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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
終章 偽りの巨龍 編(下)
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18

 断末魔を挙げる間も無く、撃ち抜かれていく兵士達ーー。その間を駆け抜けたコガラシとジャノバは漸く、島の中心にある中央会議場へと辿り着いた。


「メルトニアさんはスパイだったって訳かよ。全く、人騒がせな御仁だぜ」


 携帯端末に届いた連絡を確認して、口に合った物とは別の細巻きの煙草を取り出したジャノバは二、三回燻らせるとそれを投げて踏み潰した。


「どうやら、細けりゃ良いってもんじゃないらしい」


 そんな彼の行動に苦笑しながら、コガラシは肩を竦めた。


「まあ、メルトニアさんらしいと言えばらしいけどミャア。まっ、いいミャ。煙草は吸ったことないから解らないけどミャ。全然味が違うらしいじゃないかミャ?というか、自分の前で態々悪ぶる必要はないミャア」


 理由を知ってしまってからというものの、どうも、今の姿に違和感を感じてしまう彼に「悪ぶるも何も今じゃあ、この姿が俺の本当の姿だからな?」と苦笑する。


「確かに禍々しい魔力を感じるなぁ。こりゃあ。ミレイユ達は本当に大丈夫だろうかねぇ......」


「冒険者で言えばAランク相当の強さと聞いてるミャ。元Sランクとはいえ長い間、実戦から離れた自分よりは強いだろうから、大丈夫だとは思うけどニャア」


 根拠のある信頼感を持って、そう言ったコガラシだったものの、正門を潜り中へと足を踏み入れた瞬間に表情を一変させた。


 ともすれば色付いてそうな程の禍々しさ。余りに不穏かつ不気味な雰囲気。そして、纏わりつくようなーー。


「急ぐぞ」


「言われる迄もないミャ。手遅れに成りかねないのニャア」


 二人は頷き合って走り出した。兵士、異形含めて敵の影はない。不気味な程に静まり返った中央会議場。中心に近づく度に僅かに聞こえてくる戦いの音が、唯一の音であるかのように辺りに響き渡っていた。




「私の仲間から離れろぉお‼」




 尋常じゃない叫び声に二人は最早、最速以上のスピードを出して駆けた。レッドカーペットの階段を踏み破るようにして駆け上がり、現れた両開きの扉を蹴破って中へと飛び込んだ二人はーー




 中の状況を見て言葉を失った。




 突如、響き渡るレクイエム二短調k.626.ディエス・イレ。演奏者は居ない。会議室に備え付けられたスピーカーが狂ったように曲を流し始め、延々と流れ続けている。


 その音に合わせるかの如く、椅子に縛り付けられ、のた打ち回る人々ーー百を上回る議席を埋め尽くした人々の中で、既に事切れた者が半数を超えてようとしていた。


 戦闘が行われている中心部で、頭を押え、発狂したかのようにシミターを振り回すのはエルニシアだ。夥しい数の異形の攻撃を処理し続けて、頭がパンク寸前なのか鼻から赤が溢れ出していた。


 そして、そんな状態に有りながらもシミターを振り回す事を止めないのは、倒れ伏した仲間達に群がる異形を追い払わんとする為だ。


 精鋭十名で構成されたヴァルキリーの半数が、既に血の海に沈んでいた。そして、その死を冒涜するかのように貪る異形達に、彼女は半ば正気を失っていた。


 残る五人のヴァルキリーは副団長ルーチェを中心に固まり、異形の攻撃を捌いていた。しかし、満身創痍に他ならない。加勢が無ければ長くは持たないだろう。如何にエルニシアが残った理性的な部分で指示を出していたとしても、である。


 衝撃からの立ち直りが早かったジャノバがサブマシンガン型魔法銃で、異形を蹴散らしながらミレイユは、と視線を巡らせれば、彼女は何かを庇う様に抱きながら戦っていた。


 ヴァルキリーやエルニシアを救う時同様、サブマシンガン型魔法銃で敵を蹴散した彼は、状況を理解した瞬間、掛ける言葉を見失った。




 ミレイユが抱えていたものーーそれは口から一筋の血を流し、力無く瞳を閉じたノノワールの姿がだった。













○●○●













 余裕という訳でも無いが、苦戦を強いられているという程でもない。ブラントンと彼女等の戦いを表すのに最も適切な言葉はそんな言葉だ。


 とはいえ、総勢十二人に対して多くの異形を操れる事を加味しても、一人で持ち堪えていること自体が十分、驚異に値する。


 故に警戒は十二分にしていた。慢心もなかった。Aランクのミレイユ。強力無比な先見の力を持つエルニシア。学生ながら上級魔法を使えるノノワール。そして、エルニシアが見出し鍛え上げたヴァルキリー達ーー。繰り返し言うが慢心などない。


 万全の状況且つ十全な心構えながら、それでも尚、ブラントンが望む状況へと戦況が動いていった理由は二つだ。


 それは彼の隠し持っていた圧倒的な力とその使い方であった。黒属性の魔法の適性があったブラントンは異形と同化する力を有していた。その身体を黒の魔物のように作り変えて強化するーー謂わば、形態変化のような能力である。


 かつてルーミャの神化を見た、当時三年生Sクラス担任のジンが驚いたように、自身の姿を変化させて戦うという技能自体が一般的ではない。そして、その形態変化によって爆発的に能力が上がったブラントンの強さは異常だった。


 右からの攻撃反応を捉えたエルニシアが、指示を出した時には既に団員の一人は、二周りは肥大化した黒の剛腕に胸を貫かれ絶命していたのだ。


 そして、呆気に取られていた彼女等の前で脈動し何かを吸うかの如く蠢いた右腕は、団員の魔力を奪い異形を産み出した。生み出された異形達は母蜘蛛を食べて育つ種の蜘蛛の如く、絶命した団員の体を食い荒らし始める。


 その衝撃的な光景は彼女等の思考をーー特にエルニシアの思考を止めるに十分なものだった。


 指示を出す事を忘れ、無惨な部下の死を見詰めた彼女を嘲笑うかの如く、ブラントンは近くに居た団員を蹴り飛ばすようにして殺害。巻き込まれるようにして吹き飛ばされた団員は、殺害された団員の腹を突き破るようにして出て来た異形に生きたまま喰われた。


 数える間もなく作られた正に地獄絵図の状況の中で、最も早く自身を取り戻したのは、彼女等の中で最も戦闘経験が豊富なミレイユであった。


 皆を鼓舞するべく猛々しく叫び声を上げ、黒色人型の魔物と化したブラントンへと猛進。勇ましき連撃を繰り出し、ブラントンの動きを食い止めることに成功する。


 その間に皆は徐々に自身を取り戻していった。エルニシアとて余りに凄惨な状況に動きを止めてしまったものの、ヴァルキリーとて順風満帆だった訳ではない。三年目を数える活動の内には仲間の死も経験している。個人の感情を振り払い、襲い来る異形を斬り捨てながら指示を飛ばした。


 こうして、盛り返していったかに見えた戦況だったが、それも長くは続かなかった。形態変化した前方のブラントンの方が実力が上と言う事もあり、意識を集中していたミレイユは、集中のあまり後方から迫りくる異形に気づかなかったのだ。


 猛然としたスピードで食い付かんとする異形ーー周りが様々な対処に追われる中で、唯一その存在に気付いた者がいた。


 ノノワールだ。ミレイユに守られるような位置取りに居た為、後方からの敵の急接近に気付いたのだ。剣を持ち、空を舞ったノノワール。異形を斬り捨てミレイユを守ったがーー。




「ーーう......そ......?」




 悲しきかな。それはブラントンの罠だった。ミレイユからすれば、見当違いの方に伸ばされた黒の腕の攻撃は飛来したノノワールの脇腹を貫いた。


「ノノワールちゃん⁉ーーブラントン‼貴様ぁあ‼」


 ズルリと抜かれた黒の腕。ミレイユの怒りの一撃はブラントンを吹き飛ばした。即座に回復魔法を唱え、傷を塞ぐも完全回復するには時間が足りない。その隙に立ち上がったブラントンはミレイユに異形を放つと共に近くに居た団員を突き殺し、その魔力で異形を産んだ。


 結果、ノノワールを喰い殺されぬようにせねばならないミレイユは、彼女を抱きながら戦う事を余儀なくされ、連携は完全に瓦解ーー。


 無数の敵を処理し切れず、焼けるような頭の痛みにエルニシアが悶ている内に、団員の一人が異形に喰い付かれた。


「私の仲間から離れろぉお‼」


 怒声を上げて、突撃するエルニシア。突如、流れ出したディエス・イレ。加勢に現れたジャノバとコガラシーー現状はこうして作り上げられたものだった。

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