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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
終章 偽りの巨龍 編(下)
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 尚も悔しげな表情を浮かべながら、新たな印を描くメルトニア。しかし、その表情は戦いには一切関係無いものだ。戦況は相変わらず彼女が有利であり、エルフレッドが攻め手を欠いていることに何ら変わりはないのだ。


 リュシカの事もあって心理戦でも既に有利を取られている。上手くいかない現状と相成って焦りは募るばかりであった。


 エルフレッドは空を舞うように移動し、距離を測る。少なくとも遠距離が良くないのは、今までの攻防で解った。そこら辺は対魔法使いのセオリー通りかーー。


 中間距離での牽制と接近戦での攻撃で活路を開こうと、距離を詰める彼にメルトニアは笑みを浮かべーー。


「そんなにちまちましてて大丈夫〜?まだ、ルシフェルも残ってるって言うのにさ〜」


 挑発に安易に乗る訳にはいかないが、時間の余裕が余りないのは事実である。未だ、その足取りは慎重ながら、先程よりも早急に距離を測りたいという意図が見えるようになってきた。


 そして、それはメルトニアにとって非常に好都合な状況であった。もっと焦りを募らせ、距離を詰めるようになれば、自身の望む絶好のタイミングが訪れる筈だと、長年の勘から確信していた。


 元来、魔法使いは遠距離を好むが彼女には死角がない。何なら最高威力の魔法は近距離魔法なのだ。ルシフェルの影との戦いで見せた天まで届く魔力の柱ーーあれこそが彼女の最大の一撃なのである。


 果たしてエルフレッドに耐えられるだろうか?と彼女はその時を待っているのだ。耐えられなかった時はせめてもの報いとして、リュシカ嬢は助けよう。自分が作った魔法なのだから、当然、穴くらいは用意している。


 だが、もし耐えられたとしたら、その時はーー。


 飛来するエルフレッド。その距離はヒット・アンド・アウェイの戦法ながら大分近く、テンポも早い。今の状況に対して非常に焦りを感じているのは明白であった。


(早くおいで。エルフレッド君。元々、長期戦にするつもりは無いんだ。私の最大の一撃、見せたげる)


 メルトニアは命を燃やす黄金の瞳に更に力を込めながら思う。距離が詰まり、攻撃が拮抗したその時こそ、この戦いが終わる時であるとーー。













○●○●













 あからさまにリュシカの動きは悪くなっていた。顔色も良くなく、額に浮かぶ汗も隠せない程にかいている。何かに反応するかの如く痛み始めた下腹部に、集中力さえ落ちていた。


 エルフレッドからの回復魔法は予定通り受けていたし、薬も効いていた。ほぼ回復したと言っても過言ではない状況だったにも関わらず、痛みを発している状態には違和感さえ覚えていた。


「はあああ‼」


「くっ⁉しまっーー」


 悪いタイミングでの強い痛みにフェルミナの棒が頬を打つ。星が飛んだように目がチラつき、脳が揺れた。倒れそうになるのを堪え、どうにか構え直した彼女に対して、防がれると思っていたのだろう。振り切った状態で困惑するような表情を浮かべるフェルミナの姿が目に入った。


 しかし、それも一瞬だ。何はともあれ好機であると式神、虎鉄を走らせて距離を詰める彼女に、リュシカは防戦一方の戦いを強いられる。


「どうしたんですか‼手加減だったら許しませんよ‼」


「はっ、出来るものならやってるさ‼私は常に本気だ‼」


 今の状態でだがな、と心で付け加えて曲刀を握り締める。痛みが走る程に強く握れば、痛みが和らぎ、少しは集中力が高まるような気がした。


 クルリ、クルリと回転しながら攻撃を避けては好機を待つリュシカに対して、フェルミナの攻撃は苛烈さを増していく。移動が主体ながら攻撃も可能な虎鉄の存在も非常に厄介だ。連携を取られれば隙は見当たらない。


 徐々に後退せざるを得ない状況に追い詰められ、リュシカは閉口する。見付からぬ隙に焦りも出てきた。そんなリュシカの状況等、ホーデンハイドの特殊能力でお見通しなのだろう。より正確に、より的確に攻め立てるフェルミナーー勝利までの道筋が見えているように感じた。


 だが、リュシカも諦めた訳ではなかった。彼女の本質魔法は表裏一体ーー黒もあれば白もある。今までフェルミナに見せてきたのは黒のみだ。彼女が勝負を決めに来た瞬間こそ、リュシカにとっての勝負の時であった。


 遂には闘技場の端まで追い詰められ、被弾も増え始めた。審判が何時でも試合を止めれるように距離を詰めてくる。このまま一方的な展開が続けば、フェルミナの勝利で試合が終わるのは時間の問題だろう。


 虎鉄の攻撃がリュシカの曲刀を跳ね上げ、無防備な状態を作り上げる。絶好のチャンスを逃すまいとフェルミナが棒を突き出す。審判が勝利の名乗りを挙げんと距離を詰める。観客が決着の時だと息を飲んで、その光景を見詰めている。




 ーー中でリュシカは口角を上げた。彼女の狙っていたチャンスが遂に訪れたのだった。




「我が身を守れ‼白焔よ‼」


 それは防御の焔であると同時に最も攻撃力の高い炎でもあった。地上から眺める太陽の如く、白く輝く炎は美しくも力強く湧き上がる。


 驚いたようにフェルミナがのけぞった。虎鉄の体が一瞬にして溶け出すような焔が立ち昇ったからだ。


「はあああ‼」


 同じような気合いの声を上げ、隙が出来た胴に飛び込むリュシカ。今出せる最大の速さで曲刀を横薙ぎに払う。


 対してフェルミナ。体勢を崩しながらも対応は早かった。虎鉄に若干、後退させながら、迎え打つかの如く棒を引いて突き出す。後一歩の所まで転がってきていた勝利ーーここで逃す訳にはいかなかった。


 二人の攻撃が交差した。観客の皆が息を飲む。遠目から見ていた者達には何方が勝ったのか、判別が出来ない。


 ベンチで見ていたチームメイトも二人の様子に目を凝らしているが、やはり、勝者は解らない。何方の攻撃も決定的な一撃に見えたからだ。


 審判がお互いの様子を見て両手を上げて、手を振るようなジェスチャーを見せた。


 フェルミナの一撃はリュシカの頭蓋を突き破るような角度で突きつけられている。


 リュシカの一撃はフェルミナの頸動脈を切り裂き様な角度で突きつけられている。


 それが表す意味は一つだ。


「リュシカ選手対フェルミナ選手の激闘は両者一歩も引かず‼引き分けです‼よって優勝は大将ルーミャ選手を残すアードヤード王立学園です‼」


 司会の言葉に歓声と落胆が入り混じった声が響き渡った。何時しか、それも互いの健闘を讃える拍手喝采となったが、その結果を受け止められない者もいる。


「引き分けか......」


「個人としては引き分けですが、チームとしては負けです......後一歩でしたのに......」


 今の自身の状態ならば引き分けでも上々の結果だと、折り合いもつき納得するリュシカに対して、攻め手を変えれば勝ちをもぎ取ることが出来たかも知れないフェルミナは、悲しげに俯き虎耳を垂れた。


 負けるにしても、せめて大将戦までいければ気持ちも違っただろうが、こうなっては悔しさばかりが残る結果になってしまった。


「結果どうこうについては何も言えないが......フェルミナ。歩み寄りを見せてくれてありがとう。私にとってはそれ以上、嬉しい事はない」


 突然の喧嘩の申込みに戸惑いはあった。恥ずかしい思いもした。だが、それでも言いたいことを言い合えた事で蟠りが薄まったのは言うまでもない。


「いいえ。私も思う所がありました。傷付いたのは確かですが、冷静になっていく内に私の気持ちを知っていれば、リュシカお姉様だって、あのような対応はされなかったのではと......お互い、胸の内を話すことが出来れば、また違ったのではないかとそう思ったのです。だから、妙な願いだと思われることを承知の上で今回の提案をさせて頂きました」


 あの件が消化できるかはさておき、少しづつ歩み寄っていきましょう?とフェルミナは地に下りて、手を伸ばした。


 リュシカはその手を取って再度「ありがとう」と感謝の言葉を口にするのだった。

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