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「先ずはあの時の事をもう一度謝罪したいと考えております。ーー本当に申し訳ありませんでした。そして、婚約祝いの品を頂き、真にありがとうございます」
「......御丁寧な謝罪と感謝の言葉痛み入りますわ。ヤルギス公爵令嬢殿。ですが、まだ、あの時の事を許すことは出来ません。なので、その言葉をお受けする事も出来ません」
深く頭を下げるリュシカを前に、フェルミナは告げる。時が癒やしてくれる感情とは別に残り続ける痛みがある。あの時の裏切られたと感じてしまった感情は未だに燻っていた。
「ーーですが、人とは友であったとして許せない事の一つや二つあるものだと考えています。その件は一旦保留にして、新たに友好を築いていければと私は前向きに考えておりますよ。先ずは、小さな歩み寄りからで如何でしょうか?」
だが、時が経ち冷静になればなる程に、彼女と過ごした穏やかで楽しかった日々ーー心苦しさが和らいだ日々に偽りはなかったのだ。彼女自身も辛い過去があった中で、人に優しくあろうとした姿は尊敬に値するとも思う。
「小さな歩み寄り......でしょうか?」
顔を上げ、不思議そうに首を傾げるリュシカを前にフェルミナは「ええ」と嫋やかに笑って告げるのだった。
「因縁は無しと言っておきながら、ですが......大喧嘩しましょう?リュシカお姉様?」
呆気に取られているリュシカを前にフェルミナは身を屈め、飛び出した。理力が高まり、巫女の衣装がバチリバチリと音を鳴らし、神聖なる力を帯びていくーー。
「身長高くてスタイルも良くて顔も良いなんて反則じゃないですか‼私だって好きで妹キャラしてるんじゃないんです‼後、ロリ巨乳言うなぁああ‼」
物凄いスピードで襲い来る爪を避けながら「はい?」とリュシカは声を挙げた。躱され、地面を削りながら着地したフェルミナは、コホンと咳払いを打った後にリュシカの方を見て、満足気にニコリと笑う。
「ーーと前から思っておりましたわ。リュシカお姉様」
そして、ポカーンとしているリュシカを前に彼女は拳を握ると振り被りーー。
「大体、何で王太子殿下じゃ駄目なんですか⁉幸せな結婚って乙女ですか⁉何でそんな我儘許されるんですか⁉公爵令嬢が‼意味が解りませんっ‼あり得ないぃぃ‼」
蹴りや拳が襲い来る中で「お、落ち着け⁉フェルミナ⁉き、急にどうした⁉ーーちょ、ちょっと⁉やめーーというか、ロリ巨乳とか言ってなーー」と必死に宥めるが全く聞く耳を持たない。多くの者達が目を点にする中でフェルミナは回し蹴りを放ちながらーー。
「大体、それだけ才能持ってながら活かそうともしないなんて‼宝の持ち腐れです‼宝の‼私ならもっと有効に使ってエルお兄様をお助けするのに‼」
「ーーそれは聞き捨てならないな?私だって自身の能力をフルに使って、エルフレッドの隣に居れるようにと常々考えてるが?」
ドシンッと重い音を響かせる回し蹴りを障壁越しに受け止めながら、リュシカはムッとした表情を向ける。しかし、フェルミナは全く意に介ない。どころか寧ろ、挑発するような視線を送りながらーー。
「どうでしょうねぇ?その割にはエルお兄様に迷惑ばかりお掛けてしてるって耳にしますけどねぇ?多方面からーー」
良く聞こえるんですよ?このお耳、と言わんばかりにピクピクと耳を動かす仕草に、リュシカはピキリと青筋が浮かぶのを感じていた。
「いい加減に止めないか?世界大会決勝の舞台だぞ?フェルミナ。家族だって観に来てるのだろう?それにシラユキ様だってーー「止めません‼そうやって大人ぶって‼言い返す言葉が無いだけじゃないのですか‼そりゃあそうでしょうね‼だって事実ですものーー」
ブオンと曲刀が頭の上を通り過ぎていく。蹴り足を戻しながらしゃがみ、バク転する形で距離を取ったフェルミナの耳にリュシカの抑揚の無い声が届いた。
「そうやって、頭ばかり使って行動しないから出遅れるのではないか?それでいて、勝手にウジウジ悩んでばかりいる。だからーー」
曲刀に黒の炎を纏い、下段に構えたリュシカはフェルミナの方へと向かって振り抜き、黒の斬撃を放ちながら怒りに歪む笑みを見せた。
「ストレスばかり溜まって身長が伸びないのだ。この頭でっかちーー」
○●○●
「うう......後少しの所だったのに......慎重になり過ぎて迷ってしまったのだ......」
ワーキャー言い争う幼児の喧嘩の様相を呈し始めた戦いを前に、アオバはガクリと肩を落とした。
「まあ、そんなこともあるわよ。仕方なーー「元々を言えば、お前が棄権するからいけないのだ‼狼犬の‼優雅に紅茶飲んでる場合じゃないのだ‼」
怒鳴られた上に紅茶を取り上げられて、一瞬ションボリとした彼女だったが、良い事を思い付いたと手を打ってーー。
「それなら次は私が戦うわ‼食事も取れたし準備万端‼今ならきっと良い勝負が出来てーー「一回棄権したら、もう出られないのだ‼ちゃんとルールブック読んどくのだ‼もうっ‼本当にもうっ‼」
言葉にならない憤りに地団駄を踏むアオバを前に、彼女は悩ましげに足を組み替えながら「あら?そうだったの?トランプの一回休みみたいなものだと思ってたわ?」とクールに微笑んだ。
「彼女を怒っても無駄だよ。アオバ嬢。鳥じゃないのに鳥頭だから」
「そうですねぇ。というより、能力は高い筈なのですが、興味が無いことにはトコトン興味が無いですから......」
ヤレヤレと肩を竦める鷲鳥族の姫の隣で、人魚族の姫が苦笑している。それを聞いた彼女が「お母様にもある意味大物と褒められてるわ」とクールにドヤるのを見て「確かにある意味大物なのだ。全然、褒められないのに」とアオバは額を押さえるのだった。
「活躍出来て無くてアレだけど、今はフェルミナ嬢だーーと言ってもアチラも中々にアレだけど」
「ふふふ。別に真似をしようという訳ではないのですが、確かにアレですね?」
Sランク冒険者と後継者筆頭の戦いーー字面を見れば闘技大会史に残りそうな戦いだが、実際は子供の喧嘩である。
「んなっ⁉やっぱり私のことを小さいと思ってたんじゃないですか‼リュシカお姉様の恋愛呆け‼」
「恋愛呆け⁉フェルミナの方こそ私のことを恋愛のことしか頭にない女だと思っているではないか‼大体、頭でっかちで身長が低いのは事実だろ‼このチビロリ‼」
「チビロリッ⁉大体ですね‼ロリは幼児体型ですよ‼私は幼児体型じゃありませんから‼ああ‼やっぱり‼親にどんな仕事がしたいかって聞かれて幸せな結婚がしたいって言う人は頭の出来が違いますね‼」
「何だとっ⁉仕事よりも結婚だと思ったからそう言っただけだ‼頭でっかちの割には子供みたいな事ばかり言うな⁉その立派に育った大人な部分に養分でも絞り取られたか‼このロリ巨乳め‼」
「グオオオンッ‼ロリ巨乳言うなぁああ‼」
言葉を忘れるとアレで誤魔化す鳥系獣人の言葉回しーーしかし、今回は単純に目の前の光景がアレ過ぎるだけである。
「お母様。フェルミナはストレスが溜まっているのでしょうか?」
A型一家の中で唯一O型のルーナシャが頬に手を当てながらおっとりと訊ねれば、青い顔をしたユエルミーニエは「......ええ、そうかもしれないですの。私も丁度ストレスで胃が痛くなってきましたの」と頭を押えた。そして、ハラハラと戦況を見詰める旦那コウヨウへと身を預けると、夢の彼方へ意識を手放すのだった。




