20
悔しさを隠せないミレイユを前にジャノバは「最初に言ったが別に責めてるわけじゃむねぇ。事実確認だ」と笑う。銃撃でブラントンの回復の邪魔をしながら、異形の数を減らす。
「ノノワール嬢の件もあるしな。ミレイユ。作戦変更だ。お前達は戦線離脱だ」
「ーー戦線離脱って、本拠地で逃げるのが難しいって意見にはジャノバさんも納得したろ?」
ハルバードを振り上げ、眼前を掠めた異形を叩き落とす。真っ二つに割れて地面に転がった異形は、黒の霧となって霧散した。
「勿論だ。だが、それも状況次第って訳だな。簡単な話、事前に助っ人と迎えを呼んでおいた。敵がどれ程か解らねぇからな。最悪、戦線離脱者が出る事も戦力が不足する可能性も考慮済みだ。ーーまあ、リスクがあることには代わりねぇが」
コガラシとエルニシアを中心とした面々も合流間近だ。すっかり回復したエルニシアの的確な指示もあって、安定した戦いを見せている。
「助っ人と迎えねぇ。ここまできて帰るって言うのは気が引けるけど......ジャノバさんが、そう言うってことはハッキリ言って、私等が邪魔になるんだろう?このまま戦っていくとさ」
彼女のハッキリした物言いに誤魔化すように煙草を咥えたジャノバ。苦笑いを浮かべながら「長期戦になった場合は......まあ」と濁らせた。
「そこら辺は気にすんな。俺達が忙しくしてる時にイチャコラしてやがるのが癪だったってのもある。別にルシフェルやここで戦えって言ってる訳じゃねぇんだ......腕一本でも戦えんだろ。迎えにはもってこいだ」
回復を終えたブラントンが憎々しげな表情で黒の魔力を滾らせた。減った異形を増やすかの如く、魔力を吸収しながら異形を放つ。
「腕一本って、まさかーーそれじゃあ、助っ人ってのは誰なんだい?」
彼女とイチャコラしている腕一本の迎えに馴染みがあり過ぎる彼女が驚愕しながら訊ねれば、ジャノバは迫りくる異形に吸っていた煙草を押し付けーー。
「神様ラブな死にたがりとそれに唯一付いていける苦労人......って言えば解るだろ?まっ、実力は保証するぜ?」
○●○●
ドロドロと融解した地面に魔力の水を叩きつけ、個人戦闘にしては大規模な水蒸気爆発を発生させる。その膨大なエネルギーを風の膜越しに感じながら、エルフレッドはメルトニアを見据えた。
「う〜ん。対エルフレッド君魔法、第五弾"アクアボンバー"も効かないか〜。やっぱり、風属性には火属性かな〜」
黄金色に輝く瞳を困ったと言わんばなりに垂れながら、メルトニアは次に放つ魔法を選んでいる。
一見、隙だらけに見える立ち姿にエルフレッドは空より大剣を横に構えて急襲ーー大剣に纏いし、傲慢の風を叩きつける。が、響くのは硬質な何かを叩いた音のみだ。メルトニアには指一本触れることが出来ない。
「第四弾の全自動式防衛魔法、イージスガードは効果あるみたいだね〜。よかったよかった〜」
相変わらずの謎魔法を展開する彼女に思わず舌を打った。コチラの何に反応しているのか解らないが、的確に攻撃を防ぐ透明のそれは稀に太陽の光を受けて輝いている。
相手はこちらを知り尽くしているような戦い方、そして、それを想定した魔法を使って来る中で、こちらは未知の魔法と戦わなくてはならない状況は始まる前から不利であると言わざるを得なかった。
「まだまだいくよ〜!レインボーレーザー」
この魔法は見た事がある魔法だ。エルフレッドは真っ直ぐに飛んでくるそれを空中にて横に回転しながら回避ーー、メルトニアへ攻撃を当てようと接近する。
「"フラワー"」
花?と眉を潜めたエルフレッドの横でそれは起こった。虹色に彩られ、目標に対して真っ直ぐ飛んでいた魔力。それが突然、花開くように爆発したのだ。
「ッ⁉ーー小賢しい真似をしますね‼」
巻き込まれ、負傷するも、どうにか体勢を整えたエルフレッドが苦々しく告げれば、彼女は挑発するような笑みを見せながらーー。
「そりゃあそうでしょ〜。相手は基本、自分より強い可能性が高いエルフレッド君だよ〜。狡だろうが汚かろうが何でもしないと勝てないじゃん〜?とりま、対策させずに封殺狙うのが正しいって言うか〜?」
尚も突撃し、横薙ぎに風の刃を二つ、牽制の如く放つが、やはり、透明のそれに阻まれる。未だ打開策の一つも見つからない現状に気持ちが焦れるのを感じていた。
「これだけ好き邦題翻弄しててよく言いますね‼それに実力での最強云々を目指しているなら、シラユキ様にでも喧嘩売ってくれませんかね‼」
「神様は別でしょ〜?てか、その神様にも勝ったって話じゃん〜?諦めなよ〜」
メルトニアの指が印を描く。そして、飛び出す七色の魔力。距離を詰めていたエルフレッドはそれを躱すと爆発に備えて、風の膜を張った。
「あの状態のシラユキ様にSランクで負ける人物はいませんよ!本当に勘弁して欲しいーー「まあ、結局はエルフレッドが最強ってことで落ち着いたんでしょ〜が〜。あ、残念でした〜。今回は爆発しない系で〜す」
そう言って笑うメルトニアを見れば、反対の指で別の印を展開していた。その見た事がある印にエルフレッドは冷や汗を浮かべる。
「隕石生観戦ツアーに御招待〜。コメットディザスター」
ポッカリと開いた異空間ーー、眼前に広がる宇宙の黒と巨大な隕石。踏ん張りが効く地面で受けるならば、まだしも、羽ばたき以外に踏ん張りの効かないこの状態で隕石を受け止めるのは至難の技である。
本質魔法である傲慢の風を可能な限り高めて、エルフレッドは大剣を振り下ろした。
ーー彼はこの傲慢な風を多用しながらも今一、どういったものか掴めずにいた。アルドゼイレンに導かれた彼が見つけ、手にした自身の本質を表す魔法。
言葉の上では理解できようとも、それが戦いにどう活きるのか謎なのである。しかし、戦いを続けていく中で一つだけ解った事があったのだ。
エルフレッドに向かって高速で飛来した隕石が、ぴしりと音を立てた。ビュオン、と風が鳴る音がして隕石の全体を撫でる。
ーー若しくは、それが全てなのかもしれない。エルフレッドの傲慢な風は、状況が"傲慢であれば傲慢である程"強い力を発揮する。
踏ん張りの効かぬ空で飛来する巨大隕石を粉砕するなど何たる傲慢か?
そう言われても可笑しくない今の状況だからこそ、彼の風は隕石を包み込み粉砕するのだ。その分、魔力はごっそりと持っていかれたが、結果的には無傷で済んだ。
「何それ〜!今の完璧なタイミングで無傷なんて〜!そっちの方が狡い〜!とりま、私も本質魔法欲しい〜!」
「何も狡く無いですよ。これも実力です。自分からすれば、その訳の解らない対自分用魔法の数々の方が狡いと思いますがね」
何らかのダメージが取れる算段が崩れた上に、自身が未だ得ることが出来ていない本質魔法の実力を見せつけられて、彼女は羨まけしからん、と地団駄を踏んだ。
そんな姿に呆れながらも、本質魔法による著しい魔力の消耗を感じたエルフレッドは、魔法空間から取り出した魔力回復薬を呷った。今は少しでも万全に近い状態をキープし、勝利への糸口を探さなくてはならない。




