27
解りやすいほどに奪われていく魔力と体力。明らかに疲弊しているのが解る。メルトニアが使った名称不明の回復魔法によって、ほぼ完璧なコンディションになっていたにも関わらず、既に息が上がり始めていた。
エルフレッドは攻撃の手は緩めないながらも、意識的に黒魔法を避けるように動き始めた。無論、それは簡単な事ではない。ルシフェルはエルフレッドの隙を狙っている。それを上回る動きをしなくてはならない。
風を切る音を立てながら飛来する無数の棘を避けながら大剣を振るう。縦横無尽に空を飛び回り、風を操り、隙をつく。
互いが互いの隙を狙うカウンター合戦に、エルフレッドは神経が研ぎ澄まされていく感覚を覚えていた。
「ハッ!大口を叩いた割には真似事か!」
「安い挑発だな。貴様が戦い方を変えないならば、こちらが戦い方を変えるだけの話だ。真似も糞もあるまい」
無数の針を飛ばし続けながら嘲笑するルシフェルを エルフレッドが鼻で笑い飛ばす。避けながら放つ大剣の一撃には確かに手応えを感じている。態々、挑発に乗る必要が無い。
竜巻が建物の一部を壊し巻き上げた。ガツリ!と激しく音を立ててぶち当たった破片が、ルシフェルの鱗を剥ぎ取っていく。
大剣から放たれた傲慢な風が鱗の無い部分を切り裂き、鮮血を飛ばす。
空を軽やかに飛び回り、仮初めの翼で体を浮かすルシフェルの周りを旋回しながら、エルフレッドは徐々に自分のペースを掴んでいった。
「実に小賢しい!ならば、これでどうだ!」
「ーー異形か」
直線的な動きしか出来ない棘では埒が明かないと、ルシフェルは翼から異形を生成し、エルフレッドへと放つ。
大きな口に翼が生えただけの歪な異形の姿に、芸が無いと思いながらも表情を険しくする。その数は優に百を越える。知能を感じないながらも蠅の如く群がってくるそれは非常に煩わしい。
視界を覆う様に纏わりつく異形を上級風魔法、打ち付ける神の槌で叩き潰し、風の檻に包まれたルシフェルへと傲慢な風を放ったエルフレッドはーー。
「何処を見ている!」
後方より聞こえた声に驚愕し、身を捩った。視界の端には巨大なルシフェルの口内。掠めた牙が上腕を引っ掻いて傷を作る。
エルフレッドが、ガチンと噛み合わさる音を紙一枚の距離で耳にしながら、大剣を横薙ぎに払えば、ルシフェルの牙とかち合った。
ギロリとこちらを捉えた視線が嫌らしい笑みに歪む。ここに来てルシフェルは神出鬼没と言われている所以の魔法を見せてきた。
「その魔法......黒魔法という訳ではあるまい」
鍔迫合う力に血を垂らしながら睨みつけるエルフレッドに対して、ルシフェルは口を動かさぬくぐもった声でーー。
「知れたこと。何も届かぬ虚無の黒から抜け出す為に編み出した魔法だ。矮小な貴様らには、その原理すらも掴めまい」
「......何にせよ。厄介だ」
グワンと全身を撓らせ、首を振るったルシフェルに弾かれたエルフレッドは風の膜で徐々に勢いを殺し、宙を後方に回るようにしながら体勢を整えると、空を蹴るようにして突撃する。
しかし、それを嘲笑うかのように後方から現れたルシフェルの尾ーー、振り払われた一撃を回転するようにしていなし、戻ってきた尾を大剣で受け止めながら視線を戻せば、巨体の半分を空に現れた不自然な亀裂に入れ込み、小馬鹿にするような笑みを浮かべるルシフェルの姿が見て取れた。
思わず舌を打つエルフレッド。苛立ちをぶつけるように大剣を振り抜いて尾を払い、ルシフェルに向かって飛翔ーー雄叫びを上げながら横薙ぎの風の刃を放つも、当たらない。
完全に亀裂へと体を隠して、風の刃を避けたルシフェルは、そのまま後方からエルフレッドへと襲い掛かった。
「甘い‼」
ーーが、尾の位置からある程度の場所を予測していたエルフレッドが、振り返りざまに傲慢な風を放ち、それを迎え撃つ。
ーーも、前方に亀裂を作ったルシフェルは亀裂に入る事でそれをやり過ごし、悠々とエルフレッドの前方に現れた。
「危ない危ない!今のは中々に良い攻めだったぞ!」
「戯言を。そうやって遊んでいられるのも今の内だけだ」
軽口を叩くルシフェルの言葉を切るようにして、エルフレッドは言い放つ。襲いくる異形を打ち払い、次なる一手に備えて大剣を構えた。
疲弊に強く脈打つ鼓動を頭で聞きながら、ふとすれば熱を持ち霞む視界を凝らしながらーー。
○●○●
中央会議場での戦いは拮抗していた。未だ、助っ人は到着していないものの、ジャノバの一手によって分断されていた戦力が纏まった事により、連携が密に取れるようになったからだ。
ブラントンとの近接戦闘をコガラシとミレイユが担当し、ジャノバが全体の援護と支援を担当。ヴァルキリーの面々が異形を駆逐し、エルニシアが聖女の能力を持って全体の指揮を取る。布陣としてはほぼ完璧な形となり、犠牲者が増える事は無かったが、それでもブラントンを倒すに至っていないのは、予想通り攻撃力が不足しているからだ。
戦いの場から離れて長いコガラシ、本調子とは程遠いミレイユではブラントンに致命傷を与える事は難しい。かと言って、最も攻撃力があるジャノバがブラントンに当たれば、新たな犠牲者が生まれる可能性が高い。
援軍が来ると解っていながら一か八かの賭けに出る必要はない。戦況を維持し、勝ち目を模索しながら援軍を待つ。現状、これ以上の状況は存在しなかった。
(唯一の気掛かりはノノワール嬢だな)
時にブラントンを狙撃、時にヴァルキリーの面々が仕留め損なった異形にとどめを刺しながらジャノバは思考を巡らせた。
ミレイユに言った言葉に嘘はない。地属性の回復魔法は全属性最高クラス。脇腹を穿った傷を完璧に治した自信はある。更に言えば大地のエネルギーが生命エネルギーに補填される為、致命傷で無ければ大凡回復出来る筈だ。
しかし、出血してからの時間が長ったのだろう。大地のドームに護られ、目を閉じた彼女は未だに目を覚まさす気配がない。なるべく早く病院に運び、適切な治療を行う必要があった。
信じろと言った手前、ミレイユには言えないがジャノバは内心、現実的な算盤を弾いていた。
彼奴等の到着次第で五分五分ってところだな、と。
当然、遅れれば遅れる程に確率は下がっていく。確実な事は言えないが、到着まで一時間以上掛かった時にはもうーー。
多くを救うべく、その選択をした。故に万が一が有れば責任は取るつもりだった。己が大公であるが故に命はやれないが、それ以外は望む物全てを与えよう。
それだけの覚悟がジャノバにはあった。
「くそっ‼私は世界の王になる存在だぞ‼面倒な真似をしおって‼」
そして、そんな覚悟があるからだろう。的確な対処に対応出来ず、苛立ちを募らせるブラントンの姿を見ていると、余計に腹立たしい気持ちが強まっていくのだ。
(こんな、ルシフェルから力を授かっただけの下らない男に、才能有る若い芽が摘まれていっただと?巫山戯るのも大概にしろ)
運も実力の内かもしれない。賄賂等で伸し上がったのも才能だろう。だが、それだけだ。性別を超えて世界を魅了する女優のノノワールは言うまでもないが、エルニシアが集め、育ててきたヴァルキリーの一人でさえ、この男とは比べるまでもない価値を持っていた。
それを、この男は自分の物ではない力で食い散らかし、蹂躙し、踏み躙った。あたかも自身が苦労をして得たかのような態度を取りながら、そうされて当然だと言わんばかりに命を奪ったのだ。
そんな冒涜の限りを尽くす愚者に、ジャノバは耐え難い怒りを感じていた。その罪は命を持ってしても償えまいが、断罪の死を与えん、と冷静な頭とは裏腹に燃え滾る怒りがあったのだ。
援軍が到着し、ミレイユ達を逃がす事が出来て、状況が完璧に整った時には目にものを見せてやるーー。
また、一体の異形を撃ち落としながら、ジャノバは思うのだった。




