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繰り返し流れるディエス・イレが審判者が現れて全てに裁きが下されると叫ぶ。ダビデとシビラの予言の通り、世界が灰燼に帰す日であると。
確かにそうなる可能性はあった。しかし、実際は審判者の任を担う三柱の創世神による統治によって赦された。それは人々だけの世界の終焉を意味し、ある意味では神の信認を得る事が出来なかったという結果になったが、全てが無になることは間逃れた。
それぞれの創世神は違うやり方ながらも、審判を下し、今の世界の形を作った。そして、特にその加護を強く受ける四国は権力と引き換えに大きな責任を負うこととなったのだ。
全てが厳しく裁かれる恐ろしい日を迎えたくないのならば、世界の平和を守り神々を納得させなくてはならない。もし、平和を乱す者が居れば、神の代わりに裁かなくてはならない。
言葉は違えど、大国の王族や皇族達はその使命を帯びている。そして、今、その時が来たのである。
怒りの日ーー神の代行者として平和を守ることが出来るのか?その使命を果たす力を持っているのか?それとも、その使命を忘れ堕落し厳しく裁かれなくてはならないのか?
ーー何にせよ、これ程、歌詞に相応しい日はない。神の隣に立つ者。神託により使命を託されし者。そして、書物によって教えを引継ぎ代行者となる者。
神の隣に居ながら、神の意に背き、地の底に堕ちた大罪者を神と崇める不届き者ーー平和を乱す者よ。
「キャッハー‼数多の才能を惜しげもなく与えられた創世神様に最も愛されてるアタシが、創世神様に代わって裁いちゃいま〜す‼」
「......物は言いよう、考えようってな。まあ、何にせよ、事態はそこまで良くないらしい。微力ながら助太刀させて頂きますよっと」
ーー裁かれるのは貴様の方だ。
○●○●
中央会議場の入口前ーー。援軍として呼ばれた二人を見送ったエドガーとメルトニア。手持ち無沙汰になり本質魔法の水で何が出来るのか、と遊び半分で魔法を行使していた彼女にエドガーはあくまでも軽い調子でーー。
「んで、どうすんの?メルトニアさん。俺としては楽しく生きて幸せになって欲しいって思ってんだけどなぁ〜」
「......気付いてたんだ。エドガー君」
魔法の行使を辞め、苦笑いを浮かべながら振り返った彼女にエドガーは「まあ、中々長い付き合いだし。命の恩人の事だしな」と肩を竦めながら微笑んだ。
「腕無くなって、仕事出来なくなって、せっかく積み上げた功績も、Sランクの称号さえも無くなって......辛ぇ。マジで辛ぇ。メルトニアさんの言う通りだった。何つうか死と天秤に掛けられるほどに辛ぇ現実だ」
死を選ぶというならば苦しみ無く命を奪ってくれるというメルトニアの優しさ、その意味が今になって現実として突き刺さる。
「でも、生きてりゃあ幸せっていう言葉だって本当だったんだ。俺に幸せをくれてる娘は俺と一緒で孤児で学もねぇお馬鹿な娘だけど、道化を演じてる俺の死にたくなる気持ちを汲んで、抱き締めて泣かせてくれる優しい娘なんだ。全てを失った現実から逃げて、腑抜けた振りしてる俺に寄り添ってくれる。そんな娘と共に生きれる幸せなんて、あの時死んだら、ありゃしなかった」
男は単純な生き物だ。単純だからこそ、積み上げた全てを失って辛くない訳が無い。転げ落ちた自身を見る周りの視線が怖くない訳がない。巨龍に腕を奪われて可哀想という同情の視線が苦しくない訳がない。
それを隠し、腑抜けた振りをして、逃げて、大丈夫だと言い張ってーー大丈夫な訳がないのだ。最愛の女性が居てよかったと言い聞かせて、依存しているフリをして、生に縋る惨めさを噛み締める日々が幸せと呼べる訳がない。
だが、長い付き合いのあった友人達でも気付かなかった彼のそんな心情を理解し、私の前では無理しないで良いよ、と大丈夫な振りしなくて良いから、と泣かせてくれる女性と共に生きる幸福が舞い降りたのは、あの日、生きていれば幸せと教えてくれたメルトニアのお陰だとエドガーは心の底から思うのだ。
「まあ、何がどうなったか解んねぇ部分はあるけどーー協力は惜しまねぇからさ?何でも相談してくれよ」
メルトニアは何も言えずに曖昧に微笑んだ。少し空を見上げ、思考した後に溜息を吐いてーー。
「解った。少し考えてみる。とりま、自棄になってヤバいことしちゃったし......そこをどうにかしてからだね〜」
エドガーの携帯端末がなり、メッセージが届いた。ノノワールの負傷とミレイユの離脱を知らせる内容に「割と責任重大な護衛の仕事入ったわ」と苦笑いを浮かべる。
「上級魔法で回復したのに目を覚まさねぇなんて、中々やばいなぁ。メルトニアさん居て本当によかったわ。転移で病院まで行けるのはでけぇ」
「決定事項みたいに言うよね〜。まあ、ノノワールちゃんヤバいなら行くしか無いだろうけど.....あ〜あ、エドガー君。本当に協力しなよ〜」
ガックリと肩を落としながら溜息を吐く彼女に「当たり前だろ?命の恩人見捨てるわけないじゃん」とエドガーは大笑いしながらーー。
「因みにメルトニアさん何したの?」
メルトニアはジトリとした視線を送りながらーー。
「......リュシカちゃんにレディキラーけしかけた。エルフレッド君に何かあったら覚悟しろって言われた」
クルリと背を向けたエドガー。視線の先にはミレイユ、そして、その背中に背負われたノノワールの姿があった。
「おっと。護衛対象の到着だ。メルトニアさん、よろしく頼むわ!」
「......エドガー君?」
「いやぁ、本当に参ったねぇ〜、こちとら片腕義手だっていうのに、中々やべぇ依頼ふっかけやがっーー「エドガー君!協力するって言ったよね‼」
音がする程に地面を踏み鳴らしながらメルトニアが叫ぶと、エドガーは「ーー確かに言ったけどさぁ」と頬を引き攣らせたような笑みを浮かべながら振り返りーー。
「なんで、よりによって、リュシカ嬢に要らねぇことするかねぇ。それって現状、どうなってる可能性が高い訳?」
「......計画通りなら攫われて、廃墟に連れて行かれてるところ。リュシカちゃんが本調子なら、返り討ちにしてると思う。でも、解んないから、とりま、アードヤードに戻って状況確認したい」
ブスッとした表情で視線を逸しながら告げる彼女に、今度はエドガーが溜息を漏らすのだった。
「うわぁ......後悔の波が半端ねぇ。前言撤回してぇ......」
「その言葉を聞いて意地でも長生きしようと思えたよ〜。ありがとうエドガー君〜」
「ーーメルトニアさんと......隊長⁉腕一本って聞いた時はまさかとは思ったけど」
予想通りとはいえ驚きを隠せないミレイユに「まっ、おっさんに呼ばれてな!つうか、今はお前が隊長だろうが」と笑顔を見せた。
「つうか、今はそんな話をしている場合じゃねぇわな。とりあえず、アードヤードに帰るぞ?ってな訳でメルトニアさん」
「はいはい〜。んじゃ、例の件は頼むよ〜」
全く、安請け合いするもんじゃないなぁ、とぼやくエドガー。転移の光に包まれて皆は中央会議場を後にするのだった。




