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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
終章 偽りの巨龍 編(下)
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30

 それでも尚、戦おうと魔力回復薬を取り出したエルフレッドに異形とルシフェルが同時に襲い掛かった。正面から殺到する異形と亀裂を使った移動で後ろに回り込むルシフェルーー挟み撃ちである。


 あからさまな狙いは当然、彼ならば一瞬で見抜けるもの。しかし、体がついていかない。それこそ、近距離転移でやり過ごすなどすれば良いのだろうが、その判断さえも普段と比べる迄もなく遅い。


 判断した頃には眼前に敵が迫っている状況だ。異形を傲慢な風で薙ぎ払い、ルシフェルへと振り返った頃にはその巨体を大剣と障壁で受け止めるくらいの選択肢しか残っていなかった。


 ーー否、受け止める事さえ出来なかった。ルシフェルの巨体に弾き飛ばされたエルフレッドは丸で空を飛ぶかの如く、跳ね飛ばされた。両腕はひしゃげ、得物である大剣にも罅がきている。


 このまま地面に衝突すれば、命はあったとして戦う事は出来ないだろう。そうなれば、待つのは死のみである。その運命に抗いたい。しかし、名も解らぬ、あの奇跡の魔法は発動の気配も無い。やはり、自身には掛けられぬもののようだ。


 徐々に近付いてくる地面。思考は多く巡るものの妙案は無く、最大出力の障壁を張ってどうにか生き延びるのみーー終わり迄の時が延びるだけの悪足掻きだが、何もせずに死ぬような事はしたくない。そして、出来る事ならば、次に戦う事になるだろう者達に情報を引き継ぎたい。


 今の自身に出来る最善の行動はそれくらいしかないのだと、エルフレッドは悟っていた。


 神の悲願とやらはリュシカに託されるのだろうか?そもそも、彼女は無事なのだろうか?


 思考は疎らで、身体が深刻なダメージを訴えている。諦めることなどしたくはないが、これはもうどうしようもーー。




 そこまで考えていたエルフレッドは突然、視界が開けていくのを感じた。思考が巡るようになり頭が突如、軽くなった。





 まるで全身が十全になっていくような感覚に一瞬、死を前にしておかしくなったかと思ったエルフレッドだったが、目の前に広がった光景を見て、考えを改めた。


 天より降り注ぐ眩くも暖かい光ーー見覚えがあった。先程、経験したばかりのそれにエルフレッドは笑みを浮かべた。


(ーー感謝します。メルトニアさん)


 地面まで擦れ擦れの所で間一髪、風の翼を拡げて飛び立ったエルフレッド。心の中で告げながら、驚愕の表情を浮かべているルシフェルへと向かって飛び掛かるのだった。













○●○●













「あれ?転移で一発アードヤードじゃねぇの?」


 島の端、自身が船を停めた辺りに現れて首を傾げたエドガーに、メルトニアは前を見据えたままーー。


「島全体に脱出不可能になる結界が張ってあるの。ルシフェルを倒さないと出れない感じの。だけど、ここにだけは唯一抜け道があるから、それを使う為に来たんだ」


 その結界を自身が作ったことは言わなかった。後ろめたい気持ちがあるのは勿論だが、一番は話が膨らんで時間を無駄にするのを避けたかったからだ。


「マジかよ⁉え、じゃあ、中央会議場の奴等って、エルフレッドがルシフェル倒さないと出られねぇのか⁉」


「......とりま、連絡入れて待ってもらう。ミレイユちゃん達を病院まで連れて行って、リュシカちゃんの件が解決次第、迎えに来るつもり」


「なるほどねぇ。送ってもらって、こういうこと言うのもなんだけどさ、それだとメルトニアさんの負担が大き過ぎやしないかい?」


 メルトニアは一瞬、言わなくても事情知ってるでしょう?と言わんばかりの表情を浮かべたが、それがミレイユの優しさだと気付くと、溜息を吐きながらーー。


「ーースパイ活動だったとは言っても迷惑を掛けた事には変わりないから、今回の件は幾らでも力を貸すつもりでいる」


 エルフレッドの言葉、エドガーの説得、そして、ミレイユの優しさーーメルトニアは未だ悩みの渦中にあったが、今回の件を裏切りから始まったものでは無いように扱うことにした。無論、それは皆の意図を汲んでの事であり、自身の気持ちは一旦捨て置いての話だがーー。


「そういうことかい。私はそこまでする必要は無いと思うけどねぇ。まあ、メルトニアさんの力が有れば百人力ってヤツだ」


 背中に背負ったノノワールの状態を確認しながら告げるミレイユに「とりま、話は後。急ぐよ?」と空を飛ぶ為の印を描きーー。


「あ、その前にこれだけはーー」


 メルトニアは純粋な水を纏い、エルフレッドの姿を思い浮かべた。万が一を考えての本質魔法だったが、ごっそりと魔力や生命力が奪われていく感覚を感じて、その判断が正解だったと思うのだった。


 首を傾げる二人を前にして魔力回復薬を飲み干し「んじゃ、急ぎで行くよ?飛ぶからね」と彼女は印を描いた。そして、二人を連れて、空を飛び、自身が作っておいた穴へと向かいながら思うのだ。


(感覚的に一年分くらいの生命力を保っていかれたかな?これ以上は正直、厳しいし......負けないでよ?エルフレッド君ーー)


 穴を越えて、転移をしようとした時、メルトニアの携帯端末が震えた。ノノワールの件やその後の予定も考えて、一旦無視した彼女ーー。


 実はそのメッセージ、イムジャンヌがグループの皆に向けて送った例のメッセージだったのである。




 リュシカがレディキラーに攫われて行方不明になった。




 彼女がその事を知り、奔走することになるのはそれから暫く経っての事であった。













○●○●













 カビの臭い、湿った空気、淀んだ風ーー不快極まりない環境の中で、リュシカが目を覚ましたのは日が暮れてからのことだった。


 薄暗い裸電球だけの部屋、ボロボロのベッドの上に転がされた状況に彼女は辺りを見回した。


 レディキラーは近くに居ないようだった。そして、不幸中の幸いか、寝ている間に何かをされたという事も無いようだった。


 とはいえ、両腕は縛られて腕輪が着けられている感覚がある。もしや、と思い魔力を巡らせてみようとすれば、魔力が霧散していく感覚ーーどうやら魔封じの腕輪が着けられているらしい。


 要は何時でも、どうにでも出来る状態にあるからこそ、何もしなかったのだろう。絶望的な状況であることに変わりはなかった。


 やはり、というべきか下腹部の痛みは消えていた。多少気怠さは残っているものの、立てなくなる程の痛みを訴えていたのが、まるで嘘のようである。


 Sランクの試験を受けて多少はマシになったのでは?と期待していたが、幼少期に植え付けられたトラウマというのは早々軽くなるものでも無いらしい。


 思わず、涙が零れ落ちた。結局、自分は足手まといにしかならないのか、と悔しくて、情けなくて、惨めな気持ちになった。遠い過去に思いを馳せれば、こんなシチュエーションを夢見た事もある。


 囚われの姫を助けに来る王子様ーーだが、現実はそうはならない。夢見る幼少期の自分に待っていたのは、耐え難い暴力とそれに付随した精神的苦痛だ。


 確かに父親に助けられたものの、ある意味手遅れだったと言ってもいい。あの時の記憶は焦げのようにこびり付き、未だに自分を苦しめる。


 ならば、自身が強くならねばならない、とそうでなくては彼の隣には立てない、と努力した結果、Sランク冒険者にまで上り詰めたというのに、本質的には何も変わっていなかったという事実は彼女の心情を更に重くした。


 何をやっても変わらない自分に腹立たしくもあり、しかし、どうしようもないことを理解している。あまりに無様な現状だ。


 こんなことならいっその事ーー。


 いっその事、何だ?一瞬、脳裏に浮かんだ感情にリュシカは震えた。


 全てを諦める?舌を噛む?アイツに好き邦題されるくらいなら、そうした方がマシ?


 確かにそうだろう。だが、その選択は今じゃない。今じゃないのに、思考を働かせるとその最悪の選択肢が頭の片隅を過りーー。

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