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どうやら自身はまだまだ覚悟が足りなかったらしい。
"我々はユーネリウス様を歓迎致します!"
そう書かれた大きな垂れ幕を馬上から見つめながらエルフレッドはその頬を引き釣らせた。やはり、国境沿いの大きめの街ということで威風堂々とした関所が見えるのだが、その関所に垂れ下がった垂れ幕の大きな文字は最も存在感を放っていた。
黒馬から降りて関所に出来ている順番待ちの列に目をやりながら彼は最後列に並ぶ。徐々に列が減っていきエルフレッドの番が近づいてきた頃、急に警備兵から声を掛けられた。
「突然申し訳ありません。もしや貴方様は今代のユーネリウス様であられるエルフレッド様で御座いませんか?」
「確かに私がエルフレッド=ユーネリウス=バーンシュルツで間違いございませんが......」
不穏な空気を感じながら返事を返すと警備兵は大層慌てた様子で告げた。
「ああ‼︎やはり‼︎気づかずに申し訳ありません‼︎エルフレッド様には手続きは必要ないのです‼︎あちらの要人用入り口から中に向かって下さい‼︎」
「しかし、列を乱すとなると折角並んでいる方々に申し訳無いのですが......」
既に順番もあと数人である。このまま中に入った方が要らない問題を作らなくて済むのではないか?と考えた彼だったが事態はそういう問題ではなかったようだ。
「いえ、実は関所の客品室にて領主様であられるオルディン伯爵閣下が来られておりまして......是非一度、顔合わせが出来ればと申しております」
「かしこまりました。伯爵閣下を待たせるわけには行きません。伺いましょう」
少し納得がいかなかったが聖人の特権とはどうやらそういうものらしい。今後も要人用入り口に名前を伝えて出入りすれば良いということだったので素直に従うことにした。
(そういうルールがあるならば仕方ないか......)
特別なルールに少々辟易しながら客品室に向かったエルフレッドは笑顔で迎えてくるオルディン伯爵閣下なる人物に頭を下げた。
「遅くなり申し訳ありません。ルールを理解しておらずに御迷惑をおかけ致しました。私、バーンシュルツ伯爵家嫡男エルフレッド=ユーネリウス=バーンシュルツで御座います」
エルフレッドの言葉に下座に座っていた人物は大慌てで立ち上がると被って居た帽子を脱いだ上で頭を下げた。
「いえいえ、こちらこそ気づかずに申し訳ありません。今代のユーネリウス様。私、オルディン伯爵家の当主を勤めます[アルダイン=エネイロ=オルディン]と申します。突然のお招きに応じて頂き誠にありがとうございます」
とても丁寧だが腰が低すぎやしないかと訝しんでいるとアルダインはエルフレッドを上座に案内して自身は下へと座り直した。
「申し訳ありません。嫡男如きが上座など......」
「いえいえ。エルフレッド様は聖人様で御座いますから、そのようなことを気にする必要はないのですよ!実は私はエルフレッド様に聖人の在り方やルール等をお伝えするよう聖王様から申し付けられておりまして、その為にこの場を用意させて頂いたのです」
こちらを安心させるように微笑むアルダインにエルフレッドは漸く納得した表情を見せた。
「左様でございましたか。それは心遣い感謝申し上げます。丁度先程もルールが解らず戸惑っていたところで御座いました」
「それは致し方ないことで御座います。聖人となられた方の中には我が国に来られない方も居られますので初来国の際に詳しく伝えるようにしているのです。戸惑われて当然で御座います」
無論手続きなく訪問出来るなどの特権は伝わるが実際問題全くの許可なく聖人が来訪すると住民に混乱を招く可能性がある。その為に要人口から出入りするなどして来訪した人物を確認するなどの決まりがあるそうだ。
「そういった理由で御座いましたか......」
「ええ。それに今回はアードヤード側からの入国でありましたから良かったですが我が国側から出国される際の手続きで並ばれておられたら大変なことになっておりましたよ。神託を受けたユーネリウス様の御誕生は我が国にとっては一大事ですから、一目見ようと住民が殺到する恐れが御座います」
その光景を想像してエルフレッドが顔を青くするとアルダインは苦笑いを浮かべた。
「既に御経験が御座いましたか?申し訳ありません。普段はそうもならないのですがユーネリウス様ともなりますと並ぶ方々はアリア様や聖王様、個人では大聖女メイリア様や次期神託の巫女クラリス様ぐらいのものでして......それに人類史始まって以来三人目のユーネリウス様で御座いますから余計に興奮が抑えられないのでしょう」
エルフレッドは大体の内容を把握した。要するにリュシカの祖母である神託の聖女様がユーネ=マリア様より神託にて「エルフレッドなる者は今代のユーネリウスとしなさい」みたいな神託を受けてそれを発令した。聖国では聖王や神託の巫女と並ぶその称号を何故かアードヤード王国のエルフレッドが受けた。しかも人類史上三人目の希少価値付きである。
国教がユーネ=マリア教であり敬虔なる信徒の多いグランラシア聖国の国民からすると紛れもなく御神の御子が姿を現した!感謝感激雨嵐!是非御身をこの目に!といった存在というわけだ。
「うむむ。協力は得られそうですがプライベートは無さそうですね......」
難しい表情で唸り声を挙げるエルフレッドに向けて彼は少し申し訳無さそうに告げる。
「その代わりの特権と申しますか......そのお詫びと申しますか......そういう側面を持ち合わせておりますので何も気になさらず特権を行使して頂くことをお願いしております」
「かしこまりました。つきましては今日の予定などは......」
アルダインは先程より更に申し訳無さそうな表情を浮かべてーー。
「本日は馬車にて移動頂き我が寄子であるフィンフィドル子爵邸にて一泊頂きます。そちらにて歓迎の宴をさせて頂きます」
「心遣い感謝致します」
「いえ、民間の宿泊施設に泊まられますと妙な箔がつくと言いますか。最悪、店同士の抗争に発展しかねませんので寧ろこちらがお願いする立場です」
そういう話を聞いていると宗教と政治は難しいと思うエルフレッドである。そして、グランラシア聖国では旅の醍醐味は味わえなさそうだなぁ、ともーー。
「そして、明日は馬車にて移動中に住民へと顔見せをして頂いて、最も近い場所の飛空艇にて我国の王都リーゼブルグへと移動をお願い致します。無論、黒馬につきましてはこちらで移動させて頂きます。その後の予定は王宮の者が引き継ぎますので宜しくお願い致します」
「かしこまりました」
少し気疲れを覚えたエルフレッドは紅茶で喉を潤して茶菓子に手を付けるとバツが悪そうにしながら訊ねた。
「一点だけ確認ですが私実はショートスリーパーでして朝の四時頃から鍛錬などをして過ごすのですが場所はありますでしょうか?」
「......なるほど。七大巨龍の討伐に支障が出てはいけませんでしょうから......どうにか出来ないか聞いてみます」
「ありがとうございます」
今の話で彼は聖国内で予定していたほぼ全ての予定を諦めた。目下は氷海の巨龍討伐のみに集中することを決めたエルフレッドだった。




