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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
終章 偽りの巨龍 編(下)
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13

「ルシフェルの気配はこの辺りだな。エルフレッドよ。準備は良いか?」


「勿論だ......ちょっと待て、と言ったら旋回でもするのか?」


「フハハハッ‼そうだな‼で、あるなら、帰ると言うならば送り届けるとしよう‼」


 一頻り笑い合った後にエルフレッドはウインドフェザーを唱えた。そして、バサリ、と慣らすように風の翼を動かし地上を見据えた。


「行ってくる」


 決意に満ちた眼差しが捉えるのは人影だ。未だ巨大な蛇の姿は無いが、もう一人、エルフレッドが戦うべき存在が居る。


「ーーああ。見事、己が使命を全うし、戻ってくるが良い。我が友よ。アードヤードの地にて、そなたの帰りを待つとしよう」


 フワリと空に舞い上がった彼にアルドゼイレンは言った。そして、次の瞬間には稲光の速さとなって、青空の何処かへと消えていった。


 上空から見える切り開かれた道には、点々と赤が広がっていた。普段は人々の往来で賑わっていたであろう大通りも、今は静寂に包まれている。


 生死は不明だが動ける者はいない。ーーエルフレッドと彼女を除けば、そこには横たわる人影しかなかった。翼を狭め、滑空し、一気に距離を詰める彼に向けて七色の魔力が襲い掛かった。


 また、変な魔法を考えてるな、と苦笑しながら身を捻り、空中を転がる様にしてそれを避ければ、次は青空にぽっかりと空いた穴から隕石が現れた。


「この魔法は二回目ですよ」


 以前ならばリミットブレイクにウインドフェザーと大量の魔力を消費したのだろうが、今ならば本質魔法だけで良い。傲慢な風を大剣に纏わせ、横薙ぎに一閃ーー巨龍の鱗さえ削り、剥ぎ取る一撃は隕石をも細かく砕き、粉塵へと変えていった。


「ふっふっふ〜。やるじゃん〜。ま、レインボーレーザーもコメットディザスターも小手調べみたいなものだからね〜。とりま、勝負は始まってすらないのだよ〜みたいな〜?」


 とんがり帽子にマント、何時もの口調と軽いノリーーその瞳に宿る黄金が無ければ、これも単なる悪巫山戯と片付ける事が出来ただろう。


 エルフレッドは一旦着地すると翼を解いた。大剣も背中に背負った鞘に収め、会話の場を整える。


「あらら〜。仕舞っちゃったか〜。まあ、問答無用ではい勝負って訳にはいかないよね〜。とはいえ、戦わない選択肢は無いと思うけど〜。とりま、エルフレッド君はどんなお話を希望してるのかな〜」


 展開されていた魔法の殆どを解いて、メルトニアは微笑んだ。しかし、その瞳は黄金のままだ。戦わない未来は無いという強い意志を感じて、エルフレッドは表情を硬くする。


「話も何も、ですよ。メルトニアさん。情報は逐一伝わってくるものですから......今までの裏切りのような行動がスパイ活動だって事はもう伝わってます。ジャノバさん達にも、そろそろ連絡が入った事でしょう。ーースパイ活動ならば、もう戦う必要は無い筈です。これは一体どういう状況ですか?」


 その一報は上空、アルドゼイレンの背の上でルシフェルを探している時に届いた。メルトニアによるハーマイン救出、そして、ブラントンの居場所の情報提供と撹乱の協力ーーそれによって、窮地に囚われていた人々の多くを助けることが出来た。


 やはり、メルトニアさんは裏切り者ではなかった。そう安心したのも束の間、彼女から放たれる敵意ある魔力に晒され、エルフレッドは困惑のまま戦いの場に立ったのである。


 メルトニアは「なるほどね〜。エルフレッド君にも伝わってたか〜」と多少予想外の展開だったようで、顎下に人差し指を添えて考えていたが、思考を巡らせるだけ巡らせてーー。


「まあ、ぶっちゃけ、スパイ活動はダーリンの為だよ〜。ん?"元"になるのかな〜。まあ良いか〜。単純に私がズルズル堕ちていくのに引き摺られるのは可哀想だとおもってね〜。とりま、世間が許す程度の流れは作っておいた的な〜?」


「......アルベルトと何があったかは知りませんが、最近は上手くいってなかったみたいですね?まさかとは思いますが、そんな個人的な感情でルシフェル側についたんですか?」


 近頃の様子を思い返し、エルフレッドは表情を険しくした。彼女が人と違う世界観を大切にし、独自の思考に基づいて動いている事は知っていたが、もしそうだとしたら流石に酷すぎるな、とーー。


 メルトニアは噴き出すように笑うと「それは流石に無いよ〜。とりま、エルフレッド君、それ本気で言ってたら結構ヤバ味が強味〜」と目尻を拭いてーー。


「エルフと人族の間に出来た孤児は九歳の時に里親に貰われた。院長先生も泣きながら喜んでくれてね。幸せになって欲しいってさ。女の子も幸せになれるって思ってた訳よ。実際、初めは家族家族してたからね。でもーー」


 メルトニアの笑顔が妖しい色を帯びた。薄く弧を描く瞳は何を思うのか?


「それは偽りだった。彼等が探してたのは被験体だったんだ。日記を装った記録、九歳と二三十五日ーー度重なる属性操作と魔力投与により自我に異常をきたし、自身を見失う。これ以上の実験は不可能と思われる故にーー」




「廃棄処分とする」




「......メルトニアさん」


「ーーんでも、奇跡ってのはあるもんだね。路地裏で異常行動を繰り返してる時にさ。また、院長に拾われてね。院長は悪くないのにごめんね、ごめんねってさ。そりゃあ、もう全てを取り戻すかのように甲斐甲斐しく世話してくれたよ?ほっとけば、其処らに落ちてる物、何でも咥えて持って来るようなおかしな娘をさ。まあ、でもね、幾ら国からの支援があったって、そんな要介護の子供の面倒見るお金なんて無いんだよ。借金拵えて、身を崩して、私が漸くまともになって、アードヤード王立学園に通ってってなった頃には院長は身売り寸前だった訳よ」


 そこで、もし、何らかの助けがあって彼女達に救いがあったならば、何かが変わったかもしれないが、現実はそうならない。


 助けてくれないどころか、強制退去勧告の紙が届いた日には思わず笑ってしまったわ、と彼女は唇を震わせた。


「だから、私は学園を辞めたんだ。実験に集中したいって言葉に嘘は無かったけどね。お金が必要だった。手にした理由は忌むべきでも全属性の魔法が使える。冒険者になって依頼を熟せばーー、高ランクの依頼さえ受けれるようになれば......でも、現実は死物狂いで依頼受けたって利子を払うのが精一杯。首の皮一枚で崖っ淵、てか、片足は既に崖に突っ込んでる。そんな状況に全うな判断が出来なくなって来た頃にねーー」




「現れたのは、あの里親だったんだ」




 何も言えず、ただ話を聞く事しか出来ないエルフレッドに、メルトニアは虚空を見詰めるような瞳を向けながら続ける。


 借金の完済を条件に被験体を引き受けた。院長には高ランクの依頼の報酬が入ったと嘘を吐いた。辻褄を合わせるかの如く依頼を受けて、実験を受け続ける地獄のような日々は、彼等が違法実験を繰り返していた事が明るみになり逮捕、摘発される迄の間、五年間程続いたという。


「そうやって得た力だったから、Sランク冒険者になったって虚しいだけだった。私を満たしてくれるものは奇しくも魔法に関する実験と院長の笑顔だけ。助けてくれなかった国に貢献するのも嫌だったから貴族にもならなかった。ーー遂には院長も死んじゃった。普通の人間だったから、寿命だよ」


 全てを失った、と微笑んだ後に彼女は漸くエルフレッドに焦点のあった視線をくれた。


「だから、Sランクの皆には感謝してる。まだ生きようと思えたのは間違いなくエルフレッド君やエドガー君、ジャノバ君が居たからだよ。一番助けて欲しかった時には出会えてなかったけど、色々と助けて貰ったし、皆と話してる時は楽しかった。ーーぶっちゃけ、それ以上の感情は無かったけど、楽しいって事は幸せなことだから、生きる意味として依存するには丁度良いし」


 それがメルトニアが独自の思考で動く理由であり、国をどうでも良く思っていて、ともすれば、ルシフェルに加担する事も屁とも思わない思考の全容ーー。




「そんな上辺に漂う私にとって、どうしても許せない存在が現れた。ーーそれがダーリン。アルベルト=エスターナ君だったんだ」

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