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「許せない......存在......」
言葉を反芻しても尚、飲み込めず驚きを隠せないエルフレッドに対して、メルトニアは驚いた?と言わんばかりの笑みを浮かべながらーー。
「そうだよ。エルフレッド君。良く考えてみなよ?私は一回人生終了間際まで追い詰められて、次は自ら被験体になるような恥辱に耐えて、この力を得たんだよ?魔力量は少なかったけど、何のリスクも無しに全属性持ちなんて有り得ないでしょ?それで両親はエリートで、私が諦めた学園のSクラス?巫山戯んなって!少しは酷い目にあって貰わないと割に合わないでしょ!ってなった訳」
だから、彼の組み立てた魔法理論に興味を持った振りをした。熱心に誘い込み、最後の砦と人に踏み込ませないようにしていた我が家に招き入れ、住み込みを提案した。あの里親がしていた様に特別な関係性を作り上げた風を装ってから被験体にしてやろう、と算段を立てていたーーが。
「誤算は私自身が余りにもチョロインだったこと。恋愛経験無かったせいもあるだろうけど、もうね。信じられないくらいドハマりよ。沼も沼、ミイラ取りがミイラになるってか、喜んで私ミイラです!みたいな意味分からない感じ?只の弟子だと両親に反対されそうで......なんて言われた日には、国に抱いてた恨みなんて忘れて、私貴族なっちゃうから‼婚約者でどうよ‼なんて相手の親に殴り込みかけちゃうくらいだったからね〜。本当、笑えちゃうよね〜」
そう言って、幸せそうに顔を綻ばせた彼女を見ていると、入りはどうであれ、アルベルトの事を心から愛し、共に居たことに偽りは無かったようだ。ならば、何故このようなことになってしまったのか、と疑問を投げかけようとした彼はーー。
「でもね。冷静になってくるとね。燃え上がる愛情の裏に変わらぬ憎悪があることに気付くんだ。そして、こう思うようになるんだよ。素晴らしい彼に対してお前はなんだ。自分を売るようなゴミじゃないか。本当に隣に居て相応しいと思ってるのかってね」
再度、その口を閉じる事になった。
そこから彼女の中で様々な感情が渦巻く様になる。
隣に居たいという感情。
相応しくないという感情。
そして、やはり、妬ましいという感情ーー。
相反する感情が彼女を襲うようになったのだ。
「突然だけどさ。ヘロインって薬物があるよね。あれって、この世で人間が感じちゃいけないくらい幸せを一瞬、齎すんだ。だけど、反動に待ってるのは同じ位の地獄と絶望だ。人間は少なからず、そういう一面を持ってるんだよ。ずっと幸せだって感情が続くと体が保たないから、同じくらいの不安や不満で平常に戻そうとする。ーーその割に悪い方が頭に残りやすいように出来てるから、困ったものだけど......」
そんな状況も、解決策が見付かれば終結するが、実際はそうならない。
解決する方法が見付からず、苦しくなり、冷たい態度を取ってしまう。それに対して、まだ若い彼が傷付く様な表情を見せる度に自己嫌悪に陥り、どうにか関係を修復しようと行動してくれる度に申し訳無さを感じた。
ならばいっその事、一旦別れてしまおうか。そう考えた矢先ーー蛇が現れた。
「本当に余計な事ばかりする堕天使だ」
そう憤慨するエルフレッドに、彼女は自嘲するような笑みを浮かべて首を振った。
「ダーリンを人質に取られて仕方無く......裏を掻いてスパイ活動をしたーーだったなら最高のシナリオかもね?現に今、この段階ではそういうシナリオを描いてみせた。でも、そうじゃない。この長話はここじゃ終わらないから今を迎えた。蛇が現れ、コチラ側に付いた。そして、実験に協力する中で私はどういう答えを出したと思う?」
彼女が語った通り、最高のシナリオはあった。エルフレッドもそうであって欲しいと願う気持ちがあった。でも、そうならなかった、と彼女は言った。
ならば、どんな考えを持った事が今に繋がっているというのかーー。
エルフレッドは問い掛けに答えず、次の言葉を待った。それはきっと自分の中には存在しない答えだと解っているからだ。そして、問い掛けながらもメルトニアは解っているのだろう。今、目の前に居る彼は同じ状況になっても絶対にそんなことをしない事くらい。
だから、彼女は自嘲する。そして、額を抑えながら口を開くのだ。
「私は引きずり堕とすことにした。ダーリンを。世界を裏切るような屑なら、自分を売るような屑でも隣に居れるって本気で思ったんだ」
「メルトニアさーー「私は実際にそれを行動に移した!彼はそれでも良いって言った!私の過去を全部受け入れて共に居てくれるって!でも!駄目なんだ!根底が間違ってた!そこで初めて知ったんだ!彼は、ううん、彼だってーー」
「生まれつきの全属性者じゃなかったんだ!魔力欠乏症のーー、私の違法実験を元に開発された地獄の様な治療を受けて全属性者になった人だった!私と何ら変わりなかったんだ‼」
それを知ったメルトニアは一瞬、頭が真っ白になる程の衝撃を受けた。
治療と実験が違う?強制じゃないから?周りの環境の環境に恵まれていたから?それもあっただろう。あっただろうが、彼女の頭は全く違う答えを導き出していた。
「結局、どんな言い訳をしたってーー私が屑だったんだ!実験のせいじゃない!辛い環境のせいじゃない!その事を言い訳に周りを破壊し、引き摺り堕ろそうとする私が屑だったんだ!」
壊れたように叫び頭を抱え、涙を散らす彼女にエルフレッドは努めて冷静な声で告げる。
「それは違う。メルトニアさん」
「違わない‼エルフレッド君はそんなことしないもんね‼私は自分が辛い目にあった分だけ周りも不幸になれば良いと思うような屑だ‼好きになった人だって自分が一緒に居る為に屑になろうと誘うーー救いようが無い屑なんだ‼彼の隣に居て良いはずがない‼」
完全に自暴自棄になっているのだとエルフレッドは思った。今の話を聞いてしまっては戦おうという気にもならない。
どうにか、この場を収め、冷静になって貰いアルベルトと話し合って貰う必要があるな、と思っていた彼はーー。
「くふふ、だから、エルフレッド君には最後の実験に付き合って貰わないとね〜。君は断れないよ〜?何たって、もう私の術中に嵌ってるからね〜」
と涙を流しながら不気味に笑う彼女の姿に動きを止め、放たれた言葉に思考を止めた。
「レディキラー居ないよね〜?リュシカちゃんは大丈夫かな〜」




