならないと空間の中から勉強道具を取り出して復習を始める。偶にフルーツを齧ると最高級の物なのだろうがヤルギス公爵領の物の方が美味いな、なんてことを考えてしまう。そして、復習を終えた彼が魔力を体内の隅々まで循環させるトレーニングをしていると部屋にノックの音が鳴り響いた。
「エルフレッド様!明日に疲れを残さぬように聖国式のマッサージをさせて頂きます!」
謎のマッサージ師が三名程入室して来たので「お願い致します」と頭を下げてベッドに寝っ転がる。
「凄く鍛えてらっしゃいますねっ!」
「傷とか凛々しい!」
「足も凄く太い!」
ーーなどと言われながら丹念に揉み解されて何らかの魔法を掛けられたりしている内に気付けばエルフレッドは眠っていた。
○●○●
そして、次の日の朝になった。絶好調の状態で目を覚ましたエルフレッドはどうも釈然としない気持ちになって首を傾げながらベッドから降りる。昨日はよほど疲れていたのか一時間ばかし普段より多く寝てしまったようだ。無論、それでも四時間睡眠なので人より遥かに短い睡眠なのだが。
甲板に出れるとのことだったので体を軽く動かして魔力の循環トレーニングを行う。蒼空を掛ける飛空艇の上はエルフレッドにとって馬上以上に心地よい場所であった。これは良いなと坐禅を組んだ彼は軽く目を瞑って神経を張り巡らせた後に瞑想に入る。
深く深く深層心理を越えて宇宙に飛び立ち、更には神話の世界に到達するようにと長く息を吐いて長く息を吸うーー。
「大丈夫だな」
深く深く潜っていた意識を自身へと戻してエルフレッドは軽く背伸びをした。やはり、体調は万全の状態であり何時でも戦える状態である。
朝のトレーニングを終えて朝食を食べ終えたエルフレッドは再度甲板に出て風に当たる。空は風属性にとって良い魔力が混ざっているのを感じながらエルフレッドは腕を広げた。全身の所々に染み渡る大自然の魔力がエルフレッドの魔力をより良い状態にしていく。この魔力が飛空艇の理由ならば、その心遣いには感謝したいと彼は思った。
大凡経験がない完全なまでの好調さにエルフレッドは頬を緩めるのだった。
そうこうしている内に昼前の時間になると飛空艇が着陸の姿勢をとった。エルフレッドは案内されたVIPルームへと戻って正装に着替えると表情を引き締めた。
聖王、神託の巫女との謁見は厳正なものとなるだろう。
着陸が済んだ後にエルフレッドは用意された階段をしっかりとした表情で降り始めた。意外にも歓声が鳴り響くようなことはなかった。流石に着陸の際はと気を使ったのだろう。そんなことを考えていたエルフレッドはお出迎えに来たであろう少女に視線をやって足を止めた。
少女もまたエルフレッドに気付くと足を止めたーー後に何故か顔ごと横を向いて肩を震わせていた。
その様子で全てを察したエルフレッドは天を仰ぐと右掌で目元を覆った。
「......見たのか?」
エルフレッドが訊ねると少女ーーリュシカは堪えきれないとばかりに吹き出した。
「長旅御苦労だったな!エルフレッド!私のお気に入りはお姉様方にウインクをするところだ!」
そこもカメラに抜かれていたのかとエルフレッドは自身の顔が羞恥の色に染まっていくのを感じていた。




