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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
終章 偽りの巨龍 編(下)
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 互いが互いの今在るべき場所に戻っていく。途中からリュシカの様子が変だったことに気付いていたフェルミナは心配気に振り返ったが、飛びつく勢いで抱きついてきた仲間達からの手荒い歓迎を受けて、それをやめた。


 最後に見えた様子だとルーミャを中心に何かを話しているようであったし、大丈夫だろうとも思ったのだ。


「惜しかったのだ‼というより内容的には勝ってたのにーールール改正を申し込みたいくらいなのだ‼」


 実際に途中からの内容を見ればフェルミナが勝っていた所が多かった。アオバがそう言いたくなるのも無理はない。


「ありがとう。でも、引き分けは引き分けです。詰めが甘かった私の未熟さが招いた結果ですからーーここは確りと受け止めて、今後の修行に繋げたいと思います」


 それにリュシカとて調子を崩していたのだ。それを言い訳にせず、結果を受け入れた。本調子の彼女がSランク冒険者としての実力を遺憾なく発揮していたら、こんな展開にならなかった事くらいフェルミナだって理解している。


「うぅ〜‼フェルフェルは本当に真面目なのだ‼でも、それがフェルフェルのいいトコなのだ‼悔しいけど頑張った結果ーー胸を張って受け入れるのだ‼」


 そう言って満開の笑みを浮かべたアオバに、フェルミナも太陽の如く輝かん笑みを見せた。その表情は正しく名前の太陽の子に相応しい、悔しさを微塵も感じさせない笑みであった。




 ベンチに辿り着くなりフラつき、ルーミャやイムジャンヌに支えられる形となったリュシカは青白い顔色で「すまない」と呟いた。


「リュシカお姉様⁉もしや持病がーー」


 ベンチから駆け寄り心配そうな表情で駆け寄ったカターシャに「今までは全く問題なかったのだがな」と苦笑する。


「大丈夫ぅ⁉表彰式、棄権するぅ⁉」


 余りの顔色の悪さに狼狽えるルーミャに「皆には悪いがそうさせて貰う。薬を飲めば少しは違う筈だ」とリュシカは辛そうに表情を歪めた。


「じゃあ、私が家まで送る。流石に心配」


「ーーいや、そこまでは必要無い。私が出れない分、皆は確りと栄誉を受け取って欲しい」


 ベンチに座り込み、痛みに呻きながらもハッキリと告げた彼女にイムジャンヌは怖いくらいに真剣な表情を浮かべてーー。


「馬鹿言わないで。そんな状態で一人に出来る筈がない。何かあったらエルフレッドにも申し訳が立たない」


「そうだよぉ‼イムジャンヌの言う通りだよぉ‼何なら私が代表として受け取って置くから、二人に付き添って貰いなよぉ‼」


「いや、ただでさえ、ノノワールが参加出来ていないんだ。本当なら私だって無理をして参加せねばならんだろうがーー別の意味で迷惑を掛けてしまう可能性があるからな」


 そう言いながら肩を竦めるリュシカに言いたいことは山程あるが、意見が纏まらず押し黙った皆に対して、リュシカは観客席の方を眺めながらーー。


「それに私だってて一人で帰ろうなどとは端から思っていない。観客席の何処かに母上が居られる筈だ。城門辺りで合流して一緒に帰るつもりだ」


 その序でに聖魔法を掛けてもらえば万事解決だとまで言われれば、皆も反論の言葉は出ない。


「......解った。でも、メイリア様と合流したら必ず連絡して。じゃないと私達も安心出来ない」


 尚も納得いかない表情ではあったが、それ以上の妥協点はないとイムジャンヌが言えば、リュシカは頷きながらも溜息を漏らした。


「約束する。ーーが、何だかイムジャンヌはこれまで以上にしっかりしたな?いや、しっかりというか、こう母上と話している気分だ」


「やはり、子供が出来たからか?」と微笑み掛ければ「馬鹿言わないでよ。私は割としっかりしてる方だってエルフレッドも言ってた」と口を尖らせた。


「とりあえず、ゆっくり休みなよぉ?連絡待ってるからねぇ?」


 携帯端末で時間を確認していたルーミャがスケジュールと照らし合わせて告げる。それに無論だと手を上げてリュシカは立ち上がった。気休め程度の聖魔法を唱えると彼女は城門の方へと歩き出す。


「リュシカお姉様......大丈夫でしょうか?」


 後ろ姿を見るに足取りはしっかりしているように見えるが、ベンチ前でフラついた姿を見ているだけに不安は拭えない。


 そうこうしている内に表彰式が始まり、アードヤード王立学園の名が呼ばれ、皆は立ち上がった。声援と拍手に押されるかの如く歩き始めた皆だったが、その胸中は複雑であった。




(本当に妙だ。最近は此処まで痛むことは無かったのにーー)


 暫くは歩ける程度の痛みだったそれが、次第に強くなり始め、リュシカは思わず壁に手を着いた。自身の体に突如として現れた変調を不思議に思いながらも、彼女はゆっくりと城門を目指す。


 壁伝いに歩き、不思議そうに此方を見詰める観客に紛れるようにして歩いていると、その内、悪寒まで感じるようになってきた。


 嫌な感じがして、心細くなり早く家へと帰りたくなってくる。そんな感情が波の如く押し寄せて来るのを感じながら、リュシカは帰り始めた人々の間を歩き、城門まで急いだ。


「うぅ......痛い......」


 目的地の城門に着くや否や座り込むようにして、凭れ掛かり呻いたリュシカ。先程までチラホラと歩いていた人々の姿は何処にも無い。


 静寂の中、痛みに耐えていた彼女はここに来て、母メイリアに連絡していないことに気付き、溜息と共に頭を押えた。


(何時まで待ったって誰も来るわけ無いではないか......全く、我ながら馬鹿な事をーー)


 痛みでそれどころではなかったというのもあるが、本末転倒も良い所だ、と彼女は自嘲しながら携帯端末を取り出してーー。


「......弱ったな。全然電話が繋がらなーー」




「づがまえた」




 押し当てられた布から感じた強い魔力ーー抗えぬ眠気に抵抗する気力さえ一瞬で奪われた。呼び出しのコールを鳴らしたまま転がっていく携帯端末。応答の声さえも既に遠い。


 誰かが名前を呼ぶ声を微かに感じながら、リュシカは漸く気付いたのだ。痛みの理由ーーそして、悪寒の訳。病気が再発したわけでも何でもない。これは、その原因を作った者への強烈な拒絶反応とフラッシュバック。


 全ての原因は今、自分を再度攫おうとしているーー。


 意識を失った彼女と共に黒の歪な男は消え去った。転がった携帯端末から響くメイリアの声ーーそして、異変に気付きながらも間に合わなかった少女の嘆きの声が辺りに響くばかりであった。




 闘技場の中心へと向かう途中、何度も振り返っていたイムジャンヌだったが、半ばまで来て足を止めた。


「ごめん。皆、やっぱり私行ってくる」


「行ってくるってぇ?あ、こらぁ‼待てぇ‼ーーもうっ‼」


 ルーミャの制止のも聞かずに飛び出したイムジャンヌ。その心配しているだけとは思えない言動に二人は思わず、顔を見合わせる。


「行っちゃいましたね。イムジャンヌ先輩......」


「本当、どうしちゃったのよぉ。まあ、でも気持ちは解るし、一人で行かせるのは心配だったから、有り難いっちゃ有り難いかぁ......」


 突飛な行動に困惑の色が隠せないカターシャに対して、不満気ながらも仕方ないと言わんばかりの表情のルーミャ。心情としてはイムジャンヌとさして変わらないのかもしれない。


「とりあえず、二人になっちゃったけどぉ、皆を代表してると思って行きますかぁ!」


 ルーミャの不安を吹き飛ばすように明るく振る舞う姿を見て、カターシャは大きく頷くのだった。




 走り出したイムジャンヌの胸中は不安に満ちていた。妙な胸騒ぎーー言葉に言い表すことの難しいざわつきが、胸の辺りを中心に渦巻いている。


 彼女を突き動かすものは、勿論、友達として心から心配しているというのもあったが、それだけではない。


 エルフレッドへの償いーー夫婦揃って迷惑を掛けてしまった件の出来事に対する謝罪と感謝を、行動で示したいという気持ちが働いていたからだ。


 世界を救う手伝いは残念ながら出来ない。精々、アルドゼイレンが移動を手伝うくらいが限界である。


 ならば、せめて、憂いなく戦いに専念出来るよう、彼が最も大切にしている存在ーーリュシカを守ることこそが、自身に課せられた使命なのだと彼女は考えるに至ったのだ。


 しかし、世界大会も終わり、後は帰宅するだけという今になって、その使命が果たせなくなるのではないか?と感じるような出来事が起きてしまった。


 リュシカの言葉に一度は躊躇った。だが、それではいけないと勘が告げている。だから、彼女は走り出した。リュシカの目的地である城門へと向かってーー。


 何もないなら何もないで構わない。心配症だと好きなだけ笑わせよう。だが、万が一自分の勘が正しいとするならばーー。

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