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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
終章 偽りの巨龍 編(下)
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「あ〜あ、負けちゃったな〜。一思いにやっちゃってくれない〜?グサッとさ〜」


「嫌ですよ。折角、殺さずに済んだのに何で殺さなきゃいけないんですか?」


 ゴロンと仰向けに寝転がり、何時もの調子で話し掛けてきたメルトニアに、エルフレッドは心底嫌そうな表情で答えてエリクサーを呷った。


「だって、このままじゃあ生き恥晒すだけじゃん〜。もう帰る場所も無いし〜、研究も結果も出ちゃったし〜。私、もう疲れちゃった〜」


 口調こそ軽いが溢れる涙を隠す事もしない。生きる意味を失っているのは確かだった。徐々に回復していく自身の調子を確かめながら、エルフレッドは溜め息を漏らす。自暴自棄というのは中々回復しないものらしい。


「帰れば良いじゃないですか。アルベルトの元に。スパイってことで皆には通ってる訳ですから、俺も何も言いませーー「だから、屑な私には相応しく無いって言ってるでしょ‼もう与えれる物だって何もない‼」


 強い口調で叫ぶ彼女に、エルフレッドは真剣な表情で思案する。腕を組んで色々と思考を繰り返した後に、地に刺した大剣を拾うと鞘に仕舞いながらーー。




「良いんじゃないですか?屑らしくて。裏切った事実も全部無かった事にして、普通に帰る。最高に屑だと思いません?」




 呆けた表情で「ほへ?」と理解不能な擬音を呟いた彼女にエルフレッドは肩を竦めながらーー。


「婚約者を眠らせて、友人を裏切り、戦友の恋人に怨敵を消し掛け、戦友を殺そうとした挙げ句、実はスパイでしたって言って、英雄の一人に祭り上げられて、婚約者と目出度く結婚する。素晴らしい屑っぷりに寧ろ尊敬しますけどね」


「......あの〜、流石にそれはちょっと〜、なんとな〜く怒ってるのは解るけど〜、流石にイタすぎるというか〜、とりま、それだけで死ねそうなんだけど〜」


 口の端を引くつかせながら言う彼女に「とりあえず、エリクサー一本は借りなんで返すまでは生きて貰わないといけませんしね」とエルフレッドは事も無げに返した。


「もし、不幸になった分だけ幸せになる権利があるとするならば、此処で使ってしまえば良いじゃないですか?それで不幸になる人間が居ないならば、誰も責めやしませんよ。許すか許さないかは自分だけの問題だと思いますけどね」


 大分、回復してきたと肩を回し、歩き始めたエルフレッド。彼の大一番はこれからなのだ。閉口し呆然とする彼女の横で足を止めた彼は「それに言い忘れてましたけど」と告げた後、今迄で最も殺意の籠った視線を彼女に向けた。




「今は見逃しますけど、リュシカに何かあった時は覚悟して貰いますからね?」




 心の芯から這い上がって来るような恐怖にメルトニアは頷く他無かった。ならば良し、とエルフレッドは歩き始めた。そして、振り返りはしないが彼女に言葉を投げる。


「それにまだ魔法の研究は終わってませんよ?自分を幸せにしてくれた光って言ってましたけど、それが攻撃魔法な訳ないじゃないですか?それに本質魔法だって......俺が思うに全属性じゃないと思うんですよね」


 反応が無い彼女がどう思っているかは解らないが、エルフレッドは思うのだ。先天的に全属性が備わっていたのなら話は別だろうが、彼女の場合はあくまでも人工的に植え付けられたものだ。ならば、彼女の本質とは考え難い。


「元来、備わっていた属性にメルトニアさんの性質を加えた物。それがきっとメルトニアさんの本質魔法だとーー「待って‼エルフレッド君‼」


 足を止め、怪訝な表情で振り返ったエルフレッドは驚愕の表情を浮かべた。立ち上がり、全身に清らかな水を纏ったメルトニアの姿に「まさかーー」の言葉が零れ落ちた。


「もしかして、メルトニアさん。今ので自分の本質魔法を手に入れてしまったんですか?」


「そのまさかだよ。エルフレッド君。元々魔法には誰よりも理解があるつもりだったし、後は自分の本質さえ理解出来ればって話だったんだ。お陰でそれも理解出来た」


 そして、彼女は印を描く。エルフレッドに降り注ぐ光の柱ーーしかし、それに攻撃性は一切無い。エリクサーでは回復し得なかった失われし物ーーその全てが満ち足りていく感覚があった。


「"純粋なる水"。それが私の本質魔法だったんだ」


 憑物が取れたような表情で告げた彼女に、エルフレッドは「なるほど」と口角を上げた。良くも悪くも、と前に付くが確かに彼女程、純粋な人間は居ないだろう。純粋が故にーーというべきか、しかし、今は清らかな水の如く、澄んだ表情を浮かべている。


「これは死ねなくなったね〜。エルフレッド君〜。とりま、君に殺されないようにリュシカちゃんをどうにかしてくるよ〜」


 そして、言うが早く謎にビシッと敬礼をして転移していった彼女に、いつの間に回復したのやら、と苦笑したエルフレッドは振り返るや否やその表情を一変させた。




「あの魔法使いは失敗したか?まあいい。俺の手で葬るのもまた一興というものだ」




 険しい表情を浮かべ、鋭い眼光で睨みつけるエルフレッドに対して、満ち足りた表情でヘラヘラとした笑みを浮かべ、嘲るように告げるルシフェル。その背にはもがれた筈の翼が禍々しい輝きを放ちながらも、はためいていた。


 鼻につくような濃密な死の香りに、エルフレッドは更に表情を険しくしながら大剣を抜く。


「その翼の為に何人の人間を犠牲にした」


 ウインドフェザーを唱え、翼を展開し、臨戦態勢に入ったエルフレッドに、ルシフェルはニタリとした笑みを浮かべながらーー。


「数は解らん。まあ、地下シェルターとやらに隠れていた人間は老若男女問わず、全てと言っておこう」


 世界政府の地下に広がる広大なシェルターは島民の大半を収容出来る大きさがある。となれば、島に残った人間の大半は死に絶えたということになる。


 中にはルシフェルの側についた人物やその家族も居ただろう。人類が敵であるという考えに敵味方が存在しないという話は、どうやら本当のことだったようだ。


「ーー許さん‼」


 大剣を構え、飛び掛かったエルフレッドにルシフェルは人々の魂で作った仮初めの翼をはためかせながら、迎え打つ。


 こうして、エルフレッドとルシフェルの人類の存亡を賭けた最終決戦が始まったのだった。













○●○●













 転移魔法を唱え、島の端へと到着したメルトニアは自身の作った抜け穴に向かうべく、空を飛ぶ準備をする。単純な話だが、一箇所だけならばこちら側でも抜けれるような作りにしてあった。


 無論、誰でもと言う訳ではない。抜けられるのはメルトニアのみ。他の人々が、その抜け穴を使いたければ、メルトニアと共に向かう他ないのだ。


 エルフレッドにはああ言ったが、実際は複雑な心境を持ったままである。リュシカの件の責任を果たしたとして、暫く一人になりたいと考えていた。


「うぉーい!メルトニアさん!無事か!」


「あれ⁉エドガー君⁉こんな所で何してるの⁉」


 声のした方向に顔を向ければ、義手になった利き手を振りながら笑顔を見せるエドガー、何時も通りウイスキーを呷っているエキドナ、既に疲れ果てて何も言う気力が無いと、萎びた様な表情で手を上げるコーディの姿が目に入った。


「いや!それがさ!惚気話話してる暇があったら迎えにでも来いってジャノバのおっさんから言われちまってさ!コイツ等は緊急依頼で助っ人みたいな?」

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