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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
終章 偽りの巨龍 編(下)
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(駄目だ。今は何も考えたくない)


 レディキラーが帰ってくるまで、どれ程の時間が残されているかは解らないが、何をするにも気力が足りない。


 リュシカは瞳を閉じ、思考を止めた。


 その行動が単なる現実逃避にしかならないことに気付きながらも、今の彼女にはどうすることも出来なかった。



 その日の夜。数多くの困難に見舞われているヤルギス公爵家に、更に追い打ちを掛けるような出来事が起こった。まるで号外の如く、多くの店の店頭に並んだ雑誌ーー。


 リュシカが幼少期、性的暴行を受けた疑いとその事実を隠蔽してエルフレッドとの婚約を取り付けた可能性を書いた記事ーー更にはレディキラーに再度、誘拐された可能性まで書かれたゴシップ記事が、狙ったかの様なタイミングで発刊されたのだ。


 それを受けて殺到する報道陣の群れが、ヤルギス公爵邸の邸門前へと押し寄せる事態に発展していた。事実ならば英雄の婚約者として相応しく無いのではないかと、真偽を確認するより先に糾弾の声が上がっている状況だった。


 幸か不幸か、リュシカが攫われたショックから倒れていたメイリアはその事実に気付いていないが、それも時間の問題かーー。


 何にせよ、悪意を持ってリュシカやヤルギス公爵家を陥れようとしている者達の策略が一気に動き出した。そんな夜になっていた。













○●○●













 エルフレッドの一撃がルシフェルを捉えた。空に浮かぶ罅へと入り込んだ刹那を追射掛けるようにして放たれた風の刃は、背に生えた仮初めの翼の一枚を根元から切り裂いた。


「おのれ‼長い歳月を掛けて作り上げた翼を‼」


「多くの命を奪い作り上げた翼......ならば、供養せねばなるまい‼」


 対の翼も斬り落とそうと大剣を振るえば、ルシフェルは罅割れの中へと入り込んだ。エルフレッドの一撃は惜しくも空を斬り、後方より現れた罅割れに障壁を張り巡らせる。


 エルフレッドを叩き潰さんとする尾の一撃を受け止め、勢いのまま後方に飛翔ーー先回りするかの如く姿を現したルシフェルの牙の一撃に対して大剣を振るった。


「その程度で斬り裂けると思うな‼」


 エルフレッドは罅割れた大剣を喰い破ろうと口内を見せた隙を見逃さず、高圧縮のプラズマを投げ込んだ。


 直後、爆発ーー牙は割れはしなかったものの、体内に多少のダメージは通ったようだ。血を吐き出し、怨嗟の籠もった視線で睨みつけながら、ルシフェルは罅割れの中へと姿を消していった。


 空は暗くなり、星空へと変わった。


 ルシフェルは闇夜に紛れ、空間を移動しながらの攻撃を繰り返す。対処は変わらずとも闇夜ともなれば、エルフレッドには分が悪い。一度、回復したアドバンテージも徐々にだが失われていった。


 しかし、焦りはなかった。確かに状況は良いとは言えないが何も出来ていない訳ではない。ちゃんと戦えている。ならば、何時もの巨龍戦と変わらないではないかーー、勝敗が決まるその時まで戦い続けるのみである。


 彼のそんな冷静さが気に食わないのか、ルシフェルが咆哮を上げた。大地を震わせ、建物を崩壊させる程の音の波動がエルフレッドを襲う。


 ーービキリ。


 彼自身にダメージは無かったが、手元が軽くなった感覚に舌を打つ。




 剣身が半分となった大剣。遂に得物が限界を迎えた音だった。




 ルシフェルは好機と見て一気に距離を詰める。罅の中へと飛び込み、大口を拡げ、エルフレッドを噛み砕かんとした。


 空中を旋回するようにして回避ーー、追い打ちを掛けるように放たれた無数の棘を避けながら、エルフレッドは壊れた大剣を投げつけた。


「破れかぶれが‼そのまま消え去るがいい‼」


 がばりと開いた口内から黒色の波動が放たれる。強烈なブレスが大剣を飲み込みエルフレッドへと直進する。何らかの印を描いた彼をも飲み込み、空の雲をも突き破ったブレスはそのまま空の彼方へと消えていった。




「くたばれ。下郎が」




 頭上から降ってきた声にルシフェルは即座に障壁を張り振り返った。近距離転移を使い、ルシフェルの頭上に現れたエルフレッドの手には光り輝く長剣ーー浄魔の剣が握られている。


「その剣は⁉おのれ‼天使との混ざり者の子らめ‼」


 障壁さえも突き破り、突き出された剣を見てルシフェルは怒りの声を上げた。英雄に引き継がれし、その剣に見覚えがあったのだろう。


 一斉に放たれし黒魔法がエルフレッドの体を貫いていくが、それでも彼は止まらない。気合いの咆哮と共に体を伸ばし、徐々に近づいて来るルシフェルの巨大な頭を目指して、ただただ剣を伸ばすのである。


 彼の想いに呼応するかの如く、傲慢な風が彼の体を強く押した。緑のオーラに包まれたその姿は空を駆ける彗星の如く闇の夜空に煌いた。


 神の隣に立つ程の実力を持つ、古来は天使の長として君臨した存在ーーそれを神に創られし、人族という小さき存在が切り裂く。それ程の傲慢は存在し得ないだろう。


 伸ばされた剣は遂にルシフェルの眉間へと到達、貫き、穿ち、突き破った。翼の一枚を失い、元よりバランスの悪かった体は制御を失ったかの如く、空を転げ回り、地面へと墜落していった。


 頭の半分を失い、ぶるりと体を震わせたルシフェルーー、それでも首を上げ、空を見上げると体を震わせながら呟くのである。


「神よ......俺は......貴方の特別で......有りたかったのだ......その為に......全てを捧げたのだ......何故......認めてーー」


 下さらないのかーーそう音も無く溢れた言葉は地に伏す轟音と共に掻き消えた。瞳から溢れた一筋の涙は血と混ざり、赤となって地を彩った。


 全身を貫かれ、自身が作った血溜まりの中で、まだ倒れる訳にはいかないと膝を着いたエルフレッドは役目を果たし、力を失いつつある浄魔の剣を杖代わりに息を吐くとふらつく頭に血を巡らせながらーー。


「方法さえ誤らなければ、それこそ周りも協力した筈だ。全てはやり方が間違っていたーーそれだけだ」


 凡人として生を受け、環境にも恵まれなかったが、正当な方法で夢を追い続けた結果、多くが味方をしてくれ、今に到った。


 一つの夢に執着した気持ちは同じだが、方法は真逆ーー。光と影のように対の道を歩んだ結果が今、こうして形となったのである。


 どうにか立ち上がるも、歩く事もままならず膝を着く。回復魔法で傷を癒そうとも黒魔法の効果は絶大である。


(行かなくてはならない。まだ、倒れる訳にはーー)


 囚われし最愛の人を助ける為、何時ものように倒れる訳にはいかないとエルフレッドは頭を振った。


「助けなくてはーー」


 ならない。そう口にしながらも意識は遠のいていくーー。


 世界を救ったとして、最強になれたとして、彼女が居なくては意味が無いのだ、と思考はそれだけの事を繰り返し、巡らせていた。


 しかし、抗い難い脳からの信号は身体を動かす事を禁じ、倒れるようにと命令を下す。足を縺れさせるように倒れ、地を掻いたエルフレッドーー視界は既に薄れ、ぼやけていた。


 彼がどうすることも出来ないのか、と絶望の淵に意識を失っていく最中、視界の端に人影を捉えたような気がしたのは夢か、はたまた幻かーー。













○●○●













 目を覚ましたリュシカは回復し、冷静さを取り戻した思考である決断を下した。


 最後まで抗い、逃げ伸びて、生きる。


 未だ姿を現さないレディキラー。さりとて、助けが来る気配も無い。魔法が使えない自身の頼りは皮肉にもレディキラーの接近に過剰反応を起こす自身の身体のみだが、何もないよりはマシである。


 そう思い立つと今まで絶望に臥せってしまった時間さえ惜しく思えるが、今更、後悔しても仕方がない。意識を切り替え、逃げる方法を見つけるだけだ。


 リュシカはベッドから身を起こすと辺りを見回した。窓の無い壁に穴を開ける力は無い。魔法が使えない自分では腕を縛る布でさえ、自力で切ることは叶わない。

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