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真剣な声色、熱の籠った眼差し。ミレイユの薄くも整った唇が小さく微笑み掛けるように弧を描く。
「ここで伝えないと後悔しそうだからさ。私もノノワールちゃんも忙しい日々を送ることになるだろうから」
耳元に口を寄せて、囁くように言う彼女に体がビクリと甘美な刺激を感じている。
「それとも終わってからにするかい?作戦に利用するような一面もあるから、それが嫌ならーー」
「それでも構わないです。待てません」
準備万端といった様子でノノワールが言った。可愛らしい顔を彩る大きな瞳が真剣な色と期待するような色の二色を混ぜた、特別な色を帯びてミレイユの方を見詰めていた。
彼女は「解った」と頷くと一回深々と深呼吸をしてーー。
「私にとって貴女は憧れの存在でした。自身の性別を偽る事無く、時にそれが仇になろうとも、自分の地位を確立していったーーそんな姿に憧れ以上の感情を抱くのはそう時間が掛りませんでした」
ヴァルキリーの面々が困惑した様に顔を見合わせた。反対側ではブラントンが白けた様子で二人を見下すように眺めている。
そんな中でボロボロな姿のミレイユが、真剣な表情のノノワールに自身の想いをぶつけているのだ。
「サプライズで居酒屋に現れた時は、TVで見てた姿と全く違って驚きました。でも、その姿さえも本当に魅力的でーーこんなに長く会えなくなるのなら、どうして、もっとあの時間を大切にしなかったのだろうと本気で悔やみました」
あまり強い感情が伝わってきて、ノノワールは照れ臭そうに視線を逸しながら「私も......です。私も真剣に向き合いたかったから......でも、こんなことになるなんてーー」と瞳を潤ませた。
ミレイユはそんなノノワールに身を寄せると「大丈夫だから泣かないで」と優しく囁いた。その甘く優しい声色に彼女は言葉にならないと頷いた。
「え、あ、何?嘘?此処で?」
そんな二人の様子に何かを察したエルニシアが慌てふためいた。
「どうしたの?エルちゃん?」
不思議そうに尋ねるルーチェに「いや、実は二人ってーーこれで」とエルニシアは反対の手で隠しながら小指を立てた。性別のことは知っていても関係性については詳しく知らなかったルーチェが「あっ⁉そういうこと⁉」と口元を押さえて頬を染めた。
「ーーエルちゃん?」
「......こら。ノノワールちゃん」
「ーーはい。すいません」
面白そうな香りを感じ取って、ついつい振り向いたノノワールは申し訳無さそうに頭を下げた。
「......もう。今は私だけ見なよ」
「あーー」
好きにしろと言った手前、無言を貫いてブラントンだったが、見るに堪えないと頬を引き攣らせ、目にも入れたくないと背を向ける。
「復讐だって、何だって、協力したいーー貴女が悪くないのなら止める必要なんてないと思っています。そんな私で良ければーー」
「好きです。貴女の隣に居させて下さい」
ヴァルキリーの面々が固唾を飲んで見守る中で、ノノワールは潤んだ瞳から一筋の涙を零しながらーー。
「私も‼私もミレイユさんが好き‼」
わぁ、と沸き立つような歓声が上がった。驚きはあれど祝福を、と周りが二人を見守る中、勢いのままに抱き着いたノノワールとミレイユの距離は近づいていくーー。
「んなっ⁉ちょっと⁉御二方⁉え、あ、マジ⁉うひゃああ⁉」
互いの唇を喰むような深い口付けにエルニシアが、顔を真っ赤にして、両手で隠しながら悲鳴を挙げる。
「うひゃあって、団長......」
「......エルちゃん、あの厳格なセイントルーン家の御令嬢だからーー御母様はクラリス様だし、耐性無いんだと思うよ」
同性同士のそれに何と反応したら良いのか、と困っていた彼女等も、普段は割とサバサバ系なエルニシアの尋常じゃない程の反応に冷静さを取り戻していた。
水を打つような音に寒気を感じ身を震わせたブラントン。流石にもう良いだろう、と後ろを向いたまま口を開く。
「限度とという者を知らん奴等だ‼もう充分楽しんだだろう‼その悍しい行為を止めて、サッサと此方にーー」
「ーー言われなくても、お望み通りにしてやるよ」
はっ?とブラントンが理解の及ばぬ表情を浮かべた。背中を襲った衝撃に自由のきかぬ体。何が起きたと背中を触れば、ねっとりと絡み付く粘質な赤ーー。
そのまま蹴り飛ばされ、無様に地面を転がれば「これで終わってくれれば良いんだけどねぇ」と面倒臭そうに告げる女の声だ。それは完全に捕らえていた筈のーー。
「ミ、ミレイユ⁉貴様⁉どうやってーー」
「魔法の力でチョチョイとね。演技には自信無かったけど、これだけ騙されてくれるんだったら、意外と才能あるかもね」
黒魔法で傷を塞ぎ、体勢を整えているブラントンに、ウインドフェザーで翼を生やしたノノワールが襲い掛かった。その後方から、先程までのズタボロな状態が幻だったかのような汚れ一つ無いミレイユが、彼女と連携を取るようにしてハルバードを振り上げた。
「さ、作戦開始よ‼ブラントンを取り囲む様に陣を取って‼ーールーチェ‼右から攻撃反応‼」
「畏まりました‼団長‼ーーは、良いけど、エルちゃん。とりあえず、深呼吸しなよ」
突如現れた黒の異形をフルーレでいなしながらルーチェが言えば、真っ赤な顔色の彼女は「だ、だって、目の前で、あんなに深く、キ、キスするなんて、思ってなかったんだもん‼」と慌てた様子で叫んだ後に、言われた通り深呼吸している。
「糞ッ‼面倒な事をしおって‼」
宙を舞い、二撃三撃と繰り出しながら距離を詰めるノノワールを、異形を召喚することで撹乱しながらブラントンは声を荒げる。
「こっちはあんたに散々好き邦題やられたんだ‼その借りは返させて貰うよ‼」
魔封じの腕輪を嵌められ、良いように暴力を振るわれた事を思い返しながらミレイユが叫んだ。滾る魔力は炎の赤ーー、ハルバードの穂先がゆらゆらとたなびいている。
「火龍猛進撃‼」
どっしりと重心を落とし、ハルバードの穂先を真っ直ぐ突き出すようにしながら突進ーー足の裏で爆発させた炎の魔力が加速を生み、穂先に溜められた魔力が破壊力を増加させた一撃は、ブラントンの黒の障壁を突き破り、吹き飛ばした。
「......これで終われば苦労しないんだけどねぇ」
「そうだとしたらSランク冒険者を待つ必要はないよね〜♪」
溜息混じりに告げるミレイユに、寄り添うようにして引っ付いたノノワールが戯けた様子で言った。
「ハハッ‼それもそうか‼ーーにしても生意気なことを言うのはこの口かい?」
「キャハハ♪や〜ん♪ミレイユさんったら大胆〜♪」
少し目を離すと唇を触ってみたり「その翼似合ってるねぇ。天使みたいだ」とか「ありがと〜♪ミレイユさんも、ポニテ姿、格好良し綺麗だよ〜♪」とか言ってイチャイチャし始める二人に「右‼次は左‼その次、上‼」と呆れた様子で指示を飛ばすエルニシアであった。
「巫山戯おって......私は世界の王になる男だぞ‼この程度、屁でもないわ‼」
壁を貫いた衝撃から立ち昇った粉塵を払い、無傷で現れたブラントンは非常に苛立った様子であった。
「ーーだろうねぇ。まあ、世界の王とかなんとかは知らないけど、このくらいで倒れるとは思ってないさ」
じゃれ合いから一変、真剣な表情を浮かべたミレイユの横から、ノノワールが飛び上がる。黒の異形を相手取り、ヴァルキリーの面々が得物を振るう。
こうして、ブラントンと彼女達の戦いの火蓋は切られたのであった。




