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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
終章 偽りの巨龍 編(下)
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「ハッ!揃いも揃って優秀な兵士だ‼死ぬのが怖くねぇのかよ‼」


 戦場を血の匂いが舞った。一人また一人と倒れ、失われていく命にジャノバは皮肉の言葉を吐き捨てた。


「命令の善悪を疑わず、忠実に遂行する者こそ優秀な兵士ーーって事ミャ?それなら間違いなく彼等は優秀だろうミャア」


 極力意識を奪うようにして戦い、無力化しながらコガラシが答えた。優秀な兵とは即ち忠実なる駒であり、兵士という名の数字である。そう考えるならば、彼等以上に優秀な兵士は他に居ないだろうとーー。


「コガラシ。俺は熟思うぜ。俺等が先行部隊で良かったってな。幾ら賊を切った事があると言っても、エルフレッドに背負わせるには荷が重過ぎる」


 上官の意のままに動いているだけの兵士達は、ルシフェルの配下と思えば確かに敵であるが、個々で見れば、敵とは言えない存在だ。割り切って戦える自分ならばまだしも、情を捨て切れぬエルフレッドには難しいだろう、と彼は思うのだ。


「確かに強い男ではあるが情に脆い男でもあるミャ。戦場では割切っても、日常に戻った時に思い悩みそうではあるニャア」


 弾切れの銃を捨て、コンバットナイフを手に襲い掛かってきた兵士を関節技で制圧しながら、コガラシは言ってーー。


「とはいえ、ジャノバ。お前だって背負う必要はないのミャ。お前は昔からそうミャ。貧乏くじを引きたがるからニャア」


 眼前に迫った敵の足の腱を双剣で斬りつけたジャノバは、空間から取り出した煙草のメンソールの玉を潰しーー。


「......俺は良いんだよ。どうせ、汚れきってんだ。それに解るだろ?優れた皇族は二人も要らねぇ。太陽が二つ輝けば多くが死に絶える。俺は元々刹那的な生き方が好きなんだ。皇帝なんて真っ平ごめんだね」


 アズラエル、そして、ジャノバは何方も限りなく優秀で甲乙つけがたい存在でもあった。兄弟仲が良く、初めから争うつもりがないジャノバの考えとは裏腹に、何方を皇帝にするかという水面下の争いは絶えず繰り返されていたのだ。


 勝手に争い潰れてしまえ、と無意味な戦いを起こす者に対してはある種の冷徹さを持つアズラエルに対して、ジャノバはどうにかして争いを止める方法を模索していたのである。


 その時点で皇帝としての素質はアズラエルにあった。無意味な争いに傷付くのは民であり、力無き人々だ。膨れ上がった権力に助長し、自身の上に居るべき皇帝を()()()等と考える不届き者は切り捨てて然るべきなのだ。


 しかし、ジャノバにはそれが出来ない。如何に無能であれ、不届き者であれ、生きる者が死ぬ未来を望まない。ーー結果的に自身の価値を下げる事でそういった人々を助けてしまったのである。


 そして、助けたからといって感謝もされない。そういった人々に限って「弟君は才能に溺れた」「優れた才能は有れど人間性は褒められた物ではない」と彼を蔑み、嘲るのだ。


 それでもジャノバは自身を貫いた。皇族で有りながら、裏を纏め、汚れ役を引き受けた。嘲る者にも、俺はそういう人間だから仕方ないとヘラヘラ笑って見せた。


 若き頃に屑を演出する為に口に合わぬ煙草の数々を咥え続けて、今もそうしている。刹那的な恋愛だって、そんな自分の人生に生涯付き合う女性が居てはならないと思っての事だった。


 好きになってくれた女性には良き夢を見せて、後腐れなく別れたーー全ては自身の美学を貫く考えがあってこそ。


 唯一の誤算は、そんな彼の行動原理を兄アズラエルが理解し尽くしている事にあった。誰よりも優しく、誰よりも甘い弟にどうにかして幸せになって欲しいと願い、動き続けていたのだ。


 ーーその結果がヤンデレ姫様との強制的な結婚ということには些か首を傾げざるを得ないが、弟の事を誰よりも理解し、愛し続けてくれるだろう、という考えがあってのことで......やっぱり首を傾げざるを得ないなぁ。


 ーーさておき、学生時代を共にしたコガラシはそんな彼の生き方を不憫に思っていた。立場や環境が違えば、大きく輝きを放ったであろう大器、ジャノバー。


 その才能は冒険者において上が無いとされるSランクでも生温い。大いに活かし、研磨すれば、歴史に名を残す存在となり得るだろう。コガラシとしてはそれが惜しく、歯痒い。今からでも遅くないのは解っているのだろう、と諭し、その生き方を変えたいのだ。


「今更、アズラエル殿が皇帝から引き摺り下ろされることは無いミャ。ユリウス殿下の対抗馬にすることだって、当人に野心が無ければ無理だろうミャア。この戦いが終われば世界を救った英雄の一人......人が変わるには丁度良いきっかけだとは思わないかミャア?」


 銃弾が二人の間を通り抜け、地面を穿つ。次の一撃が放たれるより先にジャノバの魔法銃が火を噴いた。地を汚す赤、されど命は奪わなかった。銃を握る事が出来なければ無力化することも出来ると言わんばかりである。


「コガラシ。人間ってのは不思議な生き物だ。端っから真面目で優秀な人間よりも、不真面目だった人間が更生していく様を褒め称える。不出来だった分、真っ当になる為に頑張ったんだなって拍手を送るんだ。その癖、真面目で優秀だった人間が落ちぶれれば、落胆し、マイナスをつけるんだ。馬鹿は加点法、天才は減点法、最終値が一緒でも評価は真逆になるんだぜ?」


 小高いビルの屋上で何かが煌めいた。次の瞬間にはジャノバがそれをスナイパーライフルで撃ち抜く。次は即死だ。頭を撃ち抜かれ、力を失ったそれが屋上から墜落し、地面を赤で染め上げた。


「元来、ずっと真面目で、ずっと優秀だった人間を褒め称えてやるべきなのになぁ。勝手に当たり前だと思って、そこに標準を持ってくる。それ以上がないのに標準にされりゃあ下がるしか無いわなぁ。維持するだけでも褒められるべきを当たり前だと言われちまう訳だからな。ーーんじゃあ、一回地べたまで落ちた天才が、英雄となったのを機に人が変わった様に真面目になり、世界に名を残すような偉業を成し遂げたら世間は一体どう思うだろうなぁ」


 ジャノバはメンソールの煙草を捨てると、細い煙草を取り出して火を点ける。燻らせて息を吐き「コイツは中々吸えそうだ」と口角を上げた。


「......地べたを這いずると一度決めたら、もう這い上れないと言うのミャ?確かにそういう一面はあるだろうが、それは杞憂ミャ。ハッキリ言って考え過ぎニャア」


 可能性というものは無限に広がっている。その中には当然、良い可能性と悪い可能性が有る。慎重に慎重を重ね無くては、とリスクを回避し続ければ確かに悪い方に転がる可能性は少なかろうがーー。


「確かに考え過ぎだろうな。だが、今までそれで上手くやってきた訳だ。今更、どうこうはしねぇさ。とはいえ、妻帯者になるって訳だから少しはスタンス変えねぇと周りも黙っちゃいねぇとは思うがねーーっと」


 足に銃弾が掠り、ジャノバは間髪入れずに撃ち返した。振り返りざまに三発ーー、被弾した音が聞こえて音が止んだ。コガラシも丁度、一人を制圧した所だった。


 辺りが静寂に包まれ、警戒を緩める。目的地の候補は幾つかあった。虱潰しとはいかないので、そろそろ絞る必要があるがーー。




「......ナイスタイミング。とはいえ差出人が問題だな?コガラシはどう判断するよ?」


 マナーモードの振動に携帯端末を覗き見たジャノバが、苦笑いを浮かべるとコガラシへとそれを渡した。




『お久〜。ノノワールちゃんとエルニシアちゃん達は、中央会議場の会議室に居るから宜しくね〜』

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